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瑞稀、イメチェンする

 一抹の不安を残したものの、職場見学はスタートする。美琴が先に出発し、数十分遅れて、俺と瑞稀の出立だ。

 美琴が玄関を出る間際、瑞稀の方を注視していた。まさか、猫難の相以外にもトンチキな相が出ているんじゃないだろうな。

「浬にばかり気を取られていたから言い忘れていたけど、瑞稀、今日は三つ編みおさげじゃないのね。それは、ツインテールかしら」

「そ、そうです」

 気恥ずかしそうに垂らしている髪を撫でる。長い髪を二つに結った、シンプルで王道なツインテールだ。軽く一回転すると、体の動きに合わせて髪が大きく揺れる。


「可愛いじゃん。似合ってるし」

「ありがとう、ございます」

 はにかみながら礼を述べる瑞稀。その後、しきりに俺へと視線を送っていた。美琴が指摘するまで気が付かなかったな。美琴のにらみつける攻撃を受けていたせいもあるが。

「まあ、その、可愛いんじゃないか」

 自分で言っていて照れ臭くなり、頭の後ろを掻く。すると、瑞稀は破顔し、美琴へと手を振っていた。


 待ち合わせの宇迦駅へと到着すると、既にほかの面子はそろっていた。小野塚さんから「遅い」と叱られたぐらいだ。約束の時間通りなんですけどね。

「おはよう、浬。あれ、石動さんは今日髪形違わない?」

「おはようございます。えっと、イメチェンというやつです」

「これもこれでいいと思うな」

「うん。ツインテズッキーは新鮮」

 開口一番、瑞稀の髪形で盛り上がっていた。その間、俺は瑞稀の隣にいたのだが、度々袖を引っ張られた。さっきから妙に俺へと絡んでくるのだが、用でもあるのだろうか。


 疑念を残しながらも、俺たちは電車でオフィス街へと移動する。高層ビルが連立する都会のジャングルを突き進み、巨大な十字路の角にあるのが目的の常翔社だ。駅から徒歩十二分といったところか。立地条件としてはまあまあだろう。


 常翔社以外にも色々と企業のオフィスが入っており、目的地はビルの三階にあるようだ。受付のお姉さんに案内され、控室に通される。ガラス窓からはオフィスの様子が観察できるようになっていた。主人公が漫画家や小説家の作品で出版社内部の様子が描かれることがあったが、そいつが眼前に広がっているとは。なんだか感慨深い。


 ややあって、担当者が入室して事業の説明などを始める。常翔社はエンタメ系の書籍に力を入れており、設立当初の主力は青年向けの漫画雑誌であった。ネコパラも月刊誌連載だったよな。「月刊まんがアタック」だっけ。今もコンビニとかで売っている。

 最近はネット小説の書籍化にも乗り出していて、「勇者パーティから追放されたのでグレて愚連隊を結成する」だの、「悪役令嬢は性悪貴族の夢を見ない」などそれっぽいラインナップが揃っていた。瑞稀がいちいち反応していたので、もしかしたら読んだことがあるのかもしれないな。


 オフィス内部は担当者の声が響き渡るほど静まり返っている。ただ、雑誌の締め切り前とかだと喧騒にまみれるそうだ。コの字型に並べられたオフィス机に、一人一台割り当てられたパソコンと、内装は一般企業とほぼ同じだ。でも、各々の机には大量の漫画雑誌や小説が積まれている。そして、最奥の本棚にはこれまで出版されてきたものであろう雑誌が整然と陳列されていた。


 一通り説明も終わり、質疑応答へと移る。「仕事をしていて大変なことは何ですか」とか、「出版社を目指すうえで必要なことは」など定番の質問が飛び交う。瑞稀は真面目にメモを取っており、小野塚さんも必死にペンを走らせていた。ただ、小野塚さんの方は嫌な予感しかしない。あの担当者さんは彼女の毒牙にかかっているだろうな。森野と小泉は……無難にメモを取っているだけなのでどうでもいいか。ここでふざけない辺りは一応自覚を持っているということだろう。


 せっかく、こちらから質問できる機会を設けられたんだ。利用しない手はないぜ。「手はないぜ」と言った矢先ではあるが、俺はまっすぐに右手を挙げた。他の生徒も負けじと挙手しているので、俺は浮き腰かつ前のめりでアピールする。


 オーバーリアクションが功を奏したのか、担当者は俺を指名する。起立して、単刀直入に切り出す。

「以前、牟田馬論先生がこちらの会社で連載していたと思いますが、現在の居場所は分かりませんか」

 担当者の眉根が動いた。なにやら難しい顔をしていたが、すぐに表情を崩し、両手を広げた。

「個人情報保護もありますし、作家さんの情報は教えることはできません。君は牟田先生の作品のファンだったのかな」

「は、はい。そんなところです」

 軽くあしらわれ、俺はたじたじになる。やはり、すんなりと教えてくれるわけはないか。


 椅子に座りなおすと、森野がこっそりと耳打ちしてきた。

「あんなことを聞くなんて、お前、その牟田先生とやらのファンだったのか」

「そういうわけじゃないんだが、ちょっと確かめたいことがあってな」

「そうか。牟田先生ね。聞いたことないな」

 ペンでメモ帳を叩きながら、小泉にも尋ねている。ネコパラ自体それほど知名度がある作品ではないからな。尾田栄一郎先生の居住区を聞くならともかく、マイナーな漫画家のことについて知ろうとしているなら、不思議に思うのは当然だろう。

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