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八子先生、牟田先生との思い出を語る

「まさか、全クリされるとは思わなかったのだ。君たちのおかげでいい取材ができたのだ」

 惜しみない拍手を送る八子先生。だが、聞き捨てならないことを言ったよな。取材、だって。瑞稀の小説執筆の手伝いをしていたからよくわかる。作家は作品の参考にするために取材を行うことがあると。


「もしかして、このすごろくは先生の作品のためだったのですか」

「その通りなのだ。犬太郎たちがすごろくをやる話を考えていて、参考にしたかったのだ。事実は漫画より奇なりとはよく言ったものなのだ。今回の対戦はそのままプロットにできそうなのだ」

 ご満悦でノートに筆を走らせている。どうやら、最初から取材のつもりで勝負をしかけてきたらしい。ありのままの俺たちの動向を観察したくて、漫画の参考にしていることは伏せたかったようだ。なんというか、プロ根性を垣間見た気がした。これで犬耳や首輪をつけていなかったらすごくかっこよかったのに。


 ともあれ、約束は果たせたので、本来の目的である牟田先生について教えてもらえることになった。スゴロクセットと同時に、犬耳と首輪も片づけられている。改めて八子先生を見ると、なかなかに美人だった。白銀のショートボブに華奢な体躯。白いセーターからは程よい大きさの双丘が突き出している。青いジーンズは彼女の長くてすらりとした美脚を強調していた。


「さて、どこから話せばいいのだ。馴れ初めからか」

 時折のぞかせる子供っぽい笑みはまさに犬だ。犬太郎はチワワをしまじろうみたいに二足歩行させただけだが、より人間に近い形に擬人化させたら八子先生のようになるんだろうな。


「牟田先生と同時期に連載していたと聞きましたが、同期作家だったんですか」

「当たらずとも遠からずなのだ。ネコパラから数か月遅れで連載を開始したのがうちの骨太犬太郎なのだ。動物を主役とした日常系コメディの先駆者がいたせいで、連載当初はネコパラの二番煎じとか酷評されたのだ」

 先ほどまで牛乳が入れられていたコップを強く握りしめる。陶器でできていたけど、あやうく粉砕されそうだった。


「牟田先生は先輩としてよくしてもらっていたのだ。うちが創作で悩んでいた時はアドバイスをしてくれたし、思うように描けない時は励ましてくれたのだ。特に、作品について語っているときはイキイキしていたのだ。いつかうちも、胸を張って作品について語れるようになりたい。そう思ったのだ」

 寂寞を残しながらも、回想を語る八子先生は輝いて見えた。感化されたのか、自然に胸が熱くなる。


「彼の作品がアニメ化した時は自分のことのように喜んだのだ。だからこそ悔しかったのだ。あの作品はもっと面白いはずなのに」

「アニメ化されたから面白いんじゃないんですか」

「なんでもアニメ化されればいいというものではないのだ。大人の事情で思うような出来にならなかったことなど、枚挙にいとまがないのだ」

 製作の裏話で聞いたことがある。ネコパラのアニメ化はもう少し先の予定だったが、放送予定のアニメに枠が空いたため、急遽ねじりこまれたらしい。おまけに、原作が売れまくって、覇権アニメ確定ともいわれていた「ご注文は御嶽ですか?」とジャンルが被ってしまうため、最初から捨て石のつもりで作られた、と。


「アニメが爆死してからの牟田先生は目も当てられなかったのだ。しばらくしてうちもアニメ化して今に至ったけど、牟田先生に悪いという思いは拭いきれなかったのだ。だから、彼が筆を折ったときは本当にショックだったのだ。

 どうにか彼にはもう一度描いてほしいけど、アニメが人気になったせいで忙殺されて、うち自身てんやわんやになっていたのだ。だから、彼と再会できる機会を与えてくれて、むしろ感謝しているのだ」

 そう言って破顔する八子先生。人懐っこい笑みは素直に可愛らしいと思った。


 堰を切ったのか、俺たちの介入を許さないほどに、彼女の独白は続く。

「牟田先生にはもっと誇りを持ってほしいのだ。早々に筆を折ってしまった作家も知っているから。もう一人気がかりなのは蛮先生なのだ。バンバローは面白かったけど、早々に打ち切られたのは残念なのだ。彼とも最近連絡を取れていないから、どうしているのか心配なのだ」

 窓の外を眺める八子先生。これは、もしかするとチャンスかもしれないぞ。八子先生へのお礼をどうしようかと思っていたが、ぴったりかもしれない。


「蛮先生になら会えるかもしれないですよ」

「本当なのか」

 万力の如く肩を掴まれ、激しく揺らされる。絶叫マシーンぐらいの勢いがあるぞ。

「俺のバイト先の店長が元漫画家だったんです。当人が会いたいというかどうかわかりませんが、紹介ならできます」

「むしろ、突撃するのだ」

 レッツゴーと入り口を指さす。バイト先に突撃してもいいけど、とりあえず牟田先生に会わせてくれ。


 見返りが確約したことで、八子先生はさっそくどこかに電話をかけていた。呼び出し音がしばらく漏れていたが、応答はないようだ。舌打ちすると、おもむろに入口へと赴いた。

「ぼさっとしている暇はないのだ。これから会いに行くのだ」

「行くって、どこへ」

「牟田先生のところなのだ」

 アポなしで訪問するつもりなのか。すごろくの件といい、やることが無茶苦茶だ。でも、ようやく目的が達成できそうである。


「なんか悪いな、振り回しちゃって」

「いいってことよ。真面目に職場見学するよりは百倍楽しいぜ」

「先生には叱られそうだが」

 俺がへりくだっていると、森野たちは気さくに拳を上げた。本来ならとっくに見学を終了している時間だからな。まあ、自主的に学習していましたと弁明しておけばいいだろう。


 他の仕事があるということで、玉川さんとはここでお別れとなる。「そろそろ原稿をあげてください」と念を押されたが、「合点承知の助なのだ」と軽くブイサインで返していた。本当に大丈夫なのだろうか。当人は「アイデアは固まっているから描くだけなのだ」とお気楽だった。

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