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浬たち、自己紹介をする

「まずは美琴からでどうじゃ。あいうえお順とやらだとぬしが一番になるじゃろ」

「鋭いところをついてくるわね。まあ、いいわよ。私は阿部美琴。出身は宇迦市だけど、訳あってこの寮で暮らすことにしているの」

「あまり訊ねるべきではないかもしれませんが、家庭の事情ですか」

「そ、そんなところね」

 歯切れが悪いが複雑な家庭背景でもあるのだろうか。単純によーこさん絡みだと思うけど。


 せっかくの自己紹介の場だ。剣呑にされてばかりでは悔しいのでちょっといじわるしてやろう。

「巫女服のコスプレは好きなのか」

「抹殺するぞ」

 一刀両断された。冗談抜きで真剣を持っていそうで怖い。

「コスプレ? 真面目そうな方ですけど、そういうのにも興味あるんですか」

「瑞稀ちゃん、追求しなくていいのよ」

 優しく諭されて瑞稀も口をつぐんだ。対応に差がありすぎます。

「あなたたちは宇迦市についてあまりよく知らないだろうから、色々教えられると思う。とにかく、これからよろしくね」

 最後にはにかんで挨拶終了となった。笑うと普通にかわいいんだな。やたらきれいな日本人形みたいな。


「えっと、五十音順ですと次は私ですよね。管理人さんは稲荷でしたし」

「じゃな。では、瑞稀、頼むぞ」

 今更だが、名字が「お」で始まる俺が最後というのは珍しいな。偶然とはいえ、名字があ行に固まっているというのはすごい。


「えっと、はじめまして、石動瑞稀、です。秋田の出身で、この寮には金銭的な事情で入寮しました」

「瑞稀からはお土産に米をもらったからのう。金に苦心しておるなら無理せんでもいいのに」

「いえ、ほんの気持ちです」

「ご飯がやけにおいしいと思ったけど、米どころの逸品だったの。いいわよね、秋田。いろいろとおいしいものがあって。金萬とか」

「あれ、おいしいですよね。秋田以外でも有名だったんですね」

 若干口調がなまったのがポイント高い。まさに秋田美人といったところか。っていうか、後で知ったんだが、金萬は秋田銘菓として名を馳せているそうだ。秋田と縁もゆかりもないはずの美琴がどうしてそんなものを知っているのかは謎である。


「食事の前に本を読んでたけど、読書好きなのか」

「そうですね。ファンタジー小説が好きですけど、わりと何でも読みます。今はハリーポッターシリーズを読破しようとしていますけど、ちょっと前は孤独の大河とかファミレス賛歌とか読んでました」

 本屋大賞を受賞した本と芥川賞に選出された作品だっけな。話題の本まで網羅しているとはさすがは文学少女だ。


「私、あまり本は読まないけど、今度おすすめがあったら教えてね」

「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」

 気軽に片手を差し出した美琴に対し、瑞稀は両手で握り返していた。同性同士ということもあり仲良くなるのが早いな。遠巻きになっているとこっそりよーこさんが手首をつかんできた。いや、握手するつもりはないからな。


