恐怖心、か~ら~の~?……自殺未遂
結果から言ってしまおう。うむ。どうやらこれは、現実のようだ。そのことを、僕は今朝、身を持って実感してしまった。
〈今朝〉
昨日あんなことがあったせいか、上手く寝付くことができず、いつも母親に怒られつつ気持ち悪い目覚めを毎日のように体験している僕は、五年に一度の軌跡でいつもの起床時間よりかなり早く起きてしまった。部屋のベッドの近くにある、窓のカーテンを、まだ重たい手を挙げて思いっきり開けてみると、外はまだ真っ暗だった。時計を見ると、五時半を指していた。
まだまだ時間あるじゃん。
ほっと安堵の息を漏らしたその瞬間、確かに、人の足音が聞こえた。
トン、トン、トン、
とだんだんこちらに近づいてくる。
この足音は、大人の足音だ。僕の推測によればこの足音は、僕の母親のはずだ。僕はこんなに早く起きれたことを、早く母親に自慢してやりたかった。ドヤ顔の準備までもをして待っていた。
でもそのあと、嫌な予感がしてきた。悲しいことに、僕のこういう時の嫌な予感というのはあたってしまうことが多いのだ。僕に一気に不安がこみ上げてきた。
どうしよう。心配する事なんてひとつもないのに、なぜだか怖くなってくるこの気持ちは、何なんだろう。
僕は恐る恐る部屋の隅へと移動するなりうずくまり、恐怖のあまりに体が震えていた。
どうしようどうしようどうしよう。
なんか嫌だ。お願いだから来ないで。
それでも運命は、誰にだって同じように、平等に降りかかってくるものだ。……それが、どんなものだとしても。
トン、トン。
ついに足音が止まってしまった。それも、僕の部屋の前で。
僕はもう、殺されてもいいような気分だった。
そして、電気がついているにも関わらず、ノックもせずに、強引に僕の部屋のドアが開け放たれた!それから、約一秒ほどの沈黙があり、そのあと先程思いっきりドアを開け放った僕の母親は……
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!!」
と発狂した。
ああ、運命は滞りなくやってくる。僕はこの時、身を持って、実体験を経て知ることとなった。
僕はその時、目尻がつり上がった般若のような顔をした母親の、六割恐怖、三割怒り、一割驚きのこもった発狂を、ポカンとした顔で見つめていた。
ああ、「この世から存在が消滅する」ってこういうことだったんだ。
なぜだか僕は悲しくなってきた。そのせいか、なぜだか僕の頬を涙が伝っていた。
いつの間にか僕の母親は、僕の目の前から消え去り、下の階から、「ねえ、上に知らない誰かがいるんだけど。小さい、小学生くらいの男の子が……」と、僕の母親が父親に一生懸命に僕のことを訴えている声が聞こえた。
ふと、僕の頭の中に、ある案がよぎった。
もういっそのこと、死んでしまえば楽になるのではないかと。死んでしまえば、こんな運命から解放される。もうこんな悲しい、怖い思いなんてしなくて済む。
ちょうど運良く、僕のそばには窓がある。この窓を開け放ち、この窓から屋根の上まで上り、そこから一歩、足を踏み出せば死ぬことができる。窓から飛び降りるよりそのほうが、確実に死ぬことができるだろう。
僕はすぐさまそばにある窓を開け放ち、レンガのような外壁に手をかけ、足をかけた。
こんな時間に外に出るとやっぱり寒く、手が、足が、体中が震えていた。外壁も冷たく、硬く、表面がざらざらとして痛かった。
屋根には意外と早く着くことができてしまった。
さあここから一歩、たったの一歩踏み外してしまえば死ぬことができる。あんな恐怖を感じる必要もない。
不思議と死ぬことに恐怖を感じることはなかった。死ぬことよりも、ついさっきの出来事の方が恐怖に感じた。あんな恐怖が、この先ずっと続くのならば、僕なんか、もう……。
僕は一歩足を前に出し、僕の全体重をのせた。僕は、地面へと急降下していく。こういう時は普通、密度だかの関係で頭が下になるとか言うが、僕はずっと足が下にいた。結果、僕はそのまま足から無事に着地した。
どうやら神様は、僕が死ぬことを許してくれないようだ。
僕は仕方なく、ここにいるのもなんだから、とぼとぼと歩いてみることにした。