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美琴、顔面で占いをする

 陰鬱な期末テストが終了して数日後。いよいよ職場見学の当日を迎える。テストの結果は聞かないでくれ。美琴だけが有頂天になっていたことから察しはつくだろ。赤点を回避できたのだけは僥倖だった。追試なんか受けていたらアニメを見る時間が無くなる。


 いざ、出発。と、いきたいところだったが、朝食の時に妙な出来事があった。よーこさんがなぜか洋食を作ったのなら、それはそれで妙だ。食事自体は毎日食べているのと変わらない和食御膳である。

 ニュースでも特に変わったことは報道されていない。飲酒運転で死亡事故が起きたとか、有体の内容ばかりだ。


 職場見学に行く以外はいつもと変わらない日常のはず。なのに、朝一番に対面してから、やけに美琴から見つめられているのだ。顔に米粒がついているのか。でも、「いただきます」の合図をする前から凝視されているんだぞ。米粒をつけたまま寝るなんて間抜けは犯していないはず。


 顔を隠すように味噌汁を飲むものの、いかんせん瞳が視界に入ってしまう。目元だけからでも、凛とした印象を漂わせているんだからすごいよな。と、いうか、美琴ほどの美人に真正面から見つめられたら、おちおち食事もできない。


 茶碗を置いたタイミングで意を決し、俺は美琴を見つめ返した。

「なあ、美琴」

「な、なんだ、浬」

 声が上ずっている。自覚はあるのか。

「俺の顔に変なものでもついているのか」

「別に」

「いや。だって、ずっと見てただろ」

「ほう、朝から発情しとるのかな、美琴は」

 よーこさんに茶化され、美琴は味噌汁をこぼしそうになる。あやうく制服が汚れるところだったぞ。


「ば、ばか、そんなんじゃないわよ」

「まったく。うちの前でいちゃつくとは、隅におけんの」

「違うってーの!」

 むきになって机を叩く。顔面はゆでだこ状態だった。口を真一文に結んでいるけど、どことなく可愛い。


「じゃあ、なんで見てたんですか」

 どうして瑞稀が追及するんでしょうね。すごく冷淡な口調でしたし。わざとらしく咳払いすると、美琴は俺に向き直った。

「浬の顔面に水難の相が出ていたからずっと見ていただけよ」

「水難の相? いや、それよりも顔面だけでそんなもんが分かるのか」

 怪しげな占いにでも熱中しているのなら心配だ。でも、美琴だったら不思議ではないか。陰陽師は占いの術も得意としていたはず。


 ただ、それにしたって、普通は手相を確認するだろ。顔面で判断できるものなのか。

「かなり強力な相だから、顔面にも表れていたのよ。こいつは冗談抜きで注意した方がいいわね」

「所詮は占いなんだろ。本気にすることないんじゃ」

「いや、甘いわ」

 軽い調子で言うと、美琴は入念に釘を刺した。よほどまずいのだろうか。思いつめた表情で、組んだ手を机の上に置く。


「あれは私がまだ小学生の時だったかしら。ちょうど今みたいに食事をしているときに、父上の顔に不思議な文様が見えたの。ちょうど、浬の顔に表れているみたいな」

 なんかいきなり怪談が始まったぞ。やるなら森野を呼んで夜中にやってくれ。攻勢をかけたはずの瑞稀が雰囲気にのまれてすくみ上っている。


「私も最初は冗談かと思ったわ。父上が寝ぼけて覆面レスラーのようなメイクをしているだけかと軽く流していた」

「朝っぱらからレスラーでもないのに、派手なメイクをしている父親とかトラウマものだからな」

 そいつが許容できるって、どんな父親なんだよ。それに、美琴目線からすると、俺も悪役レスラーみたいな顔をしているってことか。


「その日の夜になって、父上はずぶぬれになって帰宅してきた。聞けば、通り雨に降られたうえ、飲み過ぎてフラフラになったところ、側溝のどぶ水に片足を突っ込んだらしい」

 前半は仕方ないけど、後半は自業自得ですよね。でも、どちらも水に関わる災いだ。本当に不運が起きるというなら、水は避けた方がいいかもしれない。

 ただ、水族館とかに行くのならともかく、出版社は水気と無縁だろう。紙の本を扱うから水気厳禁である。


「占いというよりも未来予知みたいですね。もしかして、美琴さんはそんな能力を持っていたりします」

「た、たまたまよ。多分、第七感が強いんじゃない」

 探りを入れた瑞稀を、あたふたと回避していた。お前は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を超えた先を更に超越しているのか。バトル漫画みたいに、第八感、第九感の持ち主とインフレしていきそうだぞ。


「美琴が言うことはあながち間違いではないみたいじゃぞ。浬には不穏な気が漂っておる。水に関連するかは分からんが、よくないことが起きるやもしれぬ」

 よーこさんまで便乗するなよ。お前は本物の妖怪だからシャレにならないぞ。


「皆さんの間で占いが流行しているみたいですね。私には相は出ていませんか」

「瑞稀はどうかしら」

 今度は瑞稀の顔を凝視する。少女が二人で見つめあっているって、ユリ目ユリ科の多年草な雰囲気になりそうだ。オブラートに包まれていないよな。


 まさか、瑞稀までもが運勢最悪なわけはない。高を括っていたのだが、次第に美琴の表情が曇った。数学で、使う数式は分かっているけど、どうやって当てはめたらいいのか分からない時と似ている。気を紛らわせるためにたくあんを齧っていると、美琴はおずおずと語りだした。

「これは、どう表現したらいいのかしら。分かりやすいといえば分かりやすいけど、筆舌尽くしがたしね」

「慣用句を使ってなくていいから、教えてくれよ」

「どうして浬が催促するのよ。うーん、強いて言うなら、『びょうなんの相』かしら」

 なんじゃそりゃ。「びょう」で災難が起きるってどう対策すればいいんだ。


 分かりやすいのは「病」だろう。でも、病気に気をつけろといっても、即席でできるようなものではない。手洗いとうがいをするとか、薬を飲むとか。ブラックジャック先生を連れて行くにしても、あいつは内科医じゃなくて外科医だ。


 言葉足らずだと思ったのか、美琴は手慣れた手つきでスマホを操作する。そして、文字入力画面で素っ頓狂な感じを提示してきた。

「えっと、なんだこれ。『猫難の相』だって」

 余計に意味が分からない。猫に関わる災難なんてどうすりゃいいんだ。日記帳に「晴れ時々猫」と書いたせいで猫が降ってくるから傘を持って歩きましょうってか。


「猫、に気を付ければいいんですか。そう言われましても、近くに猫なんかいませんし」

 瑞稀も困った顔をしている。一瞬、よーこさんに視線を送ったが、小声で、「うちは狐じゃ」と叱咤された。狐はイヌ科の動物だから、よーこさんは関係ないか。


 普通に考えれば、猫に引っかかれるから近寄らないようにしましょうだろう。野良猫にちょっかいを出さなければ危害を加えられることはないから、予防するのは楽勝だ。むしろ、俺の方が問題なのでは。水に関わるアクシデントなんて、考えただけでキリがないぞ。


 ちなみに、どうして素っ頓狂な相が見えたのか尋ねてみたところ、

「瑞稀の頬に猫の髭みたいなのが生えていたからよ」

 とのことだった。やばい、見てみたかった。

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