浬たち、将来について話し合う
「なあ、瑞稀。絶対に常翔社に行けるようにするにはどうすればいいと思う」
「私に聞かれても困ります。私だって行きたいですけど、当たるように祈るしかないんじゃないですか」
寮の食堂の机にへたりながら、俺は愚痴をこぼす。瑞稀は困り顔で読書を続けていた。あーあ、こういうときに猫型のロボットがいれば。
「どうせ、ドラえもんにお願いしようとか考えていたんでしょ」
風呂上りのため、頭を拭きながら美琴が詰ってくる。こいつ、俺の心を読んでいるのか。でも、美琴だったらどうにかできるかもしれないぞ。
瑞稀がいる手前なので、俺は小声で打ち明ける。
「職場見学の抽選で必ず当選できるような陰陽師の術ってないのか」
「そんな都合のいい術があるわけないだろ」
単刀直入に切り捨てられた。ですよね。
「それにしても、浬は出版社に見学に行きたいのか。もしかして、将来はそっち方面を考えているとか」
「いや、早山奈織のためだぞ。彼女が出演していたアニメの原作者が常翔社で連載していたみたいだから、情報が得られると思ってな」
「学校行事を私的事情に利用するんじゃないわよ」
あきれ顔でツッコまれた。利用できるものは何でも利用してやるまでさ。なんて、物語の中盤で倒される敵幹部みたいだな。
「でも、真面目な話。あんた、将来はどうしたいと思っているわけ。なんか、ニート街道まっしぐらっぽいけど」
「お前な。オタクがみんなニートで引きこもりとか、とんだ偏見だぞ」
社会人にだって立派なオタクはいるんだ。「立派な」の位置がおかしかったか。それにしても、将来か。早山奈織の婿になって逆玉の輿ぐらいしか考えていなかった。そうなると専業主夫か。家事スキルとかを磨く必要がありそうだ。よーこさんに弟子入りする。それは癪だし、彼女が調子に乗るに違いない。
「瑞稀が出版社を選んだのは妥当よね。なんだかんだいって、本に関連する職業に就きたいんでしょ」
「そうですね。明確には決まっていないのですが、何らかの形で関われたらなと思います」
読んでいた本で口半分を隠しながら打ち明ける。彼女の場合は真面目に将来のための勉強になりそうだ。そのためにも、抽選には当確しないとな。
「そういう美琴はどうなんだよ。確か、ラッキー製菓の工場に行くんだろ。どうせ、見学の後でお菓子が食べられるからって理由で決めたんじゃないんだろうな」
「んぐぐ」
図星かよ。サザエさんがスナック菓子を口でキャッチした後の音を出しているんじゃない。陰陽師関連の仕事をするかと思っていたけど、それは表には出来ないみたいだからな。将来のことが明確に決まっていないという点では俺も人のことは言えないか。
三人で話し合っている所へ、エプロン姿のよーこさんが加わってきた。興味深そうにこちらを窺いながら、布巾で両手を拭っている。
「ぬしらはもうすぐ職場見学とやらに行くのじゃろ。人間が生きていく上では仕事は大切じゃからの。しっかり学ぶといいぞ」
「妖怪は仕事が無いから気楽でいいですね」
「何を言っておるか。きちんと仕事をせんと生きていけんぞ」
あれ、そうなのか。鬼太郎の主題歌で歌っていなかったっけ。いや、管理人として給料をもらっている妖怪を前に惚けるのは愚直か。よーこさんの育ての親だって神社の神主として働いているわけだし。
ただ、よーこさんが話に入ってきたのはめっけもんだ。俺は満を持して例の件を打ち明ける。
「よーこさん、お願いがあるんだ。俺、職場見学でどうしても行きたい企業があって、そこに行くためには抽選に当たらないといけない。だから、絶対に当たるような方法ってないか」
「くじ引きに当たる方法とな。要するに、運勢を上げればいいのじゃろ。必ずとはいかんが、上げるだけだったら方法が無いわけではないぞ」
「本当か」
勢いあまってよーこさんの肩を激しく揺らしてしまった。彼女が面食らっていたので、慌てて手を離す。「強引じゃの」とからかわれたので、「うるせいわい」と返しておいた。でも、方法があるというなら僥倖だ。
よーこさんは寮に備え付けられている固定電話に向かうと、手慣れた調子でダイヤルをプッシュする。彼女は携帯を持っていないし、俺たちはその逆だから、もはやよーこさん専用の電話と化していた。
一分近く呼び出し音が鳴っていたが、ようやくつながったのか、よーこさんはコードに指を絡ませる。
「もしもし、うちじゃ。座敷の童はおるかの。なに? リアルでE5系はやぶさを見たいから盛岡駅におる。うーむ、困ったのう。ちと、頼みたいことがあったのじゃが」
十秒足らずの間にいくつかおかしい発言が飛び出したぞ。一体、誰に電話しているんだ。
「なに? 縮地法ですぐに来てくれるじゃと。手を煩わせて悪いのう。同情するなら酒をくれか。分かった、土産にうちの秘蔵酒を持たせてやる。じゃあの、達者でな」
ツッコみどころしかない会話を終え、よーこさんは受話器を置く。あっけにとられている俺たちをよそに、寮のインターフォンが鳴らされた。