小野塚、正体がバレる
「小野塚、さん?」
問いかけると、謎の少女は瞠目していた。
眠そうなジト目にアンテナのようなアホ毛。小柄な彼女は子猫を匿うように猫背になっていた。学校で毎日のように顔を合わせているから間違いようがない。
でも、学校にいるときとは決定的に違う特徴があった。カチューシャだと信じたいが、頭の上に第二の耳があるのだ。それも三角形のネコミミである。そして、臀部には白くて細長い尻尾がうねっている。
コスプレにしてはクオリティが高すぎる。どういうカラクリか、耳と尻尾が自動的に動いているし。なんなの、東京でミュウミュウしちゃうの。
「えっと、小野塚さんだよな」
「いいえ、違います」
他人の振りをされた。近寄ると、「シャー」と威嚇して更に丸くなる。仕草が完全にネコだ。
「小野塚さんだよね」
「違う」
「小野塚さん」
「違う」
「輝夜ちゃん」
「輝夜言うな!」
急に大声を出したものだから子猫がびっくりしてるぞ。でも、今ので小野塚さんだと確信した。
そうすると、現在の恰好が余計に不可解だ。彼女が住んでいる天源荘はここから十分ぐらいの距離にある。近所の範疇に入るので、ここにいること自体は不思議ではない。問題は、いかなる目的があって猫のコスプレをして夜中に出歩いているかである。
「まさか、思春期症候群にかかって他人に認識されなくなったから、奇抜な恰好で認識されるかどうか試しているんじゃないよな」
「何を言っているのだ」
元ネタが通じなかったようで、細い目を更に細めている。瑞稀なら反応してくれそうだけど、それ以前にコスプレをやってくれなさそうだ。
「まったく見当がつかないのだが、どうして小野塚さんは猫のコスプレをしているんだ」
下手な考え休むに足らずなので、率直に尋ねることにした。相変わらず尻尾が自由自在に動いている。コスプレ、だよな。
すると、小野塚さんは立ち上がって、俺へと距離を詰めてきた。胸元にはしっかりと子猫が抱きかかえられている。彼女の鼻が俺の鼻とぶつかりそうだ。女の子に指摘するのは失礼だろうが、ペットショップの臭いがする。俺が思わず後ずさると、小野塚さんは更に追い詰めてきた。
「前にすごく獣臭い時があった時にもしやと思ったけど、間違いではなかった」
小野塚さんと初めて会話した時だろう。獣臭かったのは主によーこさんのせいだ。っていうか、堂々と体臭を嗅がれている現状はどうにかできないものか。目を白黒させていると、小野塚さんの口から突拍子もない言葉が飛び出した。
「君、妖怪と知り合いでしょ」
ネコミミをひょこひょこ動かしているが、どう答えたらいいのか分からない。一応、知り合いに妖怪はいる。よーこさんは言わずもがなとして、葛葉も含めていいのやら。でも、むやみに妖怪の存在を明らかにしない方がいいんだよな。
黙秘していると、小野塚さんは頬を膨らませる。
「おかしい。私と同類の臭いがした」
意地でも妖怪がいると言わせたいのか。そういうのは森野の領分だから彼に任せておいてもらいたい。
いや、ちょっと待てよ。小野塚さんはさっきこう言ったではないか。「私と同類」だと。瞬間、まさかという可能性がよぎる。コスプレにしては精巧すぎるネコミミと尻尾。そして、脈絡もなく妖怪について尋ねたこと。これらを加味して導き出される可能性は一つ。
俺はおっかなびっくり小野塚さんを指さして訊ねた。
「君は、妖怪なのか」
「うん」
あっさりと肯定しやがった。
俺が立ち尽くしていると、小野塚さんは首を傾げる。
「驚かないの?」
「妖怪だったら知り合いがいるから、今更なんだよな」
頭を掻いていると、小野塚さんにグイと迫られた。鼻先が触れそうになっていてくすぐったい。いちいち臭いを確かめようとしているのは野生生物の性なのか。
今更とは言ってしまったが、正直衝撃的ではある。たった数か月とはいえ、妖怪が俺たちと同じように授業を受けていたなんて。為されるがままにされていると、小野塚さんは深く首肯する。
「やっぱり、同じ臭いがする。ならば、私が惹かれても不思議じゃなかった」
「一人で納得しているところ悪いのだが、君は妖怪なんだよな。どうして学校に通っているんだ」
「妖怪が学校に通っちゃ悪い?」
