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浬、職場見学の行き先を決める

 それは、総合学習の授業中のことである。総合学習とは名ばかりで自習が行われることもあるのだが、今回は真面目に総合的な学習をするようだ。担任の平田先生が「職場見学」と黒板に板書する。


 平田先生が担当する物理の授業の後に日本史があったから気づいたのだが、この先生、どことなく平賀源内に似ているのだ。江戸時代の学者がそのままスーツを着ているようで妙な違和感がある。この前、「好きな食べ物はウナギだ」と言っていたけど、狙っていたわけじゃないよな。平賀源内は初めてウナギを食べた日本人らしいよ。


 閑話休題。平田先生はひとしきり板書をし終えると、くるりと俺たちの方へ向き直った。

「入学してから数か月経ち、クラス内でも交流ができていると思う。そこで、チームによる学習の機会を設けたいと思う」

 いわゆる班学習というやつか。職場見学というテーマも相まって、クラス内はざわめきだす。

「おい、小学生じゃないんだからいちいち騒ぐな。詳細はプリントを配るが、男女混合で五人ぐらいのグループを作り、これと決めた職場へ見学に行ってもらう。後でレポートを作って班ごとで発表するからそのつもりでな」

 またも「えー」という声が上がるが、先生が睨みを利かせると、途端に静かになる。この先生は怒らせると怖いというのはクラスでの暗黙知だからな。


 さて、グループを作らなきゃいけないわけだが、男性陣には当てがある。むしろ、あいつら以外と組むのはハードルが高すぎる。多分、あいつらからやってくるだろうし、問題はないだろう。

 むしろ、女性陣と組まなくてはならないというのが厄介だ。普通ならば。これも暗黙知というやつか、俺が誰と組むかは既に自明になっているきらいがある。まあ、彼女以外に組む女生徒なんて思いつかないし、そうするしかないよな。


 平田先生から「まずは各自班を作るように」との号令が下され、俺たちは一斉に動き出す。俺も腰をあげたところで、

「浬、組もうぜ」

 まったくもって予想できた奴に絡まれた。物理的に。

「いいけど、ヘッドロックするのはやめろ」

 アメリカ人が挨拶のキスをする感覚でヘッドロックするのはどうかと思うぞ。やられすぎて俺がろくろ首へと進化しそうだ。


 森野と同じ班ということで、当然の如く小泉も参入する。これで平田先生が提示した人数の半分が埋まったわけだが、ここからが正念場だ。男女混合と断りを入れられたので、もう男子を加えることはできない。初代の戦隊ヒーローみたいな編成にする手もあるが、それだと居苦しいだろうし。俺がピンクの立場だったら、てんぱって戦うどころじゃないぞ。


 女性陣も着実とグループを形成しつつある。むしろ、普段からグループで行動していることが多いので男子よりもスムーズだ。あの中のどれかと合流することになるのだが。

 俺の視線は自然と一点に集中した。相手もどことなく誘いをかけているようだ。選択肢といってもほぼ一択だったな。俺は控えめに手を振る。


「瑞稀、一緒に組まないか」

「はい、よろしくお願いします」

 森野たちを連れ立って、瑞稀のもとへと向かう。これで四人。いや、既に最後のメンバーも加入していた。

「おお、カイカイか。よろしく頼む」

「小野塚さんも一緒か。まあ、分かっちゃいたけど、このメンバーになるよな」

 森野が苦笑しながら頭の後ろで手を組む。なんだかんだ、この五人で行動することが多い。メンバー決めで悩む必要は無かったな。


 一通り、班が決まったところで説明のプリントが配られる。あらかじめ学校側でいくつかの企業とアポイントを取ってあり、その中から選ぶことになっている。どうしても見学したい企業があれば自分でアポイントを取ってもいいそうだ。でも、大抵の場合は学校から提示された企業へと赴くこととなる。

 卒業後のパイプが太いのか、多種多様な企業が名を連ねていた。さて、どれにするかな。一通り眺めていったところ、ある企業名に釘付けになった。


 出版社の一つとして候補に挙がっていたのだが、よもやこんなところでお目にかかるとは思ってもみなかった。うまくいけば、堂々と早山奈織について知ることができるかもしれない。

