森野、鼻から牛乳を出す
次に毒牙にかかったのは森野。
「おい、こりゃねえだろ。『十回休み』だってよ」
すごろくで十もターンを飛ばされたら勝てる勝負も勝てなくなる。ボルバルザークよりもたちが悪いぞ。
「森野はまだいいぞ。俺なんか『一万二千回休み』だぜ」
アクエリオンですか。もはやゴールさせる気がないだろ。他にも二億四千回休みなんてものもあった。森野はまだ回復できそうだが、小泉は実質的に脱落だ。
瑞稀は度々、逆方向に戻されるマス目に引っかかっていたせいで、思うように進めていなかった。それに、指示内容に渋い顔をしている。
「本当に小学生が考えたようなすごろくですよね。内容がありえないというか、下品というか」
瑞稀が受けていたのは「近所の田中さんが飼っているドラゴンに噛まれた。三マス戻る」だった。ドラゴンを使役できるとか、近所の田中さんは勇者の生まれ変わりなのか。
俺もまた、「う〇こを踏んづけた一回休み」という下品極まりないマスを踏んでしまった。そんなものが落ちているマスにとどまりたくない。
理不尽極まりないマス目に苦戦する俺たちだが、八子先生もまた例外ではなかった。
「むきー! 全然倒せないのだ」
自分のターンが訪れるたびに頭を掻きむしっている。枷となっているのは、「近所の田中さんはデスタムーアを繰り出した。サイコロを振って六が出るまで進めない」という指示である。
ドラクエの魔王まで使役できるとか、近所の田中さんは本当に何者なんだ。そして、小学生が考えそうなすごろくでありがちだよな。無意味にバトル要素を付け加えようとする。
理不尽なマス目に苦戦している中、一人だけ順調に進んでいる人物がいた。小野塚さんだ。大きく進むことがなければ、停滞したり戻ったりすることもない。なんというか、単純作業を繰り返しているだけになっている。なぜなら、一度として特別な指令が発生するマス目に止まっていないのだ。
現に、「一回休み」「百回休み」「永遠に休み」という地獄の三連コンボを前に、
「休むのは嫌」
と、四を出して悠々と回避していた。俺たちと同じサイコロを使っているから不正は働いていないはず。もはや、相当運がいいとしか説明ができない。
このまま小野塚さんがトップを独走するか。そう思われたが、突如森野が首位に躍り出た。ようやく十回休みから解放された直後、ゴール付近まで一気にワープできるマス目を踏んだのだ。小学生すごろくあるあるだよな。無意味にワープをつけようとする。
「悪いな、小野塚。俺が一位になりそうだぜ」
「むう、インチキ」
「でも、そう簡単にはいかないのだ。このすごろくはゴール近くが最も地獄なのだ」
含み笑いを浮かべる八子先生。そんな彼女はというと、
「全然デスタムーアが倒せないのだ。誰だ、こんな無理ゲー作ったの」
あんたでしょ。このままだと最後まで取っておいたE缶まで使いそうだな。
八子先生の忠告は早くも現実となるのだった。手順が回ってきた森野は勢いに乗って六を出す。そして止まったのが、
「鼻から牛乳を出す。できなきゃ死ぬ。死ぬ!?」
なにこの双六。ウィジャ盤みたいに生命与奪の能力があるの。戦慄する俺たちをよそに、八子先生はあっけらかんとしていた。
「実際に死ぬわけじゃないから安心するのだ。そのマスは書いてある指令を達成できなければ強制的にゲームオーバーになるだけなのだ」
さすがに、たちの悪い呪いがかけられているわけではないか。本物の妖怪が知り合いにいるから、冗談だと笑い飛ばせない。
しかし、これはこれで問題だ。とんでもない無茶ぶりをやり遂げないと強制的に脱落するとは。いくら森野でも鼻から牛乳を出すなんて無理があるだろう。嘉門達夫かよ。
「面白いじゃないか。やってやるぜ」
当人は腕を回してやる気満々だ。女性陣(八子先生を除く)がげんなりとしているぞ。
用意周到というべきか、八子先生が牛乳の入ったコップを持ってきた。風呂上りの一杯を頂くがごとく、森野は腰に手を当てる。ただし、コップを運ぶ先は口ではない。鼻だ。あいつ、直接鼻に牛乳を流し込み、そのまま垂れ流すつもりか。小野塚さんが興味津々な一方、瑞稀が顔を手で覆っているぞ。
片方の鼻を手で押さえ、慎重に牛乳を投入する。予め断っておくが、牛乳で遊んではいけない。良い子のみんなは普通に飲みましょう。
意外にも順調に鼻の中に白い液体が吸い込まれていく。まさか、成功してしまうのでは。淡い期待を抱いたが、予想通りの結末を迎えた。
人間は鼻から食物を摂取できるようにはできていない。人体にとって想定外の行動がとられたため、「むせる」という拒否反応が発動した。
確かに、鼻から牛乳は噴出した。しかし、反動の方が大きかった。白い血だまりを形成し、盛大にむせている。まったく、言わんこっちゃない。
「まさか、本当にやるとは思わなかったのだ。大丈夫か」
「冗談抜きでやべえかも」
やべえのはお前の頭だよ。結局、ドクターストップがかかったことで森野はここで脱落となった。どうにか落ち着きを取り戻し、現在は汚した床を拭き掃除している。哀れかと思いきや、「絶景だぜ」とピースサインをかましてきた。直後、女性陣が一斉に股を閉じたが、彼が何を目撃したかは深く語るまい。
ちょっと分かりにくいパロネタ解説
ボルバルザーク:デュエルマスターズに登場するレアカード。ターン終了時にもう一度自分のターンを行うことができる。あまりにも強力なフィニッシャー性能から、現在は使用禁止カードに指定されている。




