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星物語  作者: 無月華旅
4/20

1 星屑と風の劇団 4幕

これは星を巡る物語。

そこは、まだ星を星と呼ばず、魔法すら存在していない世界。不思議な能力を持つ劇団員の少女ミュンが、自分自身を見つけに行くお話。


1部 1-4

 翌日。

 ミュンは思わず叫びそうになっていた。暴れる心臓を必死に抑え込んだ。だって目の前に……ウィルの寝顔があるのだ。こんな状況を誰が想像していただろう。昨日の夜は、もう部屋が暗くなっていたから誰が布団に寝ているかなんてミュンは知らなかった。

(しかし、よくあのおばさんが許したなー)

 とりあえずミュンはナメクジが動くスピードで布団から這い出た。水を汲んで顔を洗うため、そのまま外に出た。昨日、打たれた頬に水はよくしみて痛かった。

 今日の公演は午前と夕方の二回だ。

 ミュンが井戸の水で顔を洗っていると、部屋の方からアゲハの悲鳴が聞こえた。多分、ウィルが布団で寝ているのに驚いた悲鳴だろう。その悲鳴のお蔭で団員たちはみんな目を覚ましたことだろう。ミュンは袖で顔を拭うと部屋に戻った。

 それからすぐに準備が始まった。朝食をとりながら今日の打ち合わせ。ギン以外の役者は衣装に着替え、メイクをすると宣伝のため街の中を歩いた。ギンと団長の二人は舞台装置をセットする。

 午前の公演は前日の夜の公演より、すごく人が増えていた。前日の評判を聞いた人、前日に引き続き観に来てくれる人、さらには劇が始まる前に宣伝した効果もあるようだ。

 何事もなく午前の公演は終わった。

 今朝、朝食時の打ち合わせで団長は夕方の公演まで自由だと言っていた(でも役者の人は着替えもメイク落としも出来ない)。

ウィルはファンの人達に取り囲まれているので観光なんて無理だろう。アゲハもウィルにくっつきっぱなしだ。護衛のつもりだろうか。団長とリラは、のんびりとお茶を飲んでくつろいでいた。

ミュンは珍しく首都の街を見て歩くことにした。なんとなくだが、あの少年に会えるような気がしたのだ。それにギンがくっついて来た。首都に入る前に言っていたドッペルゲンガーの事を心配しているのだろう。

「ミュン、どっか行くの?」

「散歩です」

「俺も行ってもいい?」

「はぁ……」

 溜息ではない。曖昧な返事をするとミュンは改めて小さく頷いてから歩き出した。

 街の中は祭り中だということもあり、いつも以上に人で溢れかえっていた。団長が役者の人は着替えもメイク落としもさせない訳がなんとなくわかってきた。

「つまり、歩いているだけで宣伝効果になると……」

 すれ違う人、誰もが物珍しげにギンとミュンを見ていた。中には握手を求める人もいる。もちろんミュンはすべて断った。

『あ、可愛い子発見』

『早く家に帰りたいなぁー』

『あっちの食べ物おいしそうだなぁー』

『広場にウィルっていう役者がいるみたい』

『もうすぐ広場でリゲル様が見られるんだ!』

『もうちょっと安ければな』

『今年は不調かな……』

 ミュンは何となく人々の〝声〟を聴いていた。聞き流していた〝声〟の中に気になるワードがあったのに、〝声〟を聞き流すことに慣れていたミュンは気が付くのに数秒かかった。

「え、ちょっ、ミュン! どこ行くの」

 急に角をまがったミュンをギンは人ごみをかき分けながら慌てて追いかけた。

 広場では相変わらずウィル(とアゲハ)がたくさんの人に囲まれていた。ミュンはちらりとウィルたちの方を見たが、向こうはこちらに気が付かなかったらしい。ミュンは特に気に留めず辺りを窺う。

「ミュン、どうしたの?」

 キョロキョロしているミュンを不審に思ったギンが尋ねる。ほぼ、それと同時だっただろうか。周りのざわめきの気配が変わった。

 人々の〝声〟は、ある単語に満ちている。

「……リゲル、さま?」

 見上げるミュンの瞳には、鏡で映したようにミュンとそっくりの人がにこやかに手を振っていたのだ。広場から真っ直ぐ見える、それほど遠くない所の城のバルコニーに、その人はいた。

 ミュンと髪の色は違うけれど、その印象的な紫の瞳のタレ目やクセが強く丸まっている銀髪、鼻の筋も唇の形もそっくりだ。

「見ちゃダメだ……」

 ミュンの瞳をギンがそっと覆い隠す。その刹那、〝リゲル様〟とミュンの瞳が合った。

(〝声〟が聴こえない。あの人は……あの人は、あのフードの少年。そして、ボクはあの人の事をよく知っている……)



     ☆



 それから夕方の公演、ミュンは台詞を忘れる事が多く、変な間が出来たりミュンの台詞に感情がのっていなかったりと失敗続きだった。その度にウィルやギンがアドリブで助けてくれた。

