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浬、ハッタリをかます

 そして迎えた決着の日。文芸部の部室にて丸山が高圧的に腕を組んで待ち受けていた。対する瑞稀は俺を人柱にして潜んでいる。両者の態度からして改めて結果を確認するまでもないだろう。ポイントはネット上で公開されているので、あらかじめ知ることができる。


「じゃあ、結果発表。と、言いたいところだけど、刑部君だっけ。やけに眠そうね」

「昨日はほぼ徹夜したからな。でも、ばっちりだぜ」

「石動さんが徹夜するなら分かるが、君が徹夜してどうするんだ。まあ、勝負する当人が諦めているようだから怖くはないが」

 煽ったつもりだろうけど、大あくびで打ち消してやったぜ。瑞稀がこっそり首筋をつねってくれたおかげで、どうにか正気を保つことができた。


 三河部長が咳払いしてパソコンを操作する。アクセスするのはもちろん、両者の小説のページだ。

「言うまでもないとは思うけれど、一応発表するわね。石動さんの小説は登録数148でボーナスポイントは487。丸山くんは登録数1269のボーナスポイント1082」

 そこまで言って三河部長は言葉を切った。あまりにも圧倒的過ぎて彼女の口からジャッジを下すのはためらわれるのだろう。勝手に引き継いで丸山がどや顔を披露した。

「これではっきりしただろう。僕の方がポイントを多く稼げている。やはり、僕のやり方が正しかったんだ」

 ぐうの音も出ず、瑞稀は俺の肩に顔をうずめる。敗北していると分かっていたとはいえ、真正面から突き付けられると堪えるな。本来無関係であるはずの俺でさえ胸を抉られるような心地だから、当事者である彼女はたまったものではないだろう。


 このまま丸山の独壇場になってしまうのか。いや、そうはさせない。そのために切り札を用意してきたんじゃないか。俺はすっと前に進み出る。

「確かにポイントだけならば完敗だな。でも、小説としての面白さはどっちが上かな」

「何が言いたい。面白いと思ったからポイントを入れるんだろ。ならば、多くのポイントを獲得できている僕の小説のほうが面白い。自明の理じゃないか」

 教科書通りの三段論法で反論してきたな。勝負の肝はいかにはったりを利かせるか。俺は強気に口角を上げる。


「小説を書こうぜ!で書いているなら知っているよな。あのサイトで小説の評価を決める物差しはポイントだけじゃない」


 サスペンスドラマのラストシーンよろしく、俺は丸山を指さす。少しばかり決まったと思ったが、丸山の相貌が崩れることはなかった。

「何を言い出すかと思えば負け惜しみか。ポイント以外に小説の面白さを図る尺度なんて無い。素直に平伏すればどうだ」

「異議あり!」

 いや、裁判ではないがノリで言ってみただけだ。と、いうか、こうでもしないと丸山を黙らせることができない。俺は咳払いすると反撃を開始する。


「ポイントだけがすべてじゃない。この際はっきり言うが、瑞稀の小説がお前の小説よりも勝っている点が一つだけあるんだよ」

「馬鹿な。読者数もボーナスポイントも僕が上のはず」

 丸山の態度に狼狽が混じった。追随の手を緩めはしないと、俺は決定的な言葉を放つ。

「それは書かれた感想の数だ」


 訪れる静寂。冷房が効いているはずなのに、ついと汗が流れる。この時ほど誰か反応してくれと思ったことはなかった。

 俺の希望に応えたわけではなかろうが、丸山が両手を広げておどける。

「か、感想なんて勝負には関係ないだろう」

 虚勢を張っていることは言葉尻から丸わかりだ。俺は一気に攻勢をかける。

「確かに、ポイントの数だけで勝負しようと言っているから、感想は勝敗の判定には入らない。でも、ゆるぎない事実もある。瑞稀の小説のほうがお前の小説よりも書かれた感想が多いんだ」


 俺が嘘を言っていない証拠に、両者の小説の感想ページを同時に表示させる。瑞稀の小説の読者数は百強。なのだが、感想数は34件にも及ぶ。しかも、「面白かったです。まさか物語の舞台が他の惑星だったなんて予想外だった」などのように好意的な意見が多い。

 「いまひとつパンチが足りない。途中で展開が読めた」といった否定的な意見もあったが、裏を返せばそれだけ瑞稀の小説を読み込んでくれた証拠だろう。きちんと読まなくては批判なんかできるわけがない。


 もちろん、34件の中には俺が書いた感想も含まれている。だから、厳密にカウントするなら1件マイナスとなる。それでも、短編小説が獲得する感想の数としては多い部類だろう。瑞稀から聞いたのだが、長編小説でも数十万字書いて感想が数件なんて事例もあるみたいだからな。


 対して、丸山の小説の感想数はというと。

「1件だけ、だと」

 しかも、「新作書いたんですね。面白かったです」という挨拶みたいな内容だった。


「なるほど、面白いところを突いてきたわね。誹謗中傷目的でなくきちんと感想を書こうとするなら本文を読まなくてはならない。石動さんの小説に書かれた感想が多いということは、それだけ多くの人が真剣に読んでくれた証になる。量では負けているけど質では勝っているってことね」

「そう。丸山の小説はいわば量産型のカップラーメン。瑞稀のはガクドルズ17話で華たちが食べに行った宇迦市名物おいなりさんラーメンってところだ」

「小説をラーメンに例えるな。それにおいなりさんラーメンってなんだ」

 知らないのか。丸山も勉強不足だな。うどんを参考に発案された油揚げが入っているラーメンじゃないか。美琴が食べたことあるって言っていたけど、「合いそうで合わない微妙な味」と何とも言えない顔をしていたぞ。


 そして、俺が用意した切り札はこれだけじゃない。むしろ、ここからが本番だ。

「感想数が少ないのは作品のせいだけじゃない。先輩、持っている小説を書こうぜ!のアカウントを見せてくれませんか」

「どうしてそんなものを。プライベートな画面を見せるのは気が引けるが、必要ならば仕方ない」

 しぶしぶと丸山は小説を書こうぜ!のマイページを表示させる。このタイミングで俺は小気味良く机を叩いた。

「本当にそれだけですか、先輩」

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