浬、常連さんと会う
ところかわって放課後のバイトの時である。この時間帯のメイン客は学校帰りの小中学生。お金を落とすというよりは、店内隅のテーブルで「シンクロ召喚!」とか言ってデュエルの真っ最中である。プレイメーカーになりきっているつもりかな。
「それで、小説の勝負は先輩が反則をしたからうやむやになった。なんか釈然としない結果ね」
「いいじゃないですか。小説の良し悪しは簡単には推し量れないものです」
不満そうに腕を組む茜さんを馬込店長が諭す。白黒はっきりさせたいというのはゲーマーとしての性なのだろう。
「馬込っちもネットで書いてみれば。案外ヒットするかも」
「いや、僕はいいですよ。そんなに大したものは書けませんって」
謙遜する馬込さん。昔、創作活動をしていたそうだけど、どんな作品を生み出していたのだろう。茜さんに訊ねてみたところ、
「馬込っちの過去はさすがに知らないわ。創作をしていたことも小耳に挟んだぐらいだし。まあ、せいぜいコミケに出品する程度の同人活動だったんじゃない」
と、お手上げ状態だった。真相は闇の中。だけど、三十歳過ぎのおじさんの過去を掘り起こしても面白く無さそうだから追及はしないでおこう。
「浬君。ここに置いてある本は査定が終わっているので、棚まで運んでおいてもらえますか」
馬込さんから仕事を振られたので、俺は本の束を抱えて、えっちらおっちらと運搬する。運動部ではないけど、毎回こんな肉体労働しているおかげで攻撃力の努力値が加算されている。この調子ならエアームドで止まる物理アタッカーになれそうだ。嬉しくないけど。
本を棚へと入れていると、「すみません」と声を掛けられた。
「友達いない委員会の1巻は置いていませんか」
2クール前にアニメ化されて原作が話題になっているやつだな。うちの店でも売れているから多めに仕入れているはず。
「えっと、あちらの話題本の方に……」
そこまで言いかけて俺とその少年は同時に声をあげた。
「君は、石動さんの金魚の糞じゃないか」
「クラップとゴイルみたいな言い方はやめろ」
それに瑞稀はマルフォイという柄じゃないだろ。さておき、開口一番失礼すぎる物言いをするのは、
「丸山先輩。どうしてここに」
RPGの中盤辺りに出てくるどうでもいいボスキャラこと文芸部員の丸山だ。
「買い物しに来たんだ。別におかしなことはしていないだろ」
至極まっとうな回答に俺は二の句が継げない。この店を嗅ぎつける慧眼は称賛してやってもいいので、心の中で手を叩いておいてやった。
「あれー、マルちゃんじゃん。また来たの」
「茜さん、その呼び方はやめてもらえませんかね。うどんじゃあるまいし」
「じゃあケンケンは」
「もっとやめろ!」
ブラック大魔王の相棒みたいになっているぞ。チキチキマシンで猛レースするつもりか。
それにしても、丸山が感情的に声を荒げるなんて珍しいな。それに、茜さんに頭を撫でられて完全におもちゃにされているし。
「茜さん。丸山、先輩とは知り合いなのですか」
「知り合いというか、ここの常連よ。そんで、マブダチだもんね、マルちゃん」
「丸山と呼べと何度言ったら分かるんだ、新島さん」
「もう、茜ちゃんでいいのに」
丸山の髪の毛がぐちゃぐちゃにされている。そして、身長差のせいでほっぺたに当たってはいけない双丘が当たっているぞ。おい丸山、そこを変われ。
「そういえば、浬君とマルちゃんは知り合いみたいだけど、もしかして同じ学校?」
「加えてちょっとした因縁があります。瑞稀と小説の勝負をしていた相手がそこのマルフォイです」
「ドラコ・マルフォイみたいなイントネーションはやめてもらおうか」
「ああ、マルちゃんだからマルフォイか。うまいことを言うわね」
そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。
「マルちゃんも小説を書いていると聞いたことがあったけど、まさかここで繋がってくるとは。うん、小説は事実よりも奇なり、だ」
「逆です」
したり顔で納得している茜さんに丸山は冷静に訂正を入れる。赤面して咳払いしているけど、もしかして素で間違えたってことないよな。
「そんで、探している本はこれだよね」
誤魔化すように「友達いない委員会」の1巻を手渡している。いつの間に探し当てたんだ。目当ての本を受け取ると、丸山はとっとと会計を済ませようとする。
