浬、とんでもない忘れ物をする
謎の幼児から運勢上昇アイテムをゲットして準備万端。と、思ったのだが、あまりの安堵から俺はとんでもない失態を犯してしまった。どうということはない。寝坊したのだ。よーこさん目覚ましが無ければ一時間目を夢の中で過ごしていたところだった。もちろん、体は自室に置いてけぼりで。
慌ただしく身支度を済ませる。ドタバタしていたにも関わらず、教科書の類を忘れていかなかったのは奇跡だった。しかし、奇跡は時に代償がつきもの。俺がとんでもない忘れ物をしたと気付くのはもう少し後である。
放課後に、常翔社に見学を希望している生徒たちは一つの教室に集められた。「ここで殺し合いをしてもらいます」と託宣されそうな雰囲気だが、もちろんそんな殺伐とした展開にはならない。代表者がくじを引いていき、どの班が見学に行くか決めるのだ。
確率論からすると公平のはずだが、後に引くことになった者から文句が出ないようにするため、一度全員で数字が書かれたカードを引き、先生が当選番号を読み上げる形式が採用された。当選か否かが書かれた紙を引く方式でもよかったんだけどな。俺が三番目に抽選を受ける権利を持っているからこその余裕ではある。
「絶対に当選すると張り切っていたが、願掛けでもしてきたのか」
森野がにやにやと詰ってくる。俺は胸を張って返答した。
「願掛けよりも強力なアイテムがあるんだ。こいつさえあれば当選間違いなしだ」
今こそ見せてやろう。俺の切り札を。カードゲームアニメの主人公よろしく、俺はポケットの中からラッキーホルダーを取り出す。取り出す、はずであった。
しかし、ポケットの中をまさぐった瞬間、俺は青ざめた。いくら手探りしても入っているのは財布や携帯電話やガクドルズのトレカぐらい。中身を全部取り出してみても、キーホルダーらしきものは出てこなかった。
ならば、カバンに入れたのか。だが、どこにも見当たらない。瑞稀に確認をとってみても、「手渡された覚えがないから、持っているわけがない」とのことだ。
まさか、盗まれたのか。花園華のキーホルダーならともかく、不細工な猫のキーホルダーを強奪しようなんて感性を疑う。どこかに落としたとも考えにくいし。
苦悩して、俺はある可能性に思い至った。今朝は寝坊して最低限の準備をするのにてんやわんやだったはず。ならば、寮にそのまま忘れてきたのではないか。
思い出すほど、その可能性にしか行き当らない。なんという失態を犯してしまったんだ。せっかく運勢上昇のアイテムをもらったとしても、装備しなくては意味がないではないか。キーホルダーなんだから、ズボンのベルトに括りつけておけばよかった。
後悔したところで、時間が巻き戻せるわけでもない。無情にも俺たちの班が抽選する時が迫ってきている。こうなれば仕方ない。俺自身の運で引き当てるんだ。大丈夫。ガクドルズのソシャゲで何枚SRを引き当ててきたと思っているんだ。最近はRばかり引いているから、そろそろ大当たりが来てもいいはず。多分、パチンコだったらこの理論に嵌って大負けするんだろうな。
不安そうに班の面子が見守る中、俺は抽選ボックスに手を入れる。トレーディングカードで最高レアを当てる都市伝説が通用すればいいが、相手はただの紙きれだ。モンスターボールを投げた時にABボタンを連打するなんて裏技が通用するわけはなく、単純に引き当てるしかない。ボタン連打も実際のところは迷信でしかないからな。
くじを引き上げた後も、しばらく中身を確認することができなかった。先生から促され、ようやく開封する。書かれていた番号は「7」だった。
「おお、ラッキーセブン」
小野塚さんが感嘆の声を漏らす。幸先がいい数字ではあるが、問題はこれからだ。先生が読み上げる数字の中に「7」が無ければ意味は無い。
全員がくじを引き終わったところで、いよいよ結果発表だ。形式美というのか、一様に手を合わせている。俺もまた例に漏れず、骨が砕け散らんほどに強く握り合わせる。頼む、7だ、7が来てくれ。
「じゃあ、発表するぞ。数字を呼ばれた班が当選だ。外れても恨みっこなしだからな。まずは、2番」
意外な数字が来た。こういうのって1番が当確しているイメージがあるから、定石を外してきたのか。しかも、俺たちの心を弄ぶかのように、次はとんでもない数字が発表される。
「次は10番」
いきなりぶっ飛ばしてきただと。20組中5組が当選だから、普通に考えれば7番は望みが絶たれたことになる。残りは10番台か。ああ、終わった。俺の手からくじが零れ落ちそうになる。
「次に5番」
いや、遡っただと。おいおい、完全にランダムかよ。それならばまだ希望はある。とはいえ、残された枠は2つ。当選確率はどのくらいだ。数学のテストで出そうな問題だけど、全然計算できない。メタ発言になるが、分かる人は誰か計算してくれ。
孫悟空ではないが、先生の手のひらで弄ばれている気分だ。くじが汗でべたべたになっている。
「えっと、18番」
教室の後方から歓声が上がる。これまで若い番号しか呼ばれていなかったから、後半の番号は諦めかけていただろう。その理論からすると、最後に呼ばれるのは10番台の可能性が高い。これまでなのか。俺は目を閉じて腕を垂れ下げる。
すると、服の裾がしっかりと握られた。誰ぞと思い、首を回す。横に居たのは小野塚さんだった。しっかりと先生の方を見据えている。彼女もまた最後の枠に希望を託しているのだろうか。だが、一点だけ妙なところがあった。右手を招き猫のように曲げていたのだ。何をやっているのだ、この娘は。
少しばかり緊張がほぐれたところで、先生が口を開く。いざ、尋常に勝負。