「ミュンがこんなに失敗するなんて、劇を習いたての頃に戻ったみたいだね」

 夕方の公演が終わって遅めの夕食をとっている時だった。少し遅めの夕食だというのに宿の一階は、まだまだ込み合っていた(主にウィルのファンの人が詰めかけている)。

「はい……。ごめんなさい」

 団長の言葉にミュンは小さくなる。

「いや、別に責めているわけでは……」

「そうよ! あんたのせいで夕方の公演はガタガタ。大失敗よ!」

 団長がフォローしようとしたにも関わらず、アゲハはキンキン声で文句を言う。穏やかな雰囲気が一瞬にして崩れ、少し緊張したようなピリッとした空気が生まれる。

「何よ、あんた! ウィルやギンにちやほやされるからって調子に乗らないで! 悪役しか出来ないくせに。女男のくせに!」

 アゲハの文句は普段の鬱憤もこもっていて、何を言いたいのか理解できない客が多かった。でも、少なくてもミーティア団の団員にはその内容が分かっている。

「あんたなんか、この劇団にいらないのよ! 誰にも必要とされてないの!」

 そして、最後のアゲハの叫びは、その場に居る全員が理解した。

 泣くなんて子供っぽい。逃げるなんてみっともない。そんなマネをミュンはしなかった。

 表情ひとつ変えない。

「はい。ボクもそう思います」

 冷静に、氷のように冷たい声で言うと食事を再開していた。アゲハはむすっとしたまま食事に戻る。そうしていると場の雰囲気は落ち着いてきた。しかし、ウィルのファンの人達は帰り、団員同士も言葉を交わさなかった。

 人が減った食堂は、いつもより静かに感じた。



     ☆



 ミュンが食事を終え、部屋に上がっていくと同時にギンも部屋に戻った。

「ミュン、アゲハの言葉なんて真に受けちゃダメだよ」

「はい」

「俺はミュンがこの劇団に必要だと思ってるよ!」

「そうですか」

 ギンはいつも以上に愛想のない返事をするミュンに、おろおろしながらも必死で慰めの言葉をかける。そこに団長も入ってきた。

「ミュン、君が気にすることじゃないよ」

 ギンと似たような言葉をミュンにかける。それでも反応の薄いミュンに、団長は両の腕を広げてみせる。

「……何やってるんですか?」

 冷たいミュンの言葉に怯みながらも、団長は両腕を広げたまま言う。

「ミュンは被害者なんだ、これは立派な中傷だ。だから俺の胸で泣いても……」

「違います」

 団長が最後まで言い終らない内にミュンは否定する。

「ボクは被害者ではありません、おば……アゲハさんを傷つけていたのは、むしろボクの方だとアゲハさんも証言しています。それに……」

 ミュンはいったん言葉を切った。その瞳が灯りに照らされて冷たく光った。

「あのおばさんごときの言葉でボクは傷つけられません」

 にやりと薄く笑ったミュンに、団長とギンの背筋は凍った。

「おやすみなさい」

 二人には一瞥もくれずに、ミュンはそう言うと床に敷かれた布団の中に潜り込んでしまった。

 階下ではリラとアゲハ、ウィルの他に数人の客が残っていた。物珍しそうにリラたちの事を見ている。

「アゲハ……」

「何よ」

 アゲハはむすっとしている。リラが喋りかけただけなのにケンカ口調だ。リラがウィルに向かって肩をすくめてみせた。仕方なくウィルの方からアゲハに話しかける。

「アゲハ、ミュンに謝ったら?」

「なんであたしが謝る必要があるの? それになんでウィルも団長もリラもウィルも、ミュンの味方ばっかりするの?」

 むっつりとしていたアゲハの顔がくしゃっと歪む。堰を切ったようにアゲハがわんわんと泣き始める、それはまるで小さな子供のように。

 ウィルもリラも困り果ててしまった。しかし、アゲハは泣くだけ泣くとその場で眠りに落ちた。部屋に戻ってミュンを慰めているであろう団長をリラが呼びに行くとミュンも寝てしまっていた。



     ☆



 真夜中を少し過ぎた頃。ミュンは目を覚ました。やけに寝心地が良く、ふわふわしていた。

(また、このパターン……)

 目の前にウィルの顔。しかし、一つ違ったことがあった。何と二人で一つのベッドに入っているのだ。ちょうど壁際にあったベッドで、ミュンが壁側になっている。困ったことにこれではミュンがベッドから出る為には、ウィルに起きてもらって退いてもらうか、ウィルをまたぐしかない。後者はミュンのポリシーに反することだ。そんな事ミュンが出来ないと分かっていて、ウィルはミュンが出て行くのを止める為に同じベッドで寝ているのだ。……決して欲求不満とかではない、と信じたい。ミュンをベッドに運んだのは団長かギンだろう。

