2 星屑と雲の少年 1幕
これは星を巡る物語。
そこは、まだ星を星と呼ばず、魔法すら存在していない世界。不思議な能力を持つ劇団員の少女ミュンが、自分自身を見つけに行くお話。
1部 2-1
二・星屑と雲の少年
闇の中で何かが、もぞりと首をもたげた。
それは、のろのろと動いていて言葉を発しない。ただただ、闇の中にいた。
☆
馬が欲しい。とミュンは思った。徒歩で移動するのがこれほどまで過酷なものだったとは思わなかった。街道の真ん中でミュンは一休み。
「はぁー……」
長い溜息をついて、近くの川から水をすくい、喉を潤す。周りには何もない。誰も居ない。おかげで〝声〟は聴こえない。ミュンは久々に耳を澄ましてみた。風の音だけがミュンの耳をくすぐっていく。と思ったら、案外近くで馬車の音が聞こえた。ミュンはそちらに目を向けると、すぐに目視出来た。
一つの馬車が街道をゆっくりと進んでいた。馬車の主はミュンより少し年上くらいで二十歳くらいだろう。栗色の髪を少し伸ばしていて、ヒスイ色の瞳の青年だった。眠そうに欠伸をしている。青年はミュンを見つけると、そこで馬車を止めた。
「こんにちはぁー」
「こん、にちは……」
びくびくしながらもミュンは挨拶を返す。
「一人? どこまで行くんだ?」
「あ、えっと……。ひ、一人です。あの、え、その……」
ミュンの態度に青年は少しイライラした様子で、もう一度尋ねた。
「どこまで行くんだ?」
「その……決めてないんです」
「ふーん。一人旅で行先も決めてない訳ね。オレは今から海沿いの町、マールに行くんだ。一緒に行くか?」
「え? えっと……」
煮え切らないミュンの反応に、青年はしびれを切らしてミュンの腕を掴むと御者台の上に引っ張り上げて馬車を出発させた。
「おまえ、もっとしっかり食べろよなー。軽すぎだろ」
「……はい」
ミュンは御者台の隅っこで小さくなっていた。御者台の上に引っ張り上げられた時、ミュンがあまりにも軽かったためか青年は半ば怒るようにミュンに言った。〝声〟が、その触れられた一瞬で伝わってきた。ミュンに対する怒り、諦め、好奇心そんな感情も。
「オレの名前はカイ。お前は?」
「えっと……ミュンです」
「へぇー、ミュンか。よろしく」
「こ、こちらこそ……」
聴かないように、聴かないように自分を制御して〝声〟を封じていた。
「ミュンはどっから来たんだ? なんで一人旅なんかしてんだ? 親は? 家族は?」
カイは好奇心の塊のように、ミュンに気になることを何でもかんでも聞いてきた。根ほり葉ほり聞かれても、人見知りをするミュンにそこまで答える事は出来ない。あうあうと口をパクパクさせているミュンを見て、カイは諦めの溜息を一つついた。
「にしても、お前リゲルに似てんな」
「えっ?」
「お? その様子だと、お前もリゲルのこと知ってんのか」
その言葉にこくこくとミュンは頷く。カイはリゲル、と呼び捨てにするぐらいなのだから、よっぽど仲が良いのだろう。
「ま、オレも遠目で見たことがあるだけで、実際に言葉を交わしたりとかはしたこと無いんだけどよー」
なんだ、と口の中でミュンは呟いた。だったら会話したことのあるミュンの方がよっぽどリゲルについて知っているのだろう。
がたがたと心地よい揺れにミュンは眠気を誘われる。いつも馬車の上で寝てばかりいたから、馬車の上では寝る事が決まりのようになっていた。
「オレは行商人で、いろんなとこをまわってて、師匠は……って聞いてんのか? おい」
無防備にもミュンは眠っていた。カイは困ったように頭をかくと溜息を一つついた。
「オレも物好きだよなぁー。なんでこんなヤローを連れてこうなんて思ったのか……」
カイは一人ごちて空を見上げていた。
☆
「おーい……。なぁ、おいってば」
遠くの方でミュンを呼ぶ声がきこえた。その声に呼ばれる覚えがないようで、一体どこの誰なんだろうとミュンは不思議に思っていた。
遠くに聴こえた声は案外、近かったことにミュンは気が付く為の時間を要した。
「――――――あ、」
「やっとか。もうすぐ着くぞ」
ミュンが目を覚ましたことを確認するとカイは前に向き直った。ミュンも前方を見ると近くにマールの町並みが見えてきた。
「えっと……」
「寝て忘れちまったのか? カイだよ」
「あ、あの、ありがとうございます」
ミュンの言葉にカイはヒスイ色の瞳を真ん丸にして、思わずミュンの方を凝視していた。ミュンは目を白黒させながら自分の言動を反芻して、間違ったことを言っていないか確認したが思い当たることなど、当然ない。
「え、っと……あの?」
「あぁ、悪い悪い。あんまりにもお前が無防備だからさ」
「はぁ……」
カイは前を向き直ると耐え切れなかったのか声をあげて笑い出した。
「普通はさ、見ず知らずのしかも野郎の馬車に乗せられて寝るか? 寝ないな。寝たとしても、まず自分の荷物を確認する。大抵、金は抜かれるだろ? まぁ荷物だけもらって人はどっかに置いてくるだろうよ。それをあろうことか、お前はまず礼を言うとはな……くくっ」
「でも、カイさんはそんなことしなかったんでしょう?」
カイの言動に慌てず驚かず、ミュンは前を向いたままマールの町並みを眺めていた。
「へぇ~……。なんでそう思うの?」
新しいおもちゃでも見つけた時のように、カイはにやりとした笑みを浮かべた。
「そうやってしゃべるからです」
「なるほどね。もしオレがミュンの荷物を盗んだとしたら、そんなことベラベラとしゃべんないわな」
こくんとミュンも頷く。
「お前、なかなか可愛いな」
「……ナンパですか?」
「いやいや、違うって。まぁ、寝てる時は可愛かったが……。あ、ヤローに可愛いも変か。まいいや。なんか……やっぱいいや」
「?」
もともと話すことに興味を感じないミュンは相手が会話を止めるなら、それ以上続けようとはしない。でも、カイが何を言いかけたのか、この時ばかりはミュンも気になってしまった。口をつぐんでしまったカイに再び会話を始めるきっかけがつかめないまま馬車は海沿いの港町、マールに到着した。
町の中心近くに来て、ミュンはカイの馬車を降りた。
「それじゃな。あ、行く所がないなら、この町のどこかにあるっていわれてる占いの館を探してみな」
「占いの館?」
「そう。なんでも、人生の行く末を占うんだと。これがまた大当たり。でも場所が分かりづらく、また館の主人は客も選ぶらしいから、占ってもらえるかは謎だな」
「はぁ、分かりました。ありがとうございました」
「まぁ、それじゃ……またどこかで」
「はい」
カイは意外にもあっさりと別れた。ミュンはカイが見えなくなるまで見送っていたが、カイは振り返ることはなかった。
☆
はじめまして、こんにちは。無月華旅です。
1が終わり、2が始まりました。優しさの塊のカイが現れて、ミュンは無事助けられたわけです。良かったです。最初から受難だらけのミュンですが、この先の旅は大丈夫なんでしょうか。可愛い子には旅をさせよ、と言います。はい、旅をさせます。
最後になりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。願はくは、また次回のお話でお会いできますことを。