お化けにゃ学校や試験も何にもないと思っていたから、開き直られると返答に窮する。森野曰く、お化けと妖怪は似ているようで違うそうだが、それは置いておこう。
俺の知り合いに妖怪のくせに学生寮の管理人をやって、学校の売店でバイトしている金髪美女がいるから、学校に通うぐらいはさしたる問題じゃない。とりあえず、問題にしなくてはならないのは、
「俺はバイト帰りにたまたま通りかかっただけだが、小野塚さんはなんでこんなところにいるんだ」
むしろ、こっちの方が不可解だ。小野塚さんもバイトをしていたのだろうか。
「野生の勘がうずいて、たまに意味もなく外に出たくなる」
「単に深夜徘徊したいだけならやめておこうな」
夜の街ってかっこいいと思っていいのは中学生までだ。よもや、小野塚さんがそんな分別無しだとは思いたくない。注意されると、子猫を片手で抱えて、自由になった右手を曲げた。
「仕方ないじゃない、猫又だもの」
「相田みつをっぽく言ってんじゃねえよ」
「ダメ?」とほほを膨らませて抗議してもダメなものはダメだからな。
そして、これまた衝撃的な事実が明かされたわけだが。
「小野塚さんが、猫又だって」
猫の耳と尻尾をつけているから妥当ではある。むしろ、「犬夜叉だ」とか名乗られたら反応に困った。
「私は元々猫だった。名前はまだ無い。はずだったけど、人間によって『輝夜』とつけられた」
「もしかして、小野塚さんは正式には小野塚輝夜ちゃんと言うのか」
「だから名前を呼ぶな」
いきなり猫パンチをかましてきた。反動で抱えていた猫が逃げ出した。追いかけることなく、小野塚さんは笑顔で手を振る。
「それで、元猫の小野塚さんがどうして妖怪になったんだ」
「あまり話したくない。気づいたらこうなっていた」
そっけない態度でそっぽを向く。よーこさんも口ぶりからして、野生の狐だったけど、ある時突然妖怪になったみたいだし。野生動物を妖怪に変える組織でもいるのだろうか。そうだとしたら異能バトルの範疇に入るので勘弁してもらいたい。長年使われた物には八百万の神が宿って化生の者になるみたいな伝承があるから、多分そっちの類だろう。
小野塚さんが名前で呼ばれるのを嫌う理由も猫だった頃の出来事に由来していそうだ。追及しようとすると、「爪でひっかく」と脅された。実際に人間離れした爪を出現させてきたので、下手したら病院送りにされるかもしれない。当人が嫌がっているので、またの機会に訊ねるしかないな。
「元々猫だから、夜中に出歩きたくなるのは習性みたいなもの。人間が寝る前に歯を磨くのと同じ」
「俺がガクドルズのグッズを見つけると買わなくてはいけなくなるようなものか。じゃあ仕方ないな」
「それは違うと思う」
買うだろ、普通。同意を求めても頑として首を振らなかった。
猫の習性として出歩いたというのなら、そのあとの経緯を推測するのは簡単だ。偶然、木から降りられなくなった子猫を発見して救助に向かう。その姿を俺に目撃されてしまった。偶然に偶然が重なった結果、小野塚さんの秘密を知ることとなったというわけだ。
問題は、これからどうするかである。俺としては、既に妖怪の知り合いがいるので、もう一匹増えたところで支障はない。小野塚さんは匹と数えていいものだろうか。
秘匿する心づもりでいたのだが、小野塚さんはグイと接近してきた。
「私が妖怪だとバレると不都合。だから、クラスのみんなには内緒にしてほしい」
「どこぞの魔法少女みたいなこと言わなくても、他のやつらに言いふらすつもりはないぞ。口の堅さには自信があるから安心してくれ」
「カイカイなら任せられると思った。むしろ、バレたのが君でよかった」
破顔した彼女に不覚ながら胸が高まった。普段、表情に乏しいから、あからさまに喜びを表現されると戸惑ってしまう。
棒立ちしている俺をよそに、小野塚さんは猫並みの俊敏さで夜の街へと消えていった。あれだけ素早いとパトカーを使わないと追跡できないだろうな。余程のへまをしない限り、補導されることはないだろう。
おっと、あまり遅くなると俺の方が補導されてしまう。美琴からラインが届いていて、「よーこさんが退屈して瑞稀にちょっかい出しているから、とっとと帰ってこい」とお叱りを受けた。瑞稀をスケープゴートにするのは忍びないから素直に帰るとするか。




