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星物語  作者: 無月華旅
6/20

2 星屑と雲の少年 2幕

これは星を巡る物語。

そこは、まだ星を星と呼ばず、魔法すら存在していない世界。不思議な能力を持つ劇団員の少女ミュンが、自分自身を見つけに行くお話。


1部 2-2

 カイと別れてから、ミュンはカイに言われた通り占いの館を探してみることにした。この海沿いの港町マールは大部分は月の国だが、太陽の国の国境近くにあり、事実川に橋が架かっているため太陽の国にも行ける。町にしてはかなり大きい方だった。カイのように行商人が立ち寄ることも多いし、月の国と太陽の国が繋がっているため金の回りも早い。ミーティア団も首都に行くか、マールに行くか悩んだくらいだ。

 なにはともあれ、行動するには金と体力、それに情報が必要だ。ミュンはそのどれも満足に持っていない。とりあえずいろんな人の話を聞いて……というのは人見知りをするミュンには難しかった。ミュンは港に整列している船を眺めながら、これからどうするか考えていた。

(こういう時こそ〝声〟を聴くべきだよね……)

 ミュンは噴水のある広場まで来ると、噴水の縁に座って瞳を閉じた。

 その瞬間倒れた。



     ☆



 ミュンが目を覚ましたのは夜空にぽっかりと穴をあけたような、まぁるい満月が浮かんでいる時だった。

 〝声〟の情報量が多すぎて、脳がパンク寸前だったのだ。

 ミュンは、はぁ~っと溜息にも似た息を長く吐くと少し落ち着いた。そして自分のポケットやバッグの中を確認して気が付いた。

 お金を、ほとんど盗まれた。

 さぁーっと顔から血の気が引いた。

「これから……どうしよう」

 占い師を探すどころではない。

 ミュンはとりあえず、もう一度横になって夜空を見上げた。

 月と名も知らぬ輝きたちがいっぱい散りばめられた夜空は、とても綺麗だった。

「……世捨て人、かな」

「それは、困るな」

 ぽつりと呟いたミュンの独り言に誰かが反応を示した。あまりにも、慣れている心地で分からなかったが、ミュンは荷馬車の上に居て揺られていた。御者台には、カイが座っている。

 カイはミュンが目を覚ましたことを認めると、道の隅に荷馬車を止めた。そして、改めてミュンに向き直る。

「……お前、自分が今どんな状況か分かってるか?」

「……はい。粗方は」

「身ぐるみはがされて、肌着一枚でこれからどうする気だよ?」

 カイは怒っているのではない。心配してくれているのだ。それが分かっていてもミュンはカイの言葉と自分の迂闊さに腹を立てずにはいられなかった。

「分かっています。それを今、考えていたんです」

「――――分かってないだろ。とりあえず、オレは服を扱う行商人だ。そこに服があるから適当に着てくれ」

 カイの身体はミュンの方に向いているのに、顔は俯いたままの理由がようやく分かった。さっきカイが言ったように、ミュンは身ぐるみはがされて肌着一枚なのだ。ミュンは手近にあった服を身にまとった。

「お前……女、だったんだな」

 まぁ、これも言われ慣れている事だ。ミュンは小さく頷いた。

「まぁ、拉致されなかっただけ、マシってところだな」

「カイさんに拉致されました」

「……俺は人助けしたつもりなんだけどな」

「冗談です」

 ミュンがそう言うと、カイがぷっと吹いて笑いだした。

「で、真面目な話、これからどうするんだよ?」

「……なにも、考えてなかったです。ただ、今までいたところを抜けだしたら自由になれるって思ってたんですけど」

 そうなのだ。団を抜ければ、何か変わると思った。自由になれると。でも、そうではなかった。覚悟はしているつもりだった。だが改めて思い知ったのだ。たとえ罵られようと、自分がいかに恵まれた環境にいたのか。食べるものがあって、屋根が付いたところで寝られて、たまの野宿でも不自由はなくて、話しかけてくれる相手がいて、気にかけてくれる人がいて……。

 あぁ、幸せだったんだな。

「ど、どうした?」

「……え?」

 気づいたら、ミュンの目から涙がぽろぽろと流れていた。

「あれ、ボク……」

「今晩の所は休め。なんか事情があったんだろ?」

「……はい」

 カイの言葉に甘えて、ミュンは横になると、すぐに寝入ってしまった。



     ☆



 自分は物好きだよな。とミュンの寝顔を眺めながら、カイはひとりごちた。

 ミュンが劇団員なのは知っていた。カイも何度か劇を観たことがあったのだ。ミュンを劇の通り、見た目で騙す、悪役だと思い込んでいた。大方、悪役が嫌になって逃げだしたんだろうと思っていた。そして、行商をしている内に劇団を見つけたらミュンを引き渡して礼金でももらおうと考えていた。でも、それはミュンの人柄を知らないからだった。おどおどした調子で、近づいてきた奴を騙すのかと思ったら、まさか、見ず知らずのカイの目の前で寝てしまったて警戒心がゼロとか、本当は女だったとか……予想外だ。想像の斜め上を突っ切って破られた感じだ。

