浬、夜中に不審な物音を聞く
太陽が一番元気な季節とどこかで歌っていたけど、さすがに八時近くとなると真っ暗になる。熱弁したせいか腹の虫が大合奏バンドブラザーズだ。よーこさんからも「夜食を用意しているから早く帰るのじゃ」と催促されているし、とっとと帰宅しよう。
さて、毎度のことながら秘密というのは思いもよらない形で露呈するものだ。最近、似たような事件が相次いでいるから「またかよ」と思うかもしれないが、我慢してほしい。俺だって、ネコパラの件から立て続けでとある人物の秘密を知ることになるなんて予想外だった。
それは、陽湖荘へと続く一本道の途中にある空き地でのことだった。よいこは寝る時間だから当然ながら誰もいない。居たとしたらお化けか不良だ。なので、素通りしようとしたのだが、俺の耳は不審な物音を捉えた。
繰り返すが、空き地には誰もいないはずなのである。なのに、どこからともなく声が聞こえてくるのだ。か細く、胸に訴えかけてくるような悲鳴。おいおい、マジかよと思ったね。丑三つ時にはまだ早いはず。よーこさんめ、百鬼夜行をやるならあらかじめ教えておいてほしい。
早々に立ち去るのが吉だが、一度気にかかったら正体を暴いておきたいと思うのが人間の性だ。俺は生唾を飲み込むと空き地へと足を踏み入れた。
一軒家が建てられそうな敷地に人気は無い。「にんき」じゃなくて「ひとけ」だな。くだらない冗談はともかく、不良共が集会しているわけではなさそうだ。そうなると、可能性は絞られてくる。
手入れ不行き届きで雑草が伸び放題になっているので、俺はその間をかき分ける。現実世界でポケモンGOをやっている気分だ。宇迦市は案外ポケストップがあると茜さんが言っていたが、それは置いておこう。
もちろん、ポケモンが潜んでいるはずもなく、出てきたのは変な虫ぐらいだ。やはり俺の思い過ごしだったのでは。諦めて立ち去ろうとする。
入り口まで戻ったところで俺はふと思い出した。天ばかり見上げている人々を前に池乃めだかは言ったではないか。「見下げてごらん」って。元から俺は地面を注視していたが。
ならば、その逆の行動をすればいいのでは。なんか、すごく有名な歌みたいになっちまうけど。首を持ち上げるや、俺は発見してしまった。
おそらく柿の木だろうが、隣家に立派な大木が植えられている。その枝が空き地へと侵略してきているのだが、そこに猫が鎮座していたのだ。
か細い声といい、犯人、というか犯猫はこいつで間違いない。遠目ではあるがだいぶ小さく、親離れした直後ぐらいだろうか。
よもや頭の上にいるとは思わなかった。同居人は時々膝の上にいるというし、失念していたなんて不覚だったぜ。いや、逆だっけか。
もとい、調子に乗って木に登ったら降りられなくなったというところだろう。猫だから落ちても無事だと思うが、子猫相手に「飛び降りろ」と強要するのは酷だ。
だからといって、助けに行くのも無謀である。夜間で視野に制限がある中、まともに木登りができるはずもない。そもそも、昇るのであれば隣の家にお邪魔して幹を伝わらなくてはならない。それか、平坦な塀をよじ登るか。後者はSASUKEに出場するような身体能力が無ければ無理だ。
猫を助けるためだけに救援を呼ぶというのもはた迷惑な話だし、黙って救援を待つとしても深夜徘徊している不良しか期待できそうにない。うーん、どうすればいいんだ。
「おーい、ネコ。危ないから降りておいで」
とりあえず呼び掛けてみた。しかし、反応は無い。むしろ、人語を理解して反応してきたら怖い。
根元を蹴るというクワガタムシを捕獲するような方法も使えそうにないな。枝だけ伸びているという環境が救出を困難にしていた。
こうなったら最悪の手段を取るしかないのか。どうすることもできない、現実とは非情である。あー、でも、いたいけな子猫を見捨てるなんてできるかよ。
そうだ、よーこさんならば。壁をすり抜けるというチート能力を持っているから、猫を救助するぐらい朝飯前だろう。俺はさっそく陽湖荘へと電話をしようとする。
スマホを取り出し、アドレス帳を起動したときだった。俺の横を猛スピードで謎の影が通り過ぎていった。まさかの妖怪かまいたち。不埒な予想がよぎり、携帯を操作する手が止まる。
謎の影は上昇し、あっという間に塀の上に直立する。いや、おかしいだろ。平坦な壁を数秒で駆け上がったぞ。壁走りできるのはマグナムセイバーだけで十分だ。
そして、木の枝が大きく揺れたかと思うと、近くの草むらで衝撃音が響いた。さしずめ、木から飛び降りて着地したのだろう。どこぞの未来少年みたいな無茶をする野郎だ。
遠方からか細く聞こえていた鳴き声がひときわ大きく耳に響く。どうにか子猫は救出できたらしい。安堵すると同時に不安に襲われる。
いきなりやってきて猫を助けた人物。否、未確認生命体かもしれない。とにかく、謎の影は何者なのだろうか。俺は恐る恐るコンタクトを図る。
「無事でよかった。いたずら半分に登っちゃダメ」
女の子の声だ。ならば、人間か。少しホッとするものの、逆に末恐ろしい。壁走りできるなんて人間をやめているぞ。
いや、ちょっと待てよ。この少女の声、どこかで聞いたことがある。俺は生唾を飲み、ゆっくりと歩んでゆく。
「曲者!」
しまった、感づかれた。俺は両腕で顔を覆う。そして、合間から相手の正体を探り、「あっ」と声をあげる。俺のそばにいたのはあまりにも見知った人物だからだ。