「今日は勝負しないの?」
勝負? どういうことだ。
すると、丸山もぴたりと足を止める。
「面白い。いいでしょう、暗黒魔女パで蹂躙してあげますよ」
「相変わらず対戦環境上位のつまらないガチパを使うのね」
「対戦環境を読むことは勝負の基本だ。そっちこそ魔女をメタった構築をしているのだろう」
「ありゃー、お見通しか。ま、そうでなくちゃ面白くないってね」
両者はスマホを構えて火花を飛ばしあっている。あれ、どういう状況だ、これ。海馬社長の手下の方の磯野を呼んだ方がいいのか。
「またやってるんですね、あの二人」
俺が戸惑っていると、諦観したように馬込さんが合流してきた。ようやく助け船がやってきて俺は安堵する。
「丸山君、でしたっけ。彼もまたファイトモンスターズをやっているみたいで、うちに来ると決まって茜君と勝負しているんですよ。おかげで仕事が停滞しているんですけどね」
タハハと笑っているけど、笑いごとじゃないんじゃ。そのうちに「ファイモンやっているんだ」とさっきまでデュエルしていた小学生たちが群がりだし、いつしかファイモンの大会が開催される運びになった。仕事中にこんなことが許されるなんて、ゆるいゲゲゲの鬼太郎よりゆるいぞ。
茜さんが大人げなく小学生相手に無双していると、丸山が俺のそばに寄ってきた。横断歩道を渡る前みたく首を振って、小声で尋ねる。
「ところで、石動さんが好きな本を知らないか」
「瑞稀が好きな本? 本ならどれも好きなんじゃないのか」
「分かってないな」とでも言いたげに大きく首を振られる。なんかむかついたが、俺は顎に手を当てて考える。
「そうだな。異世界ファンタジーをよく読んでいたぞ。こいつとか」
本棚から取り出したのは小説投稿サイトから書籍化した異世界転生ラノベだった。丸山は「なるほど」と呟いたのち、素直に本を受け取った。
「ところで、どうして瑞稀の本の趣味なんか聞くんだ」
「ど、どうだっていいだろ。君には関係ない、ことだ」
あからさまに動揺していますよね。オイルを入れ忘れたロボットみたいな動作でファイモン大会の会場へと戻っていく。
入れ替わりにやってきたのは茜さんだ。丸山を横目に微笑んでいる。
「まさに、お可愛いこと、ね」
俺が眉根を寄せていると、茜さんは本棚に背を預けて腕を組んだ。
「瑞稀ちゃんだっけ、彼女に小説の勝負を挑んだのはもしかしたら別の目的があるかも」
「自分が書いている小説が上だって証明したいだけだろ。それ以外に目的なんて」
「うーん、察せないならまだまだ青いわね」
軽くデコピンされた。丸山に他意なんてあったのかな。もっと聞き出したかったけど、当人たちはファイモンのバトルに夢中だ。まあ、いいさ。性懲りもなく良からぬことを企んでいるならまた正面突破してやるだけだ。
俺たちだけでも仕事をしようと、査定依頼された古本の整理を開始する。最近話題になった本から懐かしの名著までまさに玉石混合といった具合だ。馬込さんが次々に値段を出していくので、俺はその通りに値札を貼る。
そんな単純作業を続けていてしばらく経った頃だった。順調に値踏みしていた馬込さんだったが、急に手が止まる。評価しにくい本でもあったのかな。俺は馬込さんの正面に回り込んでタイトルを確認する。
それはだいぶ昔に出版された四コマ漫画のようだ。タイトルは「ネコミミ☆パラダイス」。ああ、ネコパラか。早山奈織のファンだったら押さえておくべき作品のうちの一つだな。当然、原作本も持っているぞ。
馬込さんは古びたネコパラの単行本1巻を手にして腕を振るわせている。汚れが目立つものの、このくらいの落丁本は珍しくないはずだ。刊行数が著しく少ないというわけでもなく、アニメ放送からしばらくは普通に本屋に平積みされていたと思うし。
「浬君。前に、早山奈織についての情報が欲しいと言っていましたね」
「もちろんだ。って、もしかして何か知っているんですか」
だったらもったいぶらずに教えてもらいたい。すると、一呼吸置いた馬込さんは衝撃的な一言を発したのだった。
「ひょっとしたら分かるかもしれません。早山奈織がいかなる人物か」
「なんだってー!」
店内に俺の絶叫がこだました。
第2章「小説を書こうぜ!」編はこれにて終了です。
次回から第3章「秘密の小野塚さん編」が始まります。意外な人物の秘密が明らかになるかも。




