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丸山、けじめをつける

 人が落胆している様子を表すOTLというネットスラングがあるが、丸山は見事にそれを再現していた。ミステリーだったら警察がやってきて「あとは署で話を聞こうか」と連行するところだけど、こいつはどう裁けばいいだろうか。


 悩んでいると瑞稀が片膝をつき、丸山の肩に手を置いた。敬虔な信者に救いを与える神官に見えなくはない。

「どうして不正まで犯して勝とうとしたんですか。丸山先輩だったら正々堂々勝負しても私に勝てたかもしれないのに」

「ぬけぬけと言ってくれるな。これが才能の差、というやつか」

 罵詈雑言を吐き、顔を上げる丸山。殺意さえ伝播してきたようで俺はとっさに身構えた。


「小説を書こうぜ!で高ポイントを獲得した作品は軒並み書籍化している。僕もまたその時流に乗ろうと思っただけです。上位陣の作品を読んでみましたが、お世辞にもクオリティが高いとはいえないものが混じっている。これなら僕にもチャンスがあると思っていました」

 うん、共感できる。実際に俺は爆死したけどな。

「でも、現実は非情でした。テンプレ通りに書いたのになかなかポイントは伸びない。僕の小説のほうが面白いはずなのにまったくもって不可解でした。このままでは書籍化なんて夢のまた夢。そこで、ある手段を取ることにしたのです」

「まさか、あなた」

 察した部長が声をあげたが、丸山が無言で首肯したのが答えだった。こいつ、瑞稀と小説の勝負をする前から不正を働いていたのか。


「実際にやってみるとあっけないものでした。これまででは考えられないくらいポイントが入る。このままいけば書籍化だって夢ではない。そう思っていた矢先に彼女の小説に出会ったのです」

 丸山が捉えていたのはほかでもない瑞稀だ。うろたえる瑞稀は危うくスカートの中を晒しかねなかった。


「彼女も同じくネットで小説を書いているうえ、僕に匹敵するポイントを稼いでいる。これはもしや、僕が知らないテクニックを持っているのでは。そう思いましたが、単純に小説を投稿しているだけとのたまったのです。そんなはずはない。工夫もせずにポイントを稼げるなんてありえない。僕のやり方が正しいと証明するためにも彼女に勝つ必要があったのです」

「なるほどね。今回の勝負の発端はそれか」

 合点がいったと三河部長は腕を組んだ。瑞稀は単純に小説を書くことを楽しんでいる。だから、ポイントだけを重視する丸山とは真っ向対立してしまったのだろう。


 操り人形のように立ち上がる丸山。少し突けば無様に倒れてしまいそうだった。

「小説を書こうぜ!の規約では複数アカウントを利用してポイントを入れるのは禁止されている。ポイントだけなら間違いなく彼女に勝ってはいるが、反則が露呈してしまった以上意味がない。

 僕とて男です。最低限のけじめはつけさせてもらいますよ。まずは書こうぜ!に登録している小説をすべて削除します。どうせ複数アカウントがバレれば運営から通告が来て強制的に退会させられます。それより早いか遅いかだけの違いです」

「先輩……」

 瑞稀が発言しかけたが、遮るように丸山は手を広げた。そして、姿勢を正すと三河部長へと頭を下げた。

「そして、文芸部を退部させてもらいます。こんな僕が小説を書く資格なんてないでしょう」

 三河部長は絶句していた。まさかここまで大ごとになるとは思ってもみなかっただろう。


 自己的な理由で反則を犯してしまったのだから、丸山がけじめをつけるのは尤もである。小説の削除と部からの追放も刑罰としては妥当なところだろう。それでも、三河部長は渋面を作っていた。逡巡していたようだが、深くため息をつく。

「君が決めたのなら仕方ない。部活動は個々人の自由意思で参加するものだからね。退部するというのなら止めはしないよ」

「ありがとうございます。今まで、お世話になりました」

 腰が折れそうなほど深々と頭を下げる。釈然としない思いが残るものの、これで一件落着。そう思われた。


「待ってください!」

 声を上げたのは意外にも瑞稀だった。当然のことながら視線は彼女に集まる。いつもの瑞稀からうろたえるところだが、彼女はむしろ堂々と丸山へと歩み寄った。

「確かにポイントを稼ぐために不正をしたのは悪いことです。でも、それを差し引いても先輩の小説は面白いと思います」

「何を言っているんだ。敗者への慰め事なら必要はない」

「いいえ! 面白いと思っているのは私だけじゃありません!」

 声を荒げる丸山だったが、瑞稀の叫びが上回った。普段の彼女からは考えられない大声に、未だに読書をしていた宍戸さんまでもが本を手放す。


「君自身の感想なんてどうとでもいえる。でも、第三者が僕の小説を面白いと思っているなんてどうして断言できるんだ」

「証拠を出せと言うのでしょ。ちゃんと理由はあります」

 あるのか。俺もてっきり机上の空論かと思っていた。

「もう一度丸山先輩の小説の感想ページを見てください。そして、唯一書かれている感想。そのユーザー名をクリックしてみてください」

 ユーザー名は「春賀埼桜」という聞き馴染みのない名前だった。俺は瑞稀の言う通りに名前をクリックする。


 そして表示された画面でなんとなく瑞稀が言いたいことが分かった。丸山も食い入るように画面を覗いている。

 丸山の裏アカウントとは違い、プロフィール欄にはぎっしりと自己紹介文が書き込まれていた。複数のお気に入りユーザーが登録されていて、自分で小説も投稿している。ほんの一画面だけだが、春賀埼桜という書き手が現実世界にも存在していると確実に訴えかけていたのだ。


 書いている小説の読者数は47と決して多くは無い。それでも、定期的に交流しているユーザーがいるのか、一定数の感想が書き込まれていた。このユーザーの真意を正確に推し量ることはできないが、純粋に丸山の小説を面白いと思って感想を書いた可能性は高い。挨拶みたいな内容だったが、全く興味がなければわざわざ自分の言葉を残すなんて面倒を起こさないはずだ。

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