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星物語  作者: 無月華旅
8/20

3 星屑と雨降る想い 2幕

これは星を巡る物語。

そこは、まだ星を星と呼ばず、魔法すら存在していない世界。不思議な能力を持つ元劇団員の少女ミュンが、自分自身を見つけに行くお話。


1部 3-2

疲れた。

 やっぱりカイに送ってもらうんだった、と弱音を吐きそうになって、ぶんぶんと頭を振る。港町マールでカイと別れ、無事月の国から太陽の国へ、国境を超えた。もともとマールでは国境超えをすることは珍しくないし、劇団に居た頃に手順は見ていた。そこまでは問題なかったのだ。しかし丸腰で、一体なにができるというんだろう。

 幸いカイが「せめてこれだけは」と言って、洋服はくれた。いつか返すことを誓って礼を言って出て来たのだ。カイにああ言ってしまった手前、引き返すこともカイを頼ることもしたくない。

 弱音なんて吐くものか。ミュンは気を確かに持ち直して、また一歩踏み出した。

「でも、ここどこなんだろう……」

 街道を歩いていると、目立ってまた身ぐるみをはがされかねない。そう思ったミュンは脇道に入って、工業都市ケイサニアを目指すことにしたのだが……。いつの間にか、知らないうちに道は上り坂になって、樹々は鬱蒼と生えた場所に来てしまった。つまり、森の中で盛大に迷子になっていた。とりあえず、上を目指している訳なのだが、自分がどこにいるのかさっぱいり分からない。カイに道は知っていると言ったものの、実はミュンは荷馬車の上では、ほとんど寝ていたため道は全く知らないかったのだ。

「モフでもルドーでも良いから、お金降ってこないかなー」

 ごろんと地面に寝っ転がって空を見上げてみる。そよぐ風が気持ちいい。

「ここでは、金なんて意味ないぞ」

 ふっと声をかけられて、驚く。いや〝声〟が聞こえない。

 半身を起こして、キョロキョロと辺りを見回すが誰の姿も認められない。

「だ、だれ?」

「おめぇ、見た目通りのアホなんだな」

 ひょいっとミュンの目の前に顔がやってくる。

「きゃっ」

 ミュンは驚いて、そのまま後退った。

「面白れぇー」

 逆さまだった顔は、身軽にミュンの前にやってくる。木にぶら下がっていた彼はミュンの顔を覗き込んだ。ミュンは訳が分からず、そのままジリジリと下がっていく。

 〝声〟が聞こえない人なんて、これで三人目だ。なにか法則でもあるのだろうか。それとも、自分のこの変な力がなくなってきているのだろうか。もし、そうだったら嬉しい。

 少年はじっとミュンを見つめるので、ミュンも少年をにらみ返す。

 そのままの状態がしばらく続いた。

「さっきから見てたけど、おめぇ、こんな山の中で何してんだ?」

 少年の問いかけにミュンは答えない。答えなければならない道理もない。少年は不思議そうに首を傾げた。

「もしかして、言葉通じてないんか?」

 そんなことはない。太陽の国と月の国に二分されていても、もとは一つの国だったのか言語は一緒なのだ。多少の訛りはあれど、言葉が通じないという地域はない。この言葉遣いが乱暴な少年は、そんなことも知らないのだろうか。余程の世間知らずだ。

 ミュンはジリジリ後退していたが、少年は構わずにずんずん近寄ってこようとする。たまらず駆け出した。

「あ、おい!」

 当然、とばかりに少年はミュンの事を追ってきた。

「待てって! なんで逃げるんだよ」

 この山で暮らしているのか、少年はぴょんぴょんと、木から木へ飛び移って追ってくる。獣のようだ。すぐに追いつかれるだろう。

(何なの。なんで追いかけてくるの!)

 ミュンは混乱しながらも、ただ必死に逃げていた。

「おい!」

 少年の声を気に留めずに走り続ける。

 と、その時、自分の体が宙に浮く、不思議な浮遊感に陥った。かと思うと、何かに体を強く打ち付ける。

 落ちた、と気が付いたのは鈍い痛みが脳に伝わってからだった。

 しばらくゴロゴロと落下した。

「だ、大丈夫か!? しっかりしろ!」

 薄れてゆく視界の中で陽だまりのような色をした少年の髪が揺れるのが見えた。



     ☆



「悪かったって」

「本当にそう思ってるのかね?」

「だって逃げるから……」

「そりゃ知らん奴に追っかけられたら誰だって逃げるじゃろうて」

「おいら、ちょっと話しかけただけのに」

「話しかけ方に問題があったのじゃろう」

 ミュンが意識を手放してから、どれくらい経ったのだろう。ぼんやりと、さっきの少年の声と老人の声が聞こえてくる。目を開けると、知らない木の天井が飛び込んできた。横を見ると、さっきの少年が、やっぱり老人と一緒にいるのが見えた。

