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ブレーメン四天王、現る

 玉川さんはまだ仕事中ではあるが、「将来有望な新人を発見したので、持ち込み原稿を審査する」という名目で抜け出してきたという。しかも、偽の原稿を用意する徹底ぶりだ。かなり粗削りで、素人の俺でも新人が描いた漫画だというのが一目瞭然だった。


 ただ、なんとなくではあるが、キャラの風貌がバンバローの登場人物と似ている。特に、主人公はバンバローの騎手である拓乃真とそっくりだった。この漫画、もしかして馬込さん、じゃなくて、蛮先生の書下ろしなのでは。バレないように、わざと下手くそに描いてあるのか。あるいは、本気で描いてこの低クオリティなのかもしれない。


「僕はコーヒーを頼むけど、君たちはどうする」

 俺たちの飲み物代をカンパしてくれるという。さすがは社会人、財力が半端ないぜ。せっかくだから、一番高いのを頼もうかな。一杯でラーメン屋のラーメンぐらいの値段がするプレミアムコーヒーに視線を奪われる。


 俺が指さそうとした矢先、小野塚さんが大きく手を挙げた。

「コーヒー。ブラックで」

「いいんですか、それで」

「一度言ってみたかった」

 本当に一度言ってみたかっただけですよね。どや顔されても困ります。それに、玉川さんの「それでいいですか」は裏がありそうな気がする。


「俺もコーヒー、ブラック」

「じゃあ、俺もブラックコーヒー」

 森野と小泉も相次いで注文する。おいおい、便乗するのかよ。

「わ、私も、コーヒー。その、ブラック」

 瑞稀はおずおずと手をあげる。ブラック人気すぎるだろ。ゼクロムが涙目になっているぞ。


 なんか、ダチョウ倶楽部のギャグみたいになってきた。空気を読んでブラックというと思ったか。そのふざけた思い込みをぶち殺す。

「コーヒー、プレミアムで」

「お前な、空気読めよ」

「蛮先生から聞いていましたが、面白い子だな。ご相伴にあずかるときは、みんなと同じくらいの値段のものを頼むのが礼儀ですが、まあいいでしょう」

 苦笑しながらも、ブラック五杯とプレミアム一杯を注文する。


 しばらくして、全員分のコーヒーが行き渡った。プレミアムって、普通のブラックとどこが違うんだ。他の有象無象と比較しても特異点は発見できないぞ。俺たちがコーヒーとにらめっこしていると、玉川さんは一口嚥下する。

「みなさん、ブラックで平気なんですね。ミルクとか必要ならカウンターにありますよ」

「俺は普段飲みなれていますから」

「こいつ、衛星放送で深夜にやっている心霊番組特番を見るために、中学の頃からブラックコーヒーをがぶ飲みしていたんです」

 茶化しながら、小泉もどうということなくブラックを飲み進めている。こいつらはブラックコーヒーを飲めても違和感はないな。


 俺もまたブラックコーヒーは平気な性質だ。深夜アニメをリアルタイムで視聴するなら欠かせない。瑞稀も初めは顔をしかめていたが、後はすんなりと飲んでいた。市販のコーヒーと比べるとカフェインが強烈だからな。飲み過ぎると冗談抜きで夜に眠れなくなりそうだ。


 一番実害があったのは小野塚さんだろう。一口だけで舌を出していた。玉川さんから「無理しなくていいですよ」とシュガーを勧められても意地になっていた。

 彼女の正体を知っていると、飲むときに執拗にフーフーしているのが微笑ましかった。そんなに熱くないはず。そもそも、猫がコーヒーを飲んで平気なのか。野良猫にコーヒーを与えると動物虐待に抵触する恐れがあるので絶対にやめましょう。


 小野塚さんたちが飲んでいるコーヒーと比べてどこがプレミアムか分からないまま与太話は進み、いよいよ本題に入る。

「蛮先生。いや、馬込さんと話したほうが分かりやすいかな。彼から突然連絡があったときは驚きました。まんがアタックで連載を終了してから、ずっと音信不通でしたからね」

「馬込さんって有名な漫画家だったんですか」

「一時期話題になっていましたよ。あくまで、身内だけではありますが。ネコミミ☆パラダイスの牟田馬論、走れバンバローの蛮蛮太郎、骨太犬太郎の中堅八子ちゅうけんはちこ、そして、逆襲のチキンレーサーの白湯ぱいたんと動物をモチーフにした漫画を描いている作家が四人集結していました。彼らは人呼んでブレーメン四天王と言います」

「バトル漫画の中盤に出てきそうな相手ですね」

 ギニュー特戦隊とかと同じ臭いがする。あれだろ。主人公の強化必殺技のかませにされるやつ。


「骨太犬太郎は小さい時にアニメを見てました。主人公のワンちゃんが可愛いですよね」

「小学生の頃、クラスの女子は大抵犬太郎を見てたよな」

 瑞稀と小泉が懐かしそうに回想する。骨太犬太郎は、暇さえあれば骨を齧っている食いしん坊な犬が主役のほのぼの日常マンガだ。青年向け漫画雑誌の割には珍しく、子供向け番組としてアニメ化し、それなりのヒットを記録している。今でもまんがアタックで連載が続いていたはずだ。


「チキンレーサーもここの会社の作品なのか。ドラマはすげー面白かったよな」

 森野が切り出すと、他の面子も次々に同意する。普段は変哲のないサラリーマンの丹羽取夫にわとりおは、夜になると鶏の覆面を被ったロードレーサーへと変貌する。そして、法では裁けない悪人に天誅を下すというハードボイルドアクションだ。


 ドラマ化して話題になり、取夫の決めセリフ「お前の目を覚まさせてやる、クックドゥードゥルドゥー」は流行語大賞にもノミネートされたぐらいだ。ニコニコ動画でもMAD動画の素材として使われていた。

 もちろん、ドラマというか、原作のクオリティも高く、特に取夫が、やむを得ず悪事に手を染めた師匠とチキンレースで対決する回は神回だと評されている。


「チキンレーサーはうちの看板作品にまで成長してくれました。骨太郎も俄然、人気を得ています。これらと比べると明暗の差がはっきりしたというべきでしょうか」

 玉川さんは声音と肩を落とした。人気作の話題が出た後だと語りにくいよな。


「ネコパラおよびバンバローは確固たる人気を得られず、連載終了を余儀なくされました。将来有望な作家さんなら次回作を依頼することもあるのですが、残念ながらお二方にはご縁がなかったようです」

 お祈りメールのような文言でお茶を濁しているが、致し方ない部分もあるだろう。漫画家志願者は腐るほどいる。人気を得られなかった漫画家よりも、これから将来を担うかもしれない漫画家を育てたいと思うのは、会社として当然の方針だった。


「僕としても、日々の業務に忙殺されて、連絡を取るどころではありませんでした。ですから、彼からいきなり電話があったときはびっくりしましたよ。彼が連載終了に追い込まれたのは僕にも責任がありますから、是非とも協力したいと願い出たわけです」

 汗を拭きながらも熱いコーヒーを口にする。玉川さんにも責任がある、ね。

「もしかして、玉川さんは馬込さんの担当編集だったんですか」

「鋭いですね。その通りです」

 いきなり指さされ、気恥ずかしくなる。考察するのは難しくないと思うな。漫画家が出版社に連絡を入れるとなると、まず頼るのは担当編集だろうし。

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