三河部長、腐ってやがる
丸山は画面に釘付けになり、一言も発することができない。そんな彼を諭すように瑞稀が語り掛ける。
「さっきも言いましたけど、先輩の小説を面白いと思ったのは詭弁ではないです。だから、こんなところで筆を折らないでください。先輩を応援してくれる人だっているんですから」
「まだ小説を書いてもいいというのか」
瑞稀は無言で首を縦に動かす。どことなくだけど、丸山の瞼がうるんでいた。男の矜持とばかりに袖で拭うと、再度三河部長へと頭を下げた。
「男に二言は無いに反しますが、あえて言わせてもらいます。もう一度文芸部に入れてください」
「私が解雇したわけじゃないからね。君が残りたいというならいい。でも、こんな騒動はもう起こさないでくれよ」
部長が鉄砲で打ち抜くような仕草をすると、丸山は更に低頭した。
瑞稀の小説騒動もこれで一件落着かな。俺は胸をなでおろすが、いきなり肩を叩かれた。誰かと思えば三河部長だった。
「いやあ助かったよ。ただでさえ部員が集まらないからさ。丸山君まで辞められたらどうしようかと思った」
「はあ、それはよかったですね」
「ところで、君は入部するつもりはないのかい」
「固辞致します」
「うーん、惜しいな。貴重な男子枠だから逃がしたくはないのだがね」
グヘへへと口元が緩んでいる。あれ、雲行きがおかしくなってきたぞ。俺と丸山を交互に見回している。
俺は抜き足、差し足で脱出を図った。だが、がっしりと肩を掴まれた。文化部の部長のくせにハンドボール部員並みの握力があるぞ。入る部活を間違えているんじゃないですか。
「丸山君は攻めのようで案外受けの属性があるみたいだ。そこへ行くと、君は典型的な攻めのタイプ。まさしくベストマッチだと思わないかい」
最近美琴が見ていた仮面ライダーの決めセリフを引用されても答えようがありません。これはなんだ、新たな魔王の誕生を祝えばいいのか。
「むしろ丸山君が君へと絡んでくれたら面白かったのにな。うん、創作意欲がわいてきた。次の作品はこれでいこう」
ダメだこいつ腐ってやがる、遅すぎたんだ。こいつはむしろ、この部に幽閉しておかないと思わぬ被害が出る。言うが早いか、ものすごい勢いでキーボードを叩いているし。
「瑞稀。部長さんはいつもあんな感じなのか」
「一度スイッチが入るとこうなります」
悟りを開いたように頭を下げた。誰かが歌っていたけど、もうどうにも止まらないな。
部室からお暇する時も不気味な笑い声が漏れ聞こえてきた。さよなら丸山、達者で暮らせよ。いろんな意味で。
文芸部部長のあまり知りたくない一面を知ってしまったが、どうにか小説勝負の騒動は終着したようだ。
丸山も危惧していた通り、あの後書こうぜ!の運営から「規約違反の疑いがある」として退会通告を受けたらしい。それにより、丸山はネット上で書いていた小説すべてを削除するに至ったという。ただ、瑞稀の励ましもあってか、新たにアカウントを作り直して一から物語を書いているそうだ。
「僕の実力ならテンプレを外しても人気が取れる。それを実証してみせますよ」
と、相変わらずのどうでもいいボスキャラ口調で自慢してきた。現実世界を舞台にした学園ものを書いているようだが、人気を博せるのやら。
俺が言うことではないがネット小説は何がヒットするか分からないもんな。遊び半分でよーこさんが書いた「嘘つき太郎」を書こうぜ!に晒してみたら、読者数109、ボーナスポイント388を獲得した。スコッパーというネット小説を紹介している人たちに拾われたおかげみたいだが、どうにも釈然としない。俺の自作小説なんて読者数3だぞ。
瑞稀も精力的に執筆活動を行っているようで、今日もネット上に「転生の龍人アギト」の最新話が掲載されていた。新展開になって新たなヒロインを仲間にするようだ。ポイントも大台の万単位になろうとしているし、下手をしなくても書籍化が望めるんじゃないか。瑞稀当人はそれを望んではいないみたいだけど。
スマホと睨めっこしているとわき腹をくすぐられた。
「まったく、邪魔しないでくださいよ、よーこさん」
条件反射的に声を上げたが、面食らっていたのは意外な人物だった。
「えっと、よーこさんにはいつもこんなことされているんですか」
眼鏡を直している様が厳格な教師みたいで怖い。いや、だって、こんなしょうもないいたずらをするのは彼女くらいしかいないだろ。
「いつもやられているからお返ししてみました。調子に乗っちゃダメですよ」
「もしかして気づいていてあえてシカトしていたのか」
瑞稀は答える代わりに舌を出す。反応が薄すぎるから本気で気づいていないとばかり思っていた。
「それにしても絶好調だな、瑞稀の小説。次はどんな展開になるんだ」
「教えるわけないじゃないですか。でも、これだけ人気が出ると書籍化も悪くは無いかなと思ったりします。実際、本気で作家になるために頑張っている人もいますし」
思いをはせているようだが、その先に居る人物をあまり想像したくはない。でも、瑞稀が本気で作家を目指したいというなら俺は応援するつもりだ。
「そういえば気になっていたのですが、どうして急にポイントを取ろうなんて、丸山先輩みたいなことを言いだしたのですか」
いきなり痛いところを突かれ、俺は言葉に詰まる。変に誤魔化そうにも、小説読者数3の虫けら以下な発想力ではうまい言い訳が思いつかない。なので、素直に白状することにした。
「仮に瑞稀の小説が書籍化されて有名になれば、そのままアニメになる可能性だってあるわけだろ。そして、ヒロインの声優に早山奈織を指名すれば、彼女と接点が持てると思ったわけさ」
堂々と理論を述べると、瑞稀は唖然としていた。それで、開口一番飛び出したのが、
「そんなバカボンのパパみたいな方法で早山奈織に会おうとしていたんですか」
ですよね。後から考えて荒唐無稽だとは思った。
白状してしまった後で無意味なのだが、俺は後悔もしていた。この方法だと瑞稀を利用しているだけになってしまう。美琴だったら鉄拳が飛んできてもおかしくなかったので、俺は腕で顔を覆う。
だが、いつになっても被弾することはない。むしろ、発射すらしていなかった。瑞稀は大きくため息を吐くと、天を仰いだ。
「馬鹿馬鹿しすぎて怒る気力すらないです。むしろ、浬さんにそこまでさせる早山奈織が羨ましいというか」
そういうと、瑞稀は俺の横を通り過ぎる間際に更に呟いた。
「でも、負けませんからね」
一体何に対して勝つつもりでいるのか。今の俺は真意を推し量ることはできなかった。