 カイは割と裕福な家に産まれた。だからこうして気ままに行商が出来たりするわけで。勉強だと、言われて昔ミーティア団の劇を観たりした。まだ劇が流行してた時代の話だ。それから劇が好きになって、行商の合間に見に行ったりした。だからミーティア団が、だんだん廃れていったのも、ミュンのことも、もちろんウィルのことも知っていた。それでも、自分はあくまで、劇の装飾、衣装に興味が湧いて服飾の行商人になったのだ。正直、今のカイに団を助けるほどの財力も余裕もなくなっていた。

 それが、何の運命の巡りあわせか、ミュンを拾った。

 劇に全く興味がない訳ではない。これを機にミュンから紹介してもらって入団でもしてみようか。ミュンと別れてから、そんなことを考えていたのだが、ミュンが広場で身ぐるみはがされ、倒れているのをみて、気持ちが変わった。

 こいつを助けないと。こいつは悪い奴に騙されて、どん底まで落ちてしまう。

 かつてミュンのことを劇を通してみていた。ミュンにそんな風になって欲しくないと思った。カイにミュンを助けるだけの余裕は決してないが、それでも少しでも力になりたいと思ったのだ。

 寝ているミュンの頬をそっと撫でてみる。柔らかかった。舞台化粧をして酷使されただろう肌でも、リラのおかげか、ちゃんと手入れされてて綺麗で、すべすべしていた。なんだか変な気を起こしそうになったカイは、慌ててミュンから顔をそむけた。

「お前は、本当の悪役じゃなかったんだな……」

 悪役の面しかミュンのことを知らなかった。

 月の光と、その周りの月屑と呼ばれる輝き達を眺めている内に、御者台にもたれかかるようにカイは眠りに落ちた。



     ☆



「寝坊だぞ!」

 目を覚ました時、カイの顔が目の前にあって、すごくミュンを驚かせたことは言うに及ばない。それでもミュンは顔色を変えずに、起き上がった。

 旅人の朝は早い。朝日と共に起きて、行動を開始する。何せ、時は金なりと先人の言葉もあるくらいなのだ。

「すみません」

 顔をくっつけて起こす習慣でも、流行っているのだろうか、と思いつつミュンは、手近にあった川で顔を洗った。

「出発する前に、これからの方針を決めないとな」

「……はい」

 ミュンはこれから、どうするか全然、本当に何も考えてなかった。癖の強いくすんだ金髪に滴っている水を拭きとりながら、ぼんやりと今後のことを考える。

 旅人になるにしても、何もかも足りていない。お金も、知識も、度胸も、それだけでない何かも。

 いっそどこかに定住してしまおうか。〝声〟は気にしなければ、聞かないことだってできる。どこかの町で人間関係をちゃんと作って、住んでみるのもいいかもしれない。

 それとも世捨て人になって、山に――――

 そこまで考えて、ミュンはふと疑問がよぎった。

「そういえば、ボクが世捨て人になると、なんでカイさんが困るんですか?」

「え?」

 昨夜身ぐるみをはがされ倒れていたところをカイに保護された。ミュンが目を覚ました時に「世捨て人になろうか」と言ったら、カイに「困る」と言われたのだ。

「え? えっと……それは」

 カイはもごもごと口の中で言葉を濁す。カイにとってミュンは単に、街道で拾った子猫程度の存在なはずだ。ミュンが何をしていようが、それこそ倒れていようが、カイには関係ないはずだ。

「俺が困るというか……」

「どうして困るんですか?」

「えーっと……と、とりあえずマールに戻って、なんかメシでも食いに行こう!」

 思いっきり話をそらされた。でも、言いたくないなら、それでいいと思う。会話に興味がないミュンのことだ。そもそもカイが困る理由も、興味本位だけで、実のところはどうでも良かったのかもしれない。

 マールに戻った二人は近くに会った店で朝食を摂った。

「そりゃ、宿を取りたかったけど、マールの宿は高いんだよ。俺には二人分払う余裕なんて今ないんだよ。町中で野宿してるわけにもいかないから、いったん町を離れたってわけだ」

 言い訳がましくカイはそんなことを言いながら、朝食にがっつく。

 ミュンはもそもそと食べながら、そんなカイを見つめていた。ヒスイ色の瞳は日の光でより一層明るく見えた。栗色の髪は寝ぐせか、あちこちはねている。それが野性的で似合ってもいるから、ミュンは自分の癖毛を撫でながらズルいなと思う。

