よーこさん、ぱんつくったのじゃ
初日から処理能力を軽くオーバーする出来事があったためか、夜はすんなりと眠ることができた。逆に眠れないかと思ったが疲れていると知らぬ間にグッスリしてしまうものだな。まあ、眠れたのなら幸いだ。あわただしい日程だが、明日は宇迦学園高校の初登校日。入学式とオリエンテーションしか行われないとはいえ、寝不足で挑むわけにはいかない。よーこさんとの約束を回避するためには第一印象が肝心になってくるからな。
窓から差し込む穏やかな陽光。早山奈織ボイスの目覚ましに迎えられ、俺はすがすがしい朝を迎える。「おっきろ~、朝だぞ~」となおりんボイスで覚醒できるなんて最高だろ。重たいまぶたをゆっくりと開き、飛び込んできたのは。
大量のパンツだった。
なにこれ。ホラーなの、嫌がらせなの。しかも、ただのパンツではない。明らかに女性ものだ。俺が起き上ったら嫌でも目撃するように計算して干されている。
寝る前に出入り口の鍵は閉めたはず。もちろん窓も同様。つまり、この部屋は密室。そして、容疑者は同居人の三人だが、二階で寝ている美琴と瑞稀がわざわざこんなしょうもないいたずらをするとは考えにくい。美琴なら動機はありそうだけど、仕掛けているいたずらが馬鹿すぎてどうにも彼女の仕業とは思えない。
なんて、真面目に推理するまでもなく、犯人はひょっこりと現れた。
「目が覚めたかえ、浬」
「どうしてここにいるんですかよーこさん」
密室のはずだよな。ごく当たり前の顔をしてよーこさんが俺の隣で正座をしていた。
「ここはうちの家じゃ。部屋の鍵などどうとでもできる。壁をすり抜けてやってきてもよかったのじゃが、無駄に妖力を使ってしまうからの」
白血球の遊走みたいなことができるのなら見てみたい気もする。そもそも、管理人権限で合い鍵を持っているという証拠もあることだし、犯人は一択だったな。
「俺の部屋に無断侵入したことはいったん置いておくとして、この大量のパンツは何ですか」
「デパート火災から脱出する際に裾の乱れを気にして落下死したことから履くように啓蒙されたものじゃっけな」
日本人女性が下着を身に着けるようになった経緯なんか聞いてねえよ。そんな事情があったとか「へ~」だわ。諸説あるだろうけどな。
「真面目に答えると、男は女の下着を見ると欲情すると聞いたものでな。浬も下着を見れば発情してうちに惚れるかと思ったのじゃ」
「こんな悪質ないたずらをされて誰が欲情するか!」
「ただのいたずらではないぞ。人間は部屋干しというものをするであろう。うちも試してみたのじゃ」
「ならばよーこさんの部屋とか風呂場でやればいいでしょ」
しかも、外は快晴なのだから部屋干しする必要性が微塵もない。
とにかく、このパンツどもをどうしようかと頭を抱えていたところ、俺はとんでもない発見をしてしまった。どうにも、二枚ほど既視感があるのだ。不吉な可能性に思い至り、恐る恐るよーこさんに訊ねる。
「なあ。この下着、全部よーこさんのものなのか」
「違うぞ」
あっさり認めやがった。
「うちのものだけでは足りぬから、美琴と瑞稀のものも拝借してきた」
「すぐに返してこい!」
ただでさえ心象が悪いのにこれ以上悪化させてどうすんだよ。
そして、パンツ事件があった直後によーこさんの気まぐれで朝食にパンが出された時には呆れて物も言えなかった。「ぱんつくったのじゃ」というセリフはどう区切ればいいのでしょうね。
初登校の日から散々な目に遭ったが、通学中はこれといったハプニングはなく俺は宇迦学園高校の敷地をまたいでいる。変わったことがあったといえば、セーラー服姿がやけに似合っていた美琴に「視姦したら殺す」と脅されたことか。そんな彼女は俺とは別の一年三組に配属されたから物理的に不可能だけどな。
俺が所属するのは一年二組。偶然にも瑞稀と同じクラスとなった。そして、入学式、オリエンテーションを終えた休み時間。
俺は珍獣みたいな扱いをされていた。
どういうことだ。陽湖荘に住んでいて、ここへは早山奈織に会うためにやってきたと真実を語っただけなのに。この学校は地元の中学からストレートで入ってくる連中も多く、会話をしているのはそんなグループだ。漏れ聞こえている話からは、「まさか本当に陽湖荘に住むやつがいるとは」とか「あの自己紹介はネタだよな」と明らかに俺を指しているものが含まれている。おい、俺、やらかしたのか。なんか、俺が座っている席だけが空中浮遊している心持だ。
登校初日だし、すんなり仲良しこよしとはいかないよな。小学生じゃあるまいし。俺はふて寝を決め込もうとする。
すると、意外な動きがあった。名字の都合上俺の席は教室の最後方だが、同じく後方から歩み寄ってくる影があったのだ。長身で制服の上からでも鍛えているのが分かるほどがっちりとした体格をしている。スラムダンクとかジョジョの世界に出てきても違和感が無さそうだ。ただし、さわやかな顔つきのおかげか不思議と威圧感はない。
彼の背後では取り巻きと思われる連中が俺を指さしてクスクス笑っている。おそらくこんな流れだろな。
「おい、お前、試しにあいつに話しかけて来いよ」
「ええ、やだよー」
「いいじゃん、面白そうだし」
みたいな。なんていうか、小学生が学校に侵入してきた犬に突撃しようとしている状況に似ている。返答如何では後々面倒になるパターンだわ、これ。