「お、目ぇさましたみてーだ!」

「お前は下がっておれ」

 ミュンに近づいてこようとする少年を制して、老人が近寄ってきた。

「気分はどうじゃ?」

「その子、言葉が通じねーみてーだぞ」

「お前は、黙ってなさい」

 ミュンは老人の言葉に、ゆっくりと自分の体を確かめる。不思議とどこもケガしているところはなかった。意識が少しぼんやりするくらいだ。

「何か食べられそうかな?」

 ずいっと湯気がたつ椀をミュンの隣においたのは、さっきの少年。

「はい」

 ミュンは、のそのそと起き上がると椀を手に取った。中身はキノコのスープのようだ。口に含むと自然な味がしておいしかった。

「怪我は治っておるようじゃな。しかし、流れた血までは元には戻らんのじゃ。しばらくは安静にしておくことじゃな」

「あの、ここは……?」

「ここは太陽の国と月の国の北に広がる山の中だ」

 近寄ってきた少年が、老人に代わって答えた。

「おいらはラーク、こっちはじっちゃん」

「単なる世を捨てた老いぼれじゃ」

「名前、教えてくれねーんだ。だからじっちゃん」

 少年、ラークとじっちゃんと呼ばれる老人は仲が良さそうに、互いを気遣っていた。

「良かった、言葉は通じるみてーだ」

 にかっと笑う陽だまり色の髪を持つ少年はミュンと同じくらいの年だろうか。幼さが残る、その表情はもう少し下に見えた。

「おめぇは?」

「ボクは……ミュン」

 ミュンは一瞬、名乗ろうかどうしようか迷った。

 劇団に入っていた以上、ミュンのことを知っている人がいるかもしれない。そうなると、ミュンのことを利用しようという輩もいるかもしれないから、名乗る時は気をつけた方が良い。そうカイに教えてもらっていたのだ。

 老人の方は名を明かさない点から少し怪しいと思ったが、ラークの他意のなさそうな笑顔を見て、それと、こんな山の中に住んでる二人だから名を明かしても大丈夫と判断したのだ。

「ボクは、崖から落ちたはずです」

 そういえば、とミュンは思い出す。ラークに追いかけられて、崖があるのに気が付かず、落ちたはずだ。鈍い痛みが蘇る。でも体に怪我は、どこにもなかった。

「怪我がないって不思議に思ってるみてーだな」

「は、はい」

「おいらが治した!」

「は、はい?」

 ラークの突然の物言いに、ミュンの理解は追いつかない。その様子に老人はため息をついた。

「今は体を休めることが先決じゃ。ほれ、食べたなら少し横になると良い」

 老人はミュンから椀を受け取ると、寝るように急かした。

『この子にラークの事を言うべきか否か。判断するのはまだ先だ』

 老人の〝声〟をそっと聴いてみる。老人の〝声〟はちゃんと聴こえることに少し安堵した。食事をして少し体が温まったからか、ミュンは心地の良い眠気に誘われ、そのまま落ちていった。



    ☆



 ミュンが山に入ってから数日経った。体力の回復も兼ねて、しばらくじっちゃんと呼ばれる老人とラークという少年と行動を共にしていた。おかげで、サバイバル生活のイロハはなんとなくわかってきた。

 ラークは捨て子だったのだと、老人は言っていた。それを老人が保護して育てたそうだ。老人がなぜ、山に籠ることになったのか、その経緯は、終ぞ老人の口から語られることはなかった。〝声〟を聴くのも申し訳ないと思い、ミュンはそれ以上追及しなかった。ミュンの怪我の治療についても、老人は語りたがらなかった。そもそもミュンが、ここに長居することを、あまり快く思っていないようだ。

「お世話になりました」

 ミュンは、そのことを察していたし、長居するつもりも毛頭なかった。体力が回復したことだし、旅立つことに決めた。

「何もお礼が出来なくて、申し訳ありません」

「そんなの、いい」

 ラークはそっけなく答えると、山の上の方へ行ってしまった。最後まで乱暴な物言いだが、心は温かい人物であることを、ここ数日過ごすうちに知った。〝声〟が聴こえないことの法則性についてはわからなかったが。

「このまま下れば、町に出る」

 老人はそれだけ言うと、さっさと小屋の中に入った。ミュンは二人の、それぞれの行動に小さく苦笑すると、そのまま山を下った。二人とも血は繋がってないが、行動はそっくりだ。

 ラークは知っているんだろうか。もう老人が永くはないことを。老人がいなくなったら、ラークはどうするのだろうか。ミュンはなんとなく老人の死期を感じ取っていた。ラークは近すぎて気付かないのか、わざと気が付かないふりをしているのかもしれない。ラークは老人が居なくなってしまったら、ミュンと同じように山を下るのだろうか。いや、それはないだろう。山で育ったラークの事だ。それに老人の側を離れるのは考え難い。きっとそのまま山に籠るんだろう。老人と同じように、その一生を山で終えるんだろう。

 ミュンはそんなことを考えながら、山を下って行った。程なくして、森を抜けると街が見えてきた。鉱山都市カッツォだ。目指していた工業都市ケイサニアは、ここからさらに南下したところにある。さらに南下していけば、太陽の国の首都にまで辿り着く。目的地は、ケイサニアだったが、鉱山都市であるカッツォにも仕事はあるだろう。お金はなくても、山で鍛えたサバイバル力もある。しばらくは何とかやっていけるかもしれない。

 ミーティア団に居たころとは比べ物にならない位、自分が前向きに考えられるようになったことに気が付いたミュンは、自分自身を少し自嘲気味に笑った。団を抜けたら思考まで自由になった気がした。

 期待を持ちながら、ミュンはまた一歩踏み出すのであった。


はじめまして、こんにちは。無月華旅です。

僕的には、そのまま山の中に住んでも良いかなって思ったんですけど、それだと話が完結しないので、ミュンにはもう少し、頑張ってもらいましょう。ということで、3は終了です。これからミュンのお仕事探しが始まるわけですね。現実でも小説でも、就活は世知辛いものです。

最後になりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。願はくは、また次回のお話でお会いできますことを。


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