(どうしよう……)

 ミュンは身動きすら出来ないまま思案していた。

「……行くの?」

 ごくごく小さな声で誰かが呟いた。それは目の前にいるウィルだとすぐに分かった。ウィルはじっとミュンを見ていた。ミュンは、その視線に少し躊躇いながらも頷いた。それを見たウィルは何も言わずに身体を起こした。そしてミュンに手を差し出す。ミュンはワケが分からなかったがウィルの手を取った。……久々に感じる、誰かの体温だ。

 ウィルは、今朝ミュンが顔を洗った宿屋の裏手に行くと井戸の端に腰かけた。ミュンは少し離れた所に立っていた。

 夜風が吹き抜けていった。

「……ミュンが行くなら、俺はこの井戸の中に身を投げる」

 開口一番のウィルの衝撃発言。一瞬遅れて理解したミュンは慌ててウィルに駆け寄った。

「って言ったらどうする?」

 ウィルの一歩手前で足が止まる。

「冗談、だったの?」

 〝声〟の聞こえないウィルには唯一心を開ける。二人きりの時はミュンの口調も砕けた。

「うーん。……半分は本気」

「でも半分、冗談」

「まぁ……うん。そうだね」

「……ウィルもボクを止めるの?」

 ミュンは自然とウィルの隣に腰かけた。ここまで他人に近づいても平気なのはウィルだけだ。

「最初はね、止めようと思った。『ミュンがこの劇団から居なくなっちゃうのは嫌だな』って思ったんだ」

「……今は?」

「ミュンの好きな事をやればいいと思ってる」

「……聞いてた?」

「うん」

 一昨日、リラとミュンが部屋でしていた会話。リラは酔っていて他の人は寝ているからミュンは本音を喋ってしまった。

「多分、酔ってた団長以外は聞いてたと思う。リラさんも覚えてるっぽかった。アゲハがあんな事を言ったのも、ミュンとリラさんの会話を聞いてたから」

「そうなんだ……」

「お金はあるの?」

 ずいっとウィルはミュンの顔を覗き込んできた。ウィルの心配そうな顔にドキドキしながらもミュンは答える。

「多少」

「どうやって稼ぐの?」

 ついっと目を逸らしてしまった。

「……」

「行く所は?」

「……」

「……それでも行くんだ」

「うん」

 これだけは、しっかりと目を合わせて答える。

 さぁっと風が渡っていく。ミュンには心地よい沈黙だった。いつも何かしらの〝声〟を聴いている。聴こえないフリをしていても聴こえてしまう。だから、こうして何も聴こえない無の世界というのはミュンにとっては貴重なものだった。

「それじゃ」

 ミュンは部屋から持って来ていた荷物を肩に担ぐと立ち上がった。

「あのさ、」

「なに?」

「これってさ……逃げにならない?」

 心のどこかで行って欲しくないという思いだろうか。ウィルの口からは、その質問が自然と出ていた。ミュンは改めてウィルに向き直った。

「うん。そうかもしれない」

「じゃぁ……」

「でも、ここを出るいい機会になったから」

 そういうと、ミュンは困ったように笑った。ウィルは初めてミュンの表情の変化を見れた気がした。だから思わず、ミュンの腕を掴んでいた。そのままの勢いで、ウィルはぐいっとミュンの腕を引いた。必然的にミュンは身体のバランスを失い、ウィルの胸の中へ飛び込むような形になってしまった。

「分かった」

 ウィルの微かなつぶやきが、ミュンの耳をくすぐった。

「……えっ?」

 ぎゅーっと痛いほど抱きしめられ、ウィルの熱が伝わってきた頃になって、ようやく理解したミュンは慌ててウィルから自分の体を引きはがそうとする。それでも抵抗空しく、ウィルの力が余計に強まっただけだった。ミュンは諦めてウィルの胸に自分の額を押し付けて、最後になるかもしれないウィルの体温を感じていた。とくとくときこえる心臓の音に聞き入った。

「――――元気で」

 ウィルの胸の中で額をこすりつけるように頷く。

「ウィルも、元気で」

「うん」

 ウィルはミュンの髪に顔をうずめながら頷いた。ウィルの腕の力が抜けるとミュンは抜け出して、ウィルの顔を見ないで歩き去った。

 自分の拳をぎゅっと強く握った。ぐっと力を入れて、あふれ出たモノを押し込めた。


 そして、朝日がゆっくりと昇りはじめた。


はじめまして、こんにちは。無月華旅です。

これで1は完結です。長かったです。読んで頂けたら、もう本当に言葉にならないくらい嬉しいです。

これからやっとミュンの旅が始まる、という感じなのですが、困難が絶えそうにないですね。ミュンは自分自身の居場所、そして正体を知ることが出来るのでしょうか。最後までお付き合い頂けたなら、幸いです。

最後になりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。願はくは、また次回のお話でお会いできますことを。

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