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星物語  作者: 無月華旅
7/20

3 星屑と雨降る想い 1幕

これは星を巡る物語。

そこは、まだ星を星と呼ばず、魔法すら存在していない世界。不思議な能力を持つ元劇団員の少女ミュンが、自分自身を見つけに行くお話。


1部 3-1

三・星屑と雨降る想い



 何かがやってくる気配がする。何かは分からない。

 痛い事じゃないと良いな。

 苦しい事じゃないと良いな。

 その塊は闇の中で小さな金属音を立てながら、耳を澄ましていた。



     ☆



 ミュンが出て行った。そう知ったとき、団長のコトは人知れず泣いていた。妻であるリラにすら、その涙は見せなかった。団長にとって、ミュンは娘同然の存在だった。だからアゲハがミュンのことを嫌っているのを知った時も、必死にミュンを守ろうとした。リラに、やりすぎだと怒られるくらいに。それでアゲハの過剰な嫌がらせが減るのなら、構わなかった。結果、嫌がらせは減ったが、団長の目に見えない所で行われていた。

 ミュンが出て行ってしまった以上、公演は出来ない。春の祭りはまだまだ行われていたが、団長はミュン抜きの新しい台本を書く気にもなれず、旅立つことにした。

 ミュンが出て行った次の日。帽子を目深に被った少年が宿を尋ねて来た。

「昨日は公演を中止されましたね。張り紙には『諸事情』と書いてありましたが、何かあったのですか?」

「広間でウィルが説明していただろう」

 公演が中止になってしまったため、ウィルのファンたちが宿に押しかけていた。宿の迷惑にならないように、ウィルとアゲハとギンが劇を行っていた広間で対応に当たっていた。

「えぇ、知ってます」

 帽子の少年は、大きく頷いた。さらりと銀髪が揺れる。その癖の強い銀髪に見覚えがあった。

「もしかして……リゲル様ですか?」

「おや、バレてしまいましたか」

 団長は、相手がリゲルだと気づくと、慌てて腰を折った。職業柄、様々な人を見て来た団長の頭には、もちろん王族の顔もインプットされていた。

「大変失礼いたしました。どうぞ、中へ」

「ああ、お構いなく。時機ここも兵に嗅ぎつけられる。僕が聞きたいのは一つだけ」

 団長が大きく開いた扉に誘われ、リゲルは中に入ったが、腰は下ろさなかった。団長も立ったままリゲルの話を聞く。

 リゲルは部屋の中に入ると、目深に被っていた帽子を取った。正体が割れている相手に対し、顔を隠したまま話すのは失礼になるからだ。こうしてみると、リゲルとミュンは本当に似ていた。違うのは髪の色ぐらいだが、癖が強くあちこち跳ねているのは、瓜二つだ。ドッペルゲンガーの噂もあながち間違いではないかもしれない。

「何でしょうか?」

「広間で、あの三人が言っていた『大道具が壊れた』というのは嘘でしょう。本当の公演中止の理由は、大方ミュンが行方不明になったところでしょうか?」

「な、なぜそれを……」

「簡単なことです。部屋は一部屋しかないのに、広間にも、部屋にもミュンの姿がない。リラさんは大方、馬車の準備にでも行ったのでしょう。部屋の外ですれ違いましたから」

「リゲル様には、なんでもお見通しなんですね」

「僕が聞きたいのは、ミュンの行方です。何か知らないのですか?」

「それが検討もつかないのです。ですから、これから劇をしながら探すつもりです」

 その団長の言葉を聞いて、リゲルは大きく頷いた。

「そうですか……。団長さんにとってもミュンが大切な人で良かったです」

「もちろん、ミュンは大切な家族です」

 団長の答えにリゲルはにっこり微笑む。

「さて、時間のようです。僕はこれで」

 リゲルが言い終わるか終わらないかの内に、部屋の扉がノックされた。団長が開ける前にリゲルは帽子をかぶり直しさっと扉を開けると出て行った。

「探しましたよ、リゲル様!」

「ごめんごめん」

「連日の脱走、やめてくださいよ」

「俺たちの仕事が増えて困ります」

「追いかけっこみたいで、楽しいだろう?」

「こっちはひやひやしてるんです!」

 兵士たちとリゲルの楽しそうな会話がだんだん遠ざかって行った。団長は嵐が去ったように、ぽかんとしてしまって、しばらく部屋の扉を開けかけようとした姿勢のまま固まっていた。

 その日の夕方には、もう旅支度を整え、いつでも出れる状態になった。話し合って、次の日の早朝には出ようということで、話がまとまった。

「明日は朝早い。今日は早々に休むように」

 団長はそういうと、さっさと自分のベッドの中にもぐりこんだ。ミュンがいなくなっただけなのに、妙に広く感じる四人部屋は、ベッドの奪い合いが起こることはなかった。

「アゲハ、ちょっと」

 静かに声を上げたのは、ギンだった。アゲハはギンの呼び出しに応じると、二人はそっと出て行った。

 アゲハが帰って来たのは、夜もだいぶ更けてからだった。

「ウィル、起きてる?」

 いつもの甘い声ではなかった。刃物のような鋭さを帯びていた。

 もちろんウィルは起きていた。こんな心持で寝られる訳もなかったのだ。

「うん」

「ちょっと、話さない?」

 アゲハの誘いを断る理由が見当たらなかった。ウィルとアゲハは揃って部屋から出て行った。



     ☆



 団長が布団に身体を埋めてから、ギンとアゲハが出て行った。夜更けに帰って来たのは、アゲハだけ。そのアゲハもウィルを誘い出すと、帰っては来なかった。団長もリラも待った。きっと朝一で買い出しとか、後片付けのチェックとかしてくれてるんだろうと思った。待てども待てども、三人が帰ってくることはなかった。

 そうして一週間が過ぎた。春の祭りはすっかり終わり、街はひっそりとしていた。

「アゲハはともかく、あのウィルとギンが何も言わず出て行くなんて思えない」

 団長がポツリとこぼす。リラはちらっと愛する夫に目を向けるが、何も言わなかった。しばし沈黙した後、口を開いたのはやっぱり団長の方だった。

「とうとう劇は廃業だな……」

「そうね」

「これから、どうしようか」

 その答を二人とも、もう知っていた。分かっていた。

 いつか、こうなってしまうことも。

「ウィルもミュンも家族同然だったのにな……」

 産まれた時からウィルのことを知っている。ミュンを拾った時も、まだ幼かったから育ての親も同然だった。

「さて、支度をしようか。リラ」

「そうしましょう、コト」

 仲睦まじい夫婦は、同時に立ち上がると部屋を出て行った。



     ☆


はじめまして、こんにちは。無月華旅です。

今回は、ミュンではなく、ミュンが出て行ったあとの劇団のお話です。改めて、ミュンが大切にされていたんだなっていうことが、実感できたらと思います。やはり、どのキャラクターも大好きです。

最後になりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。願はくは、また次回のお話でお会いできますことを。

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