「あの、相席よろしいかしら?」

 その声に顔を上げると、カイと変わらない位の齢の女性が立っていた。店内を見回すと、朝食の時間帯だからか、満席に近かった。

「どうぞ」

 ミュンがカイに目で同意を求めると、カイは席を少しズレて女性が座れるスペースを開けた。

「ありがとうございます」

 女性は素直に礼を言うと、カイの隣に腰を降ろした。こうしてみると、お似合いの二人だった。

「お二人は、恋人同士ですか?」

「……どうして、そう思います?」

 その質問にミュンは自分の体が強張るのを感じた。

女性の質問に、カイは質問を返した。普段ミュンを初見で女だと見抜く人は少ない。カイもそれを知っていた。だからか、ミュンを女性だと見破った、この女性にすこし警戒した。

「あぁ、そんなに緊張しないでください。職業柄、人間観察が得意なんです」

 女性は単に他愛ない話をしようとしただけだったようだ。

「へー。どんな職業を?」

 カイは女性の最初の質問に答えずに、逆に質問した。女性は特に気にしていない様子。

「マジシャンです。いろんな人に、マジックをみせて、驚いてもらえるのが好きなんです」

 そういうと女性は、メニューから本物のサンドイッチを取り出して、食事を始めた。驚いて目を見張る二人をよそに平然と、食べ進めている。

「あ、安心してください。ちゃんとお金を払って買った物ですから」

 女性はにこやかに笑うと、最後の一口を口に放り込んだ。ものすごい速さで食事を終えていた。

「では、席を貸してくださってありがとうございました。また、お会いしましょう。ミュンさん」

 女性はそういうと、町中の雑踏の中に消えて行った。

「ミュン、知り合い?」

 正気に戻ったカイがミュンに問い掛ける。

「いいえ」

「でも、向こうはお前のこと、知ってたみたいだな」

「はい。名前を……」

 昔、劇を見てくれた人なのかもしれない。それでもミュンのことを覚えている人は少ないが。マールでは前まではよく公演していたし、きっとそうだと自分を納得させると、ミュンも最後のパンの欠片を飲み物で流し込んだ。

「さて、これからのことだけど」

 朝食が済んで、飲み物を飲んでいるときに、つっけんどんにカイが切り出す。

「俺は最初に言った通り行商人だ。だから、これからも旅を続けるつもりだ。お前はどうするんだ、ミュン」

「……ボクも旅をして安住の地を見つけたいんですが」

 一番の問題は資金がないことだろう。お金がなければ何も出来ない。

「そうか……。だけど先立つものがない、と」

 カイは腕を組んでうーんと考え込む。ミュンも考えてはいたのだが、妙案というのは、なかなか思いつかない。

「カイさんっていい人ですよね」

「……なんだよ、急に」

「ボクのことなんて、投げ出すことも出来たのに、結局助けてくれて」

 今思えば不思議な縁だ。ミーティア団を出て行ってから初めて出会ったカイに、こうして助けられ、今は一緒に悩んでもらえているのだ。そのことが奇跡みたいで、本当に自分は幸運なんだと実感した。

「ボク、これからは一人で頑張っていこうと思います」

「何か当てはあるのか?」

「とりあえず、工業都市ケイサニアに行ってみようと思います」

 劇団で旅をしていただけあって、地理には明るい。工業都市に行けば、なにかしら仕事が見つかるかもしれない。そしたら、お金をもらって食べていくことも出来るだろう。

「大丈夫なのか? ケイサニアと言えば、太陽の国だよな。今、そっちは景気が悪いって聞いてる。国王ソルによる圧制だって、今後あるかもしれないなんて噂だぞ」

 カイは声を潜めてミュンに忠告をした。この港町マールでは、両国の噂が集まる。どこで誰がこの話を聞いているのか分からない。反政の動きは、どちらの国でも厳しい処罰対象になるのだ。

「大丈夫ですよ。ボクが女だってことは隠し通す自信がありますし」

「そうじゃなくて……はぁ。お前の意志は決まったんだな」

「はい」

「それじゃ、そこまで送ろう」

「いいえ。一人で行きます」

「金がないのに、どうやって……」

「サバイバル経験ならしたことありますから。整えられてない街道以外の道だって知ってます」

 ミュンにはカイの気持ちが痛いほど伝わっていた。切実にミュンを心配する気持ちだ。出会ってまだ二日しか経ってない自分にどうして、こんなに親切にしてくれるのかは謎だが、その気持ちはありがたかった。

「本当に、それでいいのか? こうして出会ったのも何かの縁だ。少しくらい助けてやるが」

「十分助けていただきました。もうそのお気持ちだけで十分です。ただ」

「ただ?」

「最後に一つだけ、わがまま言っても良いですか?」

 ミュンが真剣な目をするので、カイは背筋を伸ばした。

「ここのお代、任せてもいいですか?」


はじめまして、こんにちは。無月華旅です。

2はあっという間に終わってしまいましたね。物語の本軸となるのは、やはり起承転結の「起」なのではないかと考えているのです。つまり1がやたら長くなっても仕方ない。何事もつかみが大切ですよね。ってもっともなことを言ってみたり。

最後になりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。願はくは、また次回のお話でお会いできますことを。

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