童、ラッキーアイテムを授ける
よーこさんが出迎え、数十秒後に幼子を連れて戻ってきた。よーこさんの隠し子。そんなわけはないか。全く似ていないし。むしろ、美琴に似ている。髪形がおかっぱというだけだが。雪のような白肌にまんじゅうみたいなもちっとしたほっぺ。現代日本では目立って仕方ない赤色の着物を着こなし、ちっこい手でよーこさんの指を握っていた。
「可愛い。よーこさん、誰ですか、この子は」
瑞稀が真っ先に食いついた。ささっと、よーこさんの陰に隠れたのがポイント高い。一方、美琴は警戒するように様子を窺っている。どう見てもただの幼子なんだけどな。
「紹介するぞ。うちの知り合いで、座敷の童じゃ」
「オッス、おら童。人間風情に呼ばせるのは不本意だが、よーこさんに免じて特別に呼ばせてやるぞ」
外見は幼女なのに、東北訛りのカカロットみてえな声だった。こいつ、存在Xによって異世界に転生させられたエリートサラリーマンじゃないよな。
とりあえず、理解が追い付かないから、一つずつ解決していこう。
「童ちゃん、かな」
「愚鈍な人間風情が。おらはおめらの百倍は生きとる。そこの妖狐もおらからしたら赤子だべ」
ロリババアかよ。ババア、でいいよな。ジジイの可能性も無きにしもあらず。
「男とか女とか、そんなの関係あるべか」
なんか、セーラーウラヌスみたいなこと言い出したぞ。しかも、確実に俺の思考を読んでいますよね。プリキュアになった男もいることだし、性別を超越した存在ということにしておこう。
呼び捨てで「童」でええと許可をもらったので、お言葉に甘える。
「童はさっきまで盛岡に居たんだよな。どうやってここまで来たんだ」
「飛んできた」
やっていることが正真正銘カカロットじゃねえか。
「盛岡からここまで新幹線のはやぶさを使っても三時間以上かかるはずですよ。飛行機にしたって、乗り換えの時間とかありますし」
「娘よ。世の中には知らんでええことがあるべさ」
瑞稀が(外見だけは)十歳年下の幼子に論破されていた。そして、さっきから押し黙って童を観察している美琴が地味に怖い。
「電話の内容からすると、会話していたのは童ではないみたいだが、一体誰にかけていたんだ」
「童と旧知の仲である灰坊主じゃ」
「聞いたことがあります。灰をいじると出てくる妖怪ですよね」
「娘、おめは勤勉じゃの。わげえのにてぇしたもんだ」
「実家にいた時に聞いたことがあります。私、東北出身なので。あの、妖怪と知り合いって冗談ですよね」
「世の中には知らんでええことがあるべさ」
強引に妖怪だとバレそうなのを封殺しやがったぞ。なんかもう、さすがに無理があると思う。
「アクボウはのんべえじゃからのう。酒を土産に持っていくと喜ぶのじゃ。ちと待っとれ。最近買った月桂冠があったはずじゃ」
よーこさんが台所へとんぼ返りする。その間、俺たちは得体のしれない幼稚園児と一緒になったわけだが、どうすべきか。
「時にそこの女子よ。おめは普通の人間とは違う臭いがする。只者ではないな」
「お互い様でしょ。安心して。あなたの本性は知っている。どうこうするつもりはないわ」
「賢明な判断だべ。襲われたとしても後れをとるつもりはねえが」
いつの間にか火花を飛ばしあっている。童の正体があの妖怪なら、危害を加えると不幸になるんだよな。正直、下手に刺激しないかひやひやしていたところだ。
「あなた、新幹線を見に行くと言っていたけど、何か企んでいたわけ?」
「他意はないべ。最近、新幹線が変形するロボが人気だからの。おらも便乗していただけだ」
精神年齢は外見通りだった件。いたずらごころを起こして俺は質問してみる。
「ちなみに、好きなライダーは」
「エグゼイドじゃ。アクボウから変身ベルトを買うてもろうたぞ」
「いい線行っているわね。私はドライブよ」
やっぱり子供じゃないか。そして美琴、お前も便乗するな。お前の場合は変身する前の演者が好きなだけだろ、多分。
「え、ええと、私は電王です」
瑞稀まで無理しないでいいから。そいつって、俺たちが幼稚園児くらいの時にやってたライダーだろ。
戻ってきたよーこさんからお酒を受け取ってご満悦の童。幼児にお酒を持たせると色々危険な気がする。
「時によーこよ。おらに頼みがあるんじゃったの」
「そうじゃ。ぬしの力で浬の運勢を上げてもらえんか」
「断る。と、言いたいところだが、人間に幸福をもたらすのはおらの仕事みたいなものだ。特別にええもんをやろう」
そういうと、童は腹のあたりをまさぐった。仕草が未来の世界の猫型ロボットっぽいぞ。
「ラッキーホルダー」
未来デパートの道具じゃねえか。不細工な猫のキーホルダーを意気揚々と取り出してどや顔してんじゃない。
「わらべも~ん、なんだよそれ」
おちょくってのび太君の真似をしておいた。
「おらはそんなデジモンみてえな名前でねえ」
予想外の返答を受けた。わらべモンって、アグモンとどっこいどっこいな強さのキャラっぽいな。
「こいつは付けているだけで、運勢を上げることができるんだ。ただし、効力は二十四時間しか持たないから注意するべさ」
抽選は明日だから、どうにか効果は持続するな。しかし、不細工な猫のキーホルダーをつけているだけで本当に運勢が上がるのだろうか。
「疑うなら返すべさ」
だから、心を読むなっての。こうなりゃ、オカルトアイテムでも構わないから使ってやる。
「夜更かしするとザントマンが来るからな。オラはそろそろ帰る。よーこ、たまにはオラんとこにも顔を出しに来い」
「そうじゃの。久しぶりにアクボウと酒を飲みたいから、近々遊びに行くのじゃ」
どうしてドイツの伝承を知っているんだというツッコみを入れるより前に、童は玄関へと駆けて行った。嵐を呼ぶ幼稚園児よりも嵐を呼んでいた。
もちろんのことと言っては悪いが、美琴と瑞稀もあっけにとられていた。特に、瑞稀は目を白黒させている。
「えっと、大丈夫なんですよね。考えてみれば、夜遅くに子供が一人でやってきたわけですし」
指摘されればそうだな。外見だけなら補導されてもおかしくない。
「平気じゃろ。アクボウが迎えに来ているはずじゃ」
「そのアクボウさんもさっきまで盛岡にいたんですよね!?」
「童の言葉を借りるようで癪だけど、知らない方がいいこともあるのよ」
美琴がウィンクを投げかけるが、わりと無理があると思うぞ。
「あのお子さん、どことなく座敷童に似ていたと思うのですが。小さい頃に聞かされた話に出てくる子供とそっくりです」
似ていたというより、ご本人だと思います。なんかもう、年貢の納め時のような。よーこさんが口に指をあてているのを前に、俺はため息をつくのであった。
ともあれ、妖怪の後押しを得たんだ。ここまでお膳立てされて落選しては目も当てられない。絶対に当選してやる。俺はラッキーホルダーを握りしめ、意気揚々と自室に戻っていくのだった。