「こんどはうちの番じゃな。管理人である稲荷よーこじゃ。寮の炊事、洗濯、掃除はうちが引き受ける。ぬしらは精いっぱい勉学や運動に励むといい」

「と、妖怪は申しております」

 胸を張るよーこさんに俺は茶々を入れる。珍しくこの一瞬だけは美琴と意気投合したように思えた。

「いきなり妖怪なんてひどいですよ。こんなきれいな方なのに」

「そうじゃ。妖怪なぞいるわけなかろう」

「ですよね。ゲゲゲの鬼太郎や妖怪ウォッチの世界観じゃあるまいし」

 妖怪当人が妖怪を否定するなよ。それに、瑞稀のセリフはどこかで聞いたような。


 俺は反論を試みるが、その前によーこさんに袖を引っ張られた。

「どうやら、瑞稀はうちの正体に感づいておらぬようじゃの。面白そうだから、しばらくうちが妖怪だということは黙っておこうと思う」

「すぐにばれるだろ。美琴もいることだし」

「妖怪がいるということが公になったら色々と面倒くさいのじゃ。ぬしと美琴は仕方ないとして、秘密にしておけるのならしておいたほうがええ」

 一理あるけど、隠し通せるものかな。


「冗談抜きで注意したほうがいいわよ。ここだけの話、あいつはマジの妖怪だから」

「美琴さんまでそんな冗談を。妖怪なんているわけないじゃないですか」

「いや、本当にいるんだって」

 訝しむ瑞稀を必死に説得しようとしている。言わんこっちゃない。よーこさんはどうするつもりなんだ。


「そういえば美琴よ。ぬしもおんみょう……」

「ワー! ワー!」

 よーこさんのセリフに被せるように美琴が叫んだ。勢いあまってコップが落ちたぞ。ステンレス製だから実害はなかった。

「おんみょう?」

「えっと、ハンミョウよ、ハンミョウ。ここいらでよく湧くのよね」

「ハンミョウはゴキブリみたく湧かないと思いますが」

 とっさに珍しい虫を持ち出したな。実物を見たことがある人のほうが少数派だろ。


 誤魔化したのちに美琴はよーこさんを威嚇している。彼女もまた自分が陰陽師であることは公にしたくないのだろう。現代で陰陽師を自称したところで頭がおかしい残念な子扱いされるだけだ。

 そして、うまい取引をもちかけたな。あの一瞬だけでよーこさんは言外に「うちのことを妖怪だとばらせばぬしが陰陽師であるとばらす」と脅しをかけたわけだ。さすがは老獪、伊達に三百年生きていない。


「いよいよ大トリじゃ。頼むぞ、ぬしよ」

 よーこさんが期待を込めて上半身を乗り出す。ついに俺のターンが来たわけか。美琴め、頬杖をついていられるのも今のうちだ。ぶちかましてやるぜ。

「俺の名前は刑部浬。俺がここに来た目的は一つ。学園アイドルガクドルズの花園華が現世で世を忍ぶ仮の姿、覆面声優早山奈織に会うためだ」

 一寸の曇りもなく宣言する。しかし、流れたのは冷凍コンテナばりの冷え切った空気。なぜだ、おかしいことは一つも言ってはいないはず。


「なーんかオタクっぽいとは推察していたけど、ここまで痛いのは初めてだわ」

 ため息まで出しやがったぞ。しまいには、「それ、笑いを取るための一発ネタよね。十年前の一発屋芸人より面白くないからやめたほうがいいわ」と余計なアドバイスまでされたし。お前、「残念」とか「ゲッツ」とか言っている人に失礼だぞ。


「え、えっと、おさかべ、かいり、さんですか。珍しい名前ですね」

 瑞稀に至っては差しさわりのない話題に逃げようとしている。ただ、必死に視線を逸らそうとしているのはやめてくれ。

「なんか、となりのトトロに似たような名前が出てきた記憶があります」

「それは草壁だな。さつきとメイの名字だろ」

「なんでそんなのがスラスラと出てくるのよ。トトロどんだけ見ているわけ」

「一般常識の範囲内だと思うが」

 そうだよな。瑞稀がスマホで検索して「あ、本当だ」と感心しているけど。


「これ、二人とも。浬はうちの将来の婿となる男じゃ。あまりいじめんでくれ」

「よーこさん、誤解を招く言い方はやめてください」

 場の空気がもう二段階下がったぞ。ポケモンだったら「いやなおと」を食らった気分だ。

「へ~そ~。あんた、年上が好みなんだ」

「こいつ、年上ってレベルじゃないからな」

「あ、あの、よくわかんないですけど、こういうのはきちんと段階を踏むべきだと思います。ディズニー映画とかじゃないわけですし」

 あの世界観だったら出会ったばかりの男と結婚しようとするお姫様がいてもおかしくないわな。


「いいではないか。ぬしはうちのすべてを知っておるわけだし」

 ちらりと胸元をのぞかせるよーこさん。一瞬の所作で察したことがあるのか、美琴は机をバシリと叩いた。

「貴様、私や瑞稀だけに飽き足らずそいつとも。ええい、色魔め、この私が祓ってくれる!」

「お、落ち着いてください、美琴さん。いくら変態でも暴力はいけませんって」

 瑞稀がなだめてくれているけど、変態と認めてしまっているのは悲しい。っていうかさ、

「よーこさん、あんた俺を擁護したいのか貶めたいのかどっちなんだ」

「人間でいうからかってみたを実行してみたのじゃが、ままならぬものじゃの」

 少なくともこの局面でやる行為じゃねえ! なんか、収拾がつかなくなってきたが、とりあえず俺の第一印象は最悪で同居人たちとのファーストコンタクトを終えたのであった。

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