「各班で話し合ってどの企業に見学に行くか決めるように。人気の企業は抽選になるから、第三希望まで書いておけよ」

 平田先生の注釈を受け、教室のあちらこちらでガヤガヤと色めき立つ。普段、仲が良くても興味のある企業はバラバラだ。話し合いは難航するだろうな。


「俺たちはどうしようか。気になる企業はあるか」

 森野が音頭をとって問いかける。こういうのは先手を取ったほうが有利だ。俺は勢いよく挙手する。

「常翔社とかどうだ」

「出版社か。俺もいいと思ってたところだ」

 意外だな。森野は出版に興味があるのか。

「こいつ、オカルト雑誌が大好物だからな。コンビニで五百円ぐらいで買える不可思議現象を扱った本をやたら持っているぞ」

 小泉が淡々と解説を入れる。確かに売っているな。アニメの怖い噂とか、芸能人の裏話とかを題材にしたコンビニコミック。


 さっそく森野の賛同を得られたわけだが、女性陣はどうだろうか。瑞稀に視線を送ると、口半分をプリントで隠した。

「私も、いいと思います」

 だろうな。納得しかない。

「出版社。悪くない」

 小野塚さんは白紙のプリントに筆を走らせながら答える。熱心にメモを取っているのだろうか。彼女のことだから嫌な予感しかしない。


 あっという間に賛成多数となったわけだが、小泉はしかめ面で頭を掻く。

「俺は別にどこでもいいんだが、お前らが出版社に行きたいならそうするか。でも、第二、第三希望はどうするよ。出版社って人気が高いんじゃないのか」

「あとは適当に決めればいいんじゃね。人気があるといってもどうにかなるだろ」

「浬。お前の根拠のない自信はどこから来るんだ」

 森野が呆れていた。ここは是が非でも常翔社に決めておきたい。


 その他の希望は、小泉がなぜか「日陽食品」の工場を推していたのでそこに決定。確か、カップ麺とかを作っていたところじゃなかったっけ。むしろ、第三希望を決めるのに難航した。意見が割れれば、どれを第一にするかでもめるのだが、第一希望が揃っている場合でも苦難する羽目になるとは。

 結局、小野塚さんが「サイコロで決めればいい」とシャーペンを転がし、止まったところに書いてある企業に決定した。なんという適当さ。まあ、森野情報によれば、カップ麺工場はそこまで人気が高くないから、抽選に漏れてもそこになるだろうとのこと。


 先生に希望票を提出した時にもしかめ面をされた。

「うーん、常翔社か。この企業は毎年人気があるからな。行けるかどうかは抽選になると思うが構わないか」

「もちろんです。絶対に行けるように頑張ります」

「いや、運任せだから刑部がどうこうできる問題じゃないんだがな」

 平田先生は苦笑していた。


 席に戻ると、なぜかみんな爆笑していた。俺は変わったことはしていないぞ。先生にプリントを渡しただけで、どうして瑞稀が撃沈しているんだ。

 首を傾げていると、すぐに犯人が判明した。小泉が笑い過ぎて涙目になりながら一枚のプリントを回してきたのだ。こいつがどうしたというのか。描かれていたのは、


 両手を組んで口元を隠し、小難しい顔をしている平田先生だった。


 あかん、似すぎて笑う。年末の絶対に笑ってはいけないバラエティで引き出しの中に入っているようなやつじゃん。こんなトンチキな代物を創り出せるのは一人しかいない。おまけにこのポーズ、どこかで見たことがある。

「小野塚さん、こいつは一体」

「平田ゲンドウだ」

「人類補完計画でも推し進めるつもりか」

 平田先生が平賀源内に似ている→源内→ゲンドウという連想だろう。むしろ、こんなネタをよく思いついたな。意外と小野塚さんもアニメ好きなのか。


 それから数日して、学年全体の希望先が集計された。案の定、常翔社は希望者多数で抽選になるらしい。ガクドルズの限定グッズを当てるよりは倍率が低いけど、この機を逃したら出版社に赴く機会はグッと減ってしまう。

 でも、確実に抽選に当たる方法なんてあるわけないし。そんなものがあったら、懸賞だけで生活できてしまう。かつて、実際に懸賞だけで生活していたお笑い芸人がいたみたいだけど、それは置いておこう。

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