浬、思いつく
ネット小説の広報といっても、該当ページを拡散させるぐらいしかない。瑞稀は必死になってSNSに投稿している。もちろん、俺も助力した。ガクドルズのことを呟きまくっている中、唐突に小説を宣伝したら違和感が半端ないが、これも勝負のためだ。フォロワー数53の威力を舐めるなよ。
美琴や森野たちにも協力を仰いだができればもっと人員が欲しいな。他に戦力になりそうな人材といえば。うん、あの人たちならピッタリだ。
バイトの業務後、俺は茜さんと馬込さんに声をかけた。
「二人はSNSは何かやっていますか」
「僕はツイッターぐらいですね。主にアニメの感想を呟いています」
タイムラインには深夜アニメを実況したと思われる痕跡が残されていた。たまに、「一瞬映った建物は倒した敵が実は生きている暗示ではないか」というガチの考察をしているところが恐ろしい。俺も同じアニメを見ているけど、そんな建物があったなんて分からなかったぞ。
「私は色々やってるわよ。インスタとか、ティックトックとか」
流行に乗っかる辺り、さすがは女子。インスタ映えする花園華のフィギュアとか撮ってもらおうかしら。
「あとは、SNSにあたるかどうか微妙だけど、ユーチューブのチャンネルも持ってるし」
チャンネルだと。どうやら、ファイトモンスターズの実況プレイ動画を投稿しているようで、それをまとめたものだった。
実際に視聴してみると、戦闘の立ち回りの上手さに加え、茜さんの軽快なコメントも合わさり、かなりの視聴数を叩き出していた。俺のツイッターのフォロワー数の数万倍以上も再生されているぞ。
これだけの数を味方にできればアクセス数を伸ばせそうだが、あいにくゲーム実況動画と小説では畑違いだ。動画の最期にいきなり小説の宣伝をしても違和感たっぷりで叩かれるだろうし。
とりあえず、二人とも拡散には協力してくれるようだ。馬込さんはスマホをしまうと感慨深く語りだす。
「それにしても、ネット小説は本当に人気が高いですよね。書籍化した作品も枚挙にいとまがありませんし。昔は出版するなら文学賞を受賞するしかなかったので、時代は変わりましたね」
「アニメ化した作品もあるわね。盾の勇者が成り上がるやつもそうでしょ」
「ウェブに小説を掲載しているだけでアニメ化する可能性もあるのか。俺ももしかしたら狙えるかも」
「そんなに簡単じゃないわよ。私のゲーム実況にしたって、これだけの視聴者数を稼ぐのに相当苦労したし」
瑞稀の小説のポイントを見ると意外といけるんじゃないかって思えてくるけど、そう甘くはないか。第一、小説を書いたことがない。ガクドルズの二次創作じゃダメかな。
「でも、アニメ化は夢がありますよね。自分が書いた作品に声優が声を当てる。うーん、憧れます」
「馬込っち、昔は創作クラスタだったみたいよ」
一人で悦に入っている馬込さんを指さし、茜さんが耳打ちしてきた。意外という感想よりも納得という感情が先行したのは不思議ではないだろう。
でも、自分で考えた作品がアニメとして流されるってオタクからすると夢のある話だよな。俺の自作キャラに早山奈織が声を当てる。マジで最高だぜ。
一人で夢想してしまったが、ふとつっかかりを覚えた。早山奈織が声を当てる。ならば、もしかしたら。
「馬込さん。作品がアニメ化したらアフレコで声優と会うことってできますか」
「うーん、現場によって違うと思いますが、アフレコに立ち会って声優と対面するということはありえますね。ほら、アニメ化した漫画でアフレコの様子を描いているものがあるじゃないですか。実際に会っていないと声優さんの印象なんて描けませんし」
「きらら系列の漫画とかでたまに載っているわね。声優を主人公としたアニメでも原作ラノベの作者と顔合わせするシーンがあったような」
勝ったな、ガハハ。誰かと勝負しているわけではないけど、俺はガッツポーズを取る。と、いうよりもどうしてこんな単純な方法に思い至らなかったのだろう。
声優について最も信頼性の高い情報を持っているのはアニメの関係者だ。声優事務所ならば言うことなしだが、アニメ制作者や原作の作者と繋がりを持つことができれば声優について知ることができるかもしれない。すなわち、早山奈織についての情報も手にできるという寸法だ。
特に、早山奈織は覆面声優という立場からか作品イベントや音楽ライブにはまず出演しない。正体を探るならばアフレコに立ち会った者から聞き出すしかないのだ。
見通しが立ったと思われたが、また別の問題が立ちふさがった。俺の周りにアニメの関係者なんているのか。社会人に限ってみるとよーこさんは除外されるし、残るは……。
「馬込さん。アニメに関連する仕事をしている人って知りませんか」
「僕も広義だとアニメに関連する仕事をしているんですけどね。話の流れからするとアニメのアフレコに携わっていそうな人ですよね。うーん、居たような気がするんですが、なーんか出てこないんですよね。えっと、誰だったかな」
「おいおい馬込っち。その年で痴呆か。発注ミスとかしてないでしょうね」
「そこまで耄碌していないですよ。ここまで出かかっているんですけどね」
得意そうに喉を指さすが、茜さんはあきれ顔だ。期待できそうで期待できないな。俺はやれやれと肩をすくめた。
ならば、別の切り口を探すしかない。他に可能性があるとすると。
「将来的にアニメに関係しそうな人とか」
呟いてみてパッと天啓が舞い降りた。俺の身近に該当する人物がいるじゃないか。すぐにも飛び出したかったが、「まだシフトが残っているでしょ」と茜さんに捕獲された。