馬込さん、秘密がバレる
質問コーナーも終わり、自由見学へと移る。瑞稀はオフィスの様子に興味津々のようで浮足立っていた。俺としては早山奈織についてもっと知りたかったが、ばっさりと「返答不可」と断じられてしまったからな。でも、他の社員ならば望みがあるかもしれない。
子供さながらにはしゃぐ森野を小泉が鎮める。社員さんからも「仕事中なので静かにするように」と注意されていた。苦笑していると、袖を引っ張られる。犯人は小野塚さんだ。
「どうしたんだ。トイレか」
「お花を摘みに行くのにはまだ早い」
オブラートに包まなくていい。やけに真剣な表情をしているが、思うことがあったのだろうか。俺も自然と身構える。
だが、唐突に差し出された紙切れに、つい吹き出してしまうのであった。先ほどまで説明していた社員さんが廬舎那仏のポーズを取り、後光まで差している。やけにリアルなのが笑いを誘った。
「面白いのだが、なぜに大仏」
「シャインだから」
ダジャレかよ。空前絶後なイェェェェイと言っている奴と絡めるかなって予想していたが、そっちでしたか。
発売前の雑誌の編集を行っているとのことで、遠巻きに観察するに留められる。こちらの存在など眼中にないように、みな一心不乱にキーボードを叩いている。俺もこんな社畜生活を送るのだろうか。絶えることないキーボードの音が焦燥を掻き立てるのだった。
このまま何事もなく職場見学が終わる。そう思われたのだが、退出する直前になって男性社員から呼び止められた。
冷房が効いているはずなのに、額から汗がにじんでおり、手ぬぐいでしきりにふき取っている。失礼に思われるかもしれないが、小太りな体格のせいだろう。その分、威圧感があり、対面した瑞稀が圧倒されてのけぞっていた。
「君。もしかして、刑部浬君だね」
「どうして俺の名前を知っているんですか」
やだ、私の個人情報筒抜け!? あらかじめ見学に来る生徒の名簿は渡っているはずだが、あくまで記載されているのは名前だけのはず。顔と一致させるのはまず不可能である。
もちろん、俺が小太りの社員さんと知り合いという線もない。今日が初対面だ。もはや考えられるのは、さっき的外れな質問をしてしまって目をつけられたという場合しかない。くそ、やらかしたか。
先制で謝ってしまおうかと頭を下げる。上目遣いで確認すると、社員さんは柔和な表情を浮かべていた。叱責しに来たのではないのか。
「突然で驚かせてすまなかったね。僕は玉川三郎というんだ」
自己紹介とともに名刺を差し出す。名刺交換の礼儀なんて覚えていなかったから、とりあえず丁寧に両手で受け取った。
トレーディングカードでレアカードを当てた時のように丹念に観察する。シンプルに「株式会社常翔社マンガ事業部編集 玉川三郎」と書いてあるだけだったが。
「おい、浬。その玉川さんと知り合いなのか」
興味深げに森野が質問する。俺は大きく首を横に振った。他の三人も集まってきて、単なる名刺が冗談抜きでブルーアイズホワイトドラゴンみたいな存在に昇格している。
訳が分からず言い合いをしていると、玉川さんが咳払いをした。オフィスの中で騒いではいけなかったな。
「どう説明したらいいのかな。蛮先生から紹介されたというべきか」
「蛮先生? 誰ですか」
「あれ? 知らないの。『走れバンバロー』の作者の蛮蛮太郎先生だよ」
初耳ですが。走れバンバローはどっかで聞いたことがある作品ではある。
顎をさすっていると、瑞稀がスマホを見せてきた。さっそくググったらしい。さすがは瑞稀、仕事が速いぜ。
走れバンバローは常翔社より出版している「月刊まんがアタック」で六年前まで連載されていたシュールな競馬漫画だ。主人公のバンバローはロバなのだが、自分のことを馬であると信じて疑わない。昼飯の流儀を語っている野原ひろしみたいな奴と思ってもらえればいい。
ある日、バンバローの走力の高さを見込んだ天才騎手、野崎拓乃真と出会い、馬だと偽って日本ダービー制覇を目指すことになる。レース描写もさることながら、バンバローが実はロバだとバレないか、毎回ハラハラさせられる。
しかし、無理があるストーリーに加え、画力があまり高くなかったことが災いして人気が低迷。コミックス二巻という短命で打ち切りとなる。月刊誌で二巻というと一年ぐらいは連載していたから、わりと奮闘したほうであろう。ただ、世間一般からすると、マイナー過ぎてマニアしか知らない作品に甘んじていた。
残念ながら俺はまだ読んだことがない。だから、蛮先生と知り合いなんておかしな話なのだ。人違いではないのかな。
合点がいかずに瑞稀のスマホを何度もスクロールしていると、玉川さんが柏手を打った。
「もしかして、こっちの名前の方が馴染みがありましたか。あの先生、自分の作品のことについては話したがらなかったから。えっと、馬込草一郎という方はご存知ですか」
「知っているもなにも、俺のバイト先の店長ですが」
はて。どうしてここで馬込さんの名前が出てくるのだろう。彼は中古アニメショップの店長のはず。
すると、瑞稀、小泉の順でハトが豆鉄砲を食ったような反応をする。クイズ番組で先に正答されたみたいで癪なので、必死に考えを巡らせる。少なくとも森野より先には正当にたどり着きたい。可能性としては何だ。熱心なファン。それはないか。「自分の作品のことについては話したがらない」という発言がひっかかる。むしろ、重大なヒントのような。
急にとある可能性に思い至り、俺と小野塚さんは同時に声をあげる。
「お前ら、どうかしたのかよ。変なところでもあったか」
難渋している森野は脇に置いておこう。恐る恐る、俺はとある可能性を指摘する。
「もしかして、馬込さんが蛮蛮太郎の正体なのですか」
首肯したのが答えだろう。確かに、茜さんから馬込さんは昔、創作活動をしていたと聞いている。でも、せいぜいコミケで自作の本を出すくらいだろうと高を括っていた。よもや、プロの漫画家として活動していたなんて。
そういえば、バンバロー作中に出てくる真麻子というヒロインは既視感があった。どこで見たのか不思議に思ったが、面接のときに馬込さんからもらった名刺を取り出して合点がいった。彼の名刺に描かれている美少女キャラクターがこの漫画のヒロインだったのだ。
偶然としたら末恐ろしいな。よもや、元漫画家と知り合いだったなんて。興奮が未だ冷め止まないが、玉川さんは更なる爆弾を投下する。
「君は牟田馬論先生について知りたいと言いましたね。もしかしたら、情報を提供できるかもしれません」
「本当ですか」
すがるように俺は玉川さんに詰め寄る。俺が女だったら胸キュンの場面だったが、あいにくむさくるしいだけだ。
とりあえず、立ち話をするのはよろしくないだろうということで、俺たちは近くの喫茶店に赴くこととなった。




