にわか雨
三月下旬、私は初めて実家を離れた。
就職を機に上京したのだ。
今は生まれて初めて東京という場所にいる。
初めて見る街並みと人の多さでパニックでも起こしそうだ。
地元と比べると何倍、いや、十数倍と言ってもいいほどの人の多さだった。
私は圧倒された。
それと同時に、自分だけがこの世界に取り残されているかのような孤独を感じた。
私はスーツケースの持ち手をぎゅっと握り、初めての電車に乗る。
緊張のせいか、手に汗がにじむ。
私の地元では、電車よりバスが主流だったため、私は電車に乗った経験がなかったのだ。
五十分ほど電車に揺られ、これから私の住処となる街に着いた。
「なんか落ち着かないなぁ……」
私はぼそっとつぶやいた。
最寄り駅に着き、私はスマートフォンで家までの経路を確認する。
どうやら線路に沿って進むだけで着くほど、単純なものらしい。
私は舗装された道を歩きながら、あたりを見回す。
駅前にはファーストフード店やドラッグストア、スーパーもあり、地元とは比べ物にならないほどの利便性を感じた。しかし、それを何故だか寂しく感じる私もいた。
駅前から十分ほど歩くと店舗は一気に減り、規則的に並んだ街頭と道だけが続く。
そこから更に十分、やっとで家に着いた。
リュックから鍵を取り出し、ドアを開け、中へ入る。
当たり前だが、まだ何もない。
私は、廊下にあるブレーカーを上げ、奥の部屋に荷物を置いた。
何もないせいか部屋が広く感じる。
とりあえず、一足先に上京していた親友に連絡を取った。
「やほー、明日香元気?」
『うん、元気元気。久しぶりー。もしかして、今家着いたとこ?』
「うん、そう。まだ荷物届いてないからなんもないわ」
『だろうね。これから予定あんの?』
「とりあえず買い物行って、ご飯を調達しないとって感じ」
『そっかそっか。もし昼ご飯まだなら一緒しない?』
「いいよ。場所はどうする?」
『せっかくだしそっち行くわ。一時間後に改札のとこ待ち合わせでいい?』
「りょーかい。そんじゃまたね」
『はーい、じゃあねー』
私はとりあえず荷物の整理をすることにした。
約束から一時間半後、やっとで明日香が来た。
「やー、ごめんごめん。意外と時間かかっちゃった」
「はいはい、ご飯おごってくれたら許します」
「そんなん、お安い御用だ」
このときの返答がお安い御用って何か変な気がするが、私は気にせずスルーした。
「何食べたい?」
「うーん、特にないかな。なんなら、あそこのファミレスでいいよ」
「安い女だなあ」
「安い女で結構」
「ま、おごるの私だし、全然いいけどねー」
そう言って私たちは、ファミレスに入っていった。
席に着いてすぐ「どう?」と聞かれた。
「どうって……?」
「上京したての心境はどうですか?ってことだよ」
「えー……、うーん…なんとういか、寂しいなーとは思うよね。今まで実家暮らしだし」
「あー、はじめってそうだよね。私も上京一年目そうだったわ。何食べる?」
明日香はテーブルのサイドに置かれたメニューを手に取った。
「知り合い一人もいないって不安で仕方なかったけど、そういえば明日香いたなって連絡した。ナポリタン食べたい」
「なんじゃそりゃ。私は明太パスタかなー」
「ポタン押すよ」
「はいよ」
呼びたしボタンを押すと、すぐに店員がテーブルまで来た。
私たちはそれぞれ料理を頼み、飲み物を取りに行った。
明日香は昔から炭酸が飲めない。
そして、今日もアイスコーヒーをグラスに注ぐ。
連絡は取っていたものの、久々に会った友人の変わらぬ姿に、私は安心感を覚えた。
「んー?どうした?」
「うぅん、相変わらず炭酸はダメなんなぁって」
「いや、そんなんすぐには人は変わらないって。私の炭酸しかり」
明日香は笑った。
「そうだよね」
明日香の笑顔で泣きそうになる。
私は涙をこらえた。
ここで泣いてしまったら止められないのが分かっていたから。
「優佳はサイダーでしょ?」
明日香はそう言って私のグラスにサイダーを注ぐ。
優佳だって変わってないじゃん、と言っているかのような表情だった。
席に戻ると明日香は、
「別にこらえなくてもいんじゃない?」
と言った。
その言葉によって、抑えていた感情があふれ、大粒の涙が零れ落ちてきた。
「別に、私の前でまで無理しなくていいよ。私だって初めは帰りたいって思ってたし」
「うん……、ごめん…ありがとう……」
「いや、どっちよ」
そのあと明日香は、黙って私の話を聞いてくれた。
建物の高さに驚いたこと。
人が多くて戸惑ったこと。
初めての電車に緊張したこと。
家がやたらと広く感じたこと。
明日香が昔と変わりなく安心したこと―。
明日香はそのすべてを「うんうん」と相槌をしながら、ずっと聞いてくれた。
私が泣き止むまでずっと―。
「いやぁーお腹いっぱい」
そう言って明日香は腕を真上に伸ばし、背伸びをした。
私たちはお店を後にして、まっすぐ駅の改札に向かった。
「なんかありがとう。元気出た、かも」
「んー、またなんかあったら即連絡してよ」
笑いながら、明日香が電話のジェスチャーをする。
「私ばっかじゃなくて、たまにも明日香からも連絡してよ」
「わかったわかった。優佳は明後日から研修だよね?」
「そうだよ。一週間、研修センターでビジネスマナーとかやるらしい」
「うえー、大変そう。そんじゃ、とりあえず、研修終わったときにまたご飯ね。今度は優佳の家で」
「わかった、来週までに荷物整理しとくわ」
「よろしくー」
駅の改札まで着くと、明日香が「また来週ね」と言って私の肩を強めに叩いた。
「一週間後は泣かないからね」
私が言うと明日香は苦笑いしていた。
私たちはその後「じゃあね」と言って別れた。
明日香がいなくなった後は、再会する前と同じく孤独感を覚えたが、数時間前の感じとは違うのが分かった。
きっともう大丈夫―。
私は、家の方へとまっすぐ向かった。
つらく苦しいとき誰かがそばにいると安心する。辛いことも乗り越えられる。
そう思って書きました。




