小野塚、正直困太
翌日のことである。午前中の授業も終わり、よーこさんから焼きそばパンを買った俺は、瑞稀とともに問題の人物のもとを訪れていた。
余談だが、よーこさんはおいなりさんとパンを組み合わせた「おいなりパン」を販売しようとしておばちゃんに止められたらしい。そういう珍妙なパンは焼きたてのジャパンを開発しようとしている人に任せておいてください。リアクションで狐に変身しそうなパンができるかもしれない。
ツナマヨサンドイッチをもきゅもきゅ頬張っていた問題の人物、小野塚さんは俺たちに気づくとさっとサンドイッチを隠した。いや、君の食べかけを狙おうだなんて思ってないからな。
「ズッキーも一緒でどうしたんだ。サンドイッチが欲しいなら中身のツナだけを分けてやらないでもない」
「いらねえよ。ツナだけもらってどうすんだ」
焼きそばサンドに塗れというのか。絶望的に合わなそうだ。
イラストが得意な知人というと自ずと小野塚に絞られる。珍妙な題材ばかりだが画力は決して低くない。プロ顔負けレベルとはいかないが、アマチュアの美少女イラストぐらいは仕上げてくれるだろう。
問題はどうやって依頼するか。瑞稀と無言のまま打ち合わせしていると、小野塚さんが唐突にノートを差し出してきた。
「ところで、前にもらったお土産は楽しめたぞ。カイカイもいい趣味しているじゃないか」
小野塚にお土産なんて渡したっけ。首を傾げながらもノートを受け取る。
それでようやく合点がいった。確かに渡したな。俺の手中にあるのはビーレンジャーの塗り絵だった。
前半はまともに塗られていたのだが、後半の害虫帝国の怪人が出てくるところから登場キャラたちが魔改造されていた。「ゆるさないぞ、がいちゅーん」と叫んでいるビーレッドのマスクに無理やり少女漫画の目が描かれている所なんて笑いを堪えるのに必死だった。幼児向け雑誌でマスクに人間の目が描かれた二頭身ヒーローが出てくるけど、よもや、そいつを再現するとは。
ただ、目の書き込み具合からしても素人の所業ではないことは一目で分かる。そのまま少女漫画誌に載っていても違和感は無さそうだ。やはり、イラスト作戦を頼めるのは彼女しかいない。
「小野塚さん。実は頼みたいことがあるんだ」
「かしこまってどうした。ツナマヨを恵んでくれるなら聞いてやらんでもない」
どんだけツナマヨが好きなんだよ。よーこさんと内通できるからいくらでも確保してやるよ。
瑞稀から同意を得て、俺は彼女が小説を書いていることや、その小説に合う挿絵を描いてほしいことを説明した。瑞稀が小説を書いているという辺りで驚いていたが、「文芸部ならおかしなことではない」とすぐに納得していた。
「要するに、美少女キャラのイラストがほしいのか」
「話が分かるじゃないか」
主人公のイラストでもいいが、ネット小説の読者層からすると美少女ヒロインのイラストのほうが食いつくはずだ。
依頼するのは主人公の仲間になる美少女魔法使い。「プリキュアみたいなのか」と聞かれたが、あながち間違ってはいないだろう。
「アニメキャラのイラストはあまり描いたことがない。でも、試しにやってみる」
有言実行というか、小野塚さんはスマホで検索をかけるとすぐさま描写に入った。ネット上でお手本となる美少女キャラを探っていたのだろう。彼女作のまっとうな人物画は初めてお目にかかるかもしれない。果たして、どんな腕前なのか。
期待していたのだが、彼女にまっとうな絵を期待するほうが間違いだった。数分後に出来上がった少女は一応美少女ではあるのだが、顔の輪郭がぐにゃりと曲がり、アホそうな口の開き方をして、焦点が定まらない眼を広げていた。
お手本があるにも関わらず、どうやったらこんな絵が出来上がるんだ。
「これさ、ふざけているわけじゃないよな」
「心外だ。私はきちんとお手本通りに描いたぞ」
ぷんすかと張るほどでもない胸を張る小野塚。俺の慧眼が狂っていたのかな。
「浬さん。小野塚さんは嘘を言ってはいないみたいです」
友人の肩を持つのか、瑞稀が弁明する。でも、お手本通り描いてこんな粗末な絵になるなんて。納得できずに小野塚のスマホを覗いて、すぐに合点がいった。
小野塚が参考にしていた美少女。それは、「作画崩壊したアニメまとめ」で描かれていたキャラクターだったのだ。
「よりによって、このサイトの絵を参考にするんじゃねえ!」
俺が求めるのは美少女だけど美少女じゃないからな。こんなメルヘンでメドヘンな絵はお呼びでない。そして、なぜか一緒に描かれていたキャベツだけ圧倒的に上手いのは嫌味か。
「むう。普通に美少女を描いても面白くないから工夫したのに」
「逆に工夫が余計になっていますよね。お手本とそっくりですし」
作画崩壊したアニメキャラを完璧にトレースできるって画力が高い証拠ではあるが。どうにか彼女にまっとうな絵を描かせるとなると。
サブタイトルの「正直困太」は「いもいも」で検索をかければ元ネタが分かると思います。




