浬、ヒーローに変身する
今回はちょっと短めです。
「そこまでだ!」
不思議だな。お面を被っているだけなのに、自ずと正義のヒーローみたいな気分になっている。端から見るとただの不審者だが。
「何者だ、貴様」
サソリーダーが模造品のソードを突き付ける。本物ではないと理解していても膝が笑ってしまう。
舞台裏では係員が俺を制止しようと身を乗り出していた。しかし、監督っぽいおっさんが逆に係員に待ったをかけている。おそらく、このままではショーが進行しないのと、「面白いからもっとやれ」という催促だろう。都合よく解釈したがあながち間違っていないはずだ。なら、ご期待に副おうじゃないか。
誰だと聞いたな。では名乗ってやろう。
「通りすがりのライダーだ」
「おのれディケイド!」
アーリーが激しく反応していた。偶然にも特撮で実在する決めセリフと被ってしまったようだ。間違ったことは言っていないはずだよな。
「ここはビーレンジャーのショーだ。ライダーはお呼びでないから帰るがいい」
「断る。俺はそこの少女を助けに来たのだからな」
「ほう。なら、貴様が代わりにダンスを踊るというのか」
首肯すると観客席から拍手が響いた。調子に乗って出てきたはいいが、案外恥ずかしいぞ。仮面が無かったらちびっていたところだ。
絶対に踊れないという自信があるのか、アーリーは斜に構えている。ならば俺がお前の長鼻をへし折ってやろう。大きく息を吸うと、俺は大股を開いた。
先ほどのアーリーの動きを録画再生しているかのような激しい旋回運動。加えて「ハイ、ハイ」という掛け声付きだ。あまりの勢いにサソリーダーはマイクを落としそうになっている。観客席から自然と手拍子が贈られる。ガクドルズのライブで筋肉痛になるぐらい踊ったからな。これくらいどうってことない。
音楽がないので辞め時が分からなかったが、とりあえずキリが良さそうなところでポーズを決める。すると、ひときわ大きな歓声が上がった。どっかの水泳選手じゃないが超気持ちいい。
「み、見事だ。まさか踊れるとは思ってもみなかったぞ。よし、将来のガイチューン幹部候補にお土産をやろう」
そう言って、たくろう君と俺にビーレンジャーの塗り絵を手渡した。俺ではなく瑞稀に渡すべきじゃないかな。
「そこまでだ、ガイチューン。子供のみならず、無垢な少女を攫うなど許さん」
時間が押しているせいだろう。俺たちが退場するのをまたずに黄色と緑の戦士が乱入した。
「刺すこと蜂の如し、ビーイエロー」
「切り裂くことカマキリの如し、ビーグリーン」
「ありがとう、ライダー。君のおかげでショーは守られた。ここからは俺たちに任せてくれ」
蜂の戦士だというビーイエローからねぎらわれ、俺はヒーローっぽくポーズを取って応えた。調子に乗って共闘しようかと思ったが、奥の方でおっさんが「早く降りろ、ボケ」と静かに訴えてきている。サソリーダーより強そうなおっさんと戦っても勝てそうにないから素直に従うことにした。
そして、残りの三戦士も加わり、爆発音とともに決めポーズを取る。
「五分の虫にも無限の魂! 昆虫戦隊ビーレンジャー!」
「こざかしい。かかれ、アーリー」
そこからは総力戦の幕開けだった。五人が代わる代わるアーリーたちと組み合いを繰り広げる。やがて、戦闘員が殲滅させられると本陣の出撃だ。ビーレンジャーとサソリーダーの一騎打ちに、殺陣の勉強という名目を忘れ、つい夢中になる。最後は五人の武器を合体させた「ビーブラスター」により、サソリーダーは爆散した。本当に爆発したわけじゃないからな。
ショーが終わった後も興奮でしばらく動くことができなかった。瑞稀もまたじっと壇上で行われている握手会を眺めている。なるほど、美琴が夢中になるのも分かるな。来週は大人らしくチャンネルを譲ってやるか。
決心すると、瑞稀に服の袖を引っ張られた。うつむき加減でほほに手を添えている。
「あの。お昼時ですし、フードコートに寄りませんか。感想を言い合うにしても、一旦落ち着いた方がいいですし」
「そ、そうだな」
壇上で対面した瑞稀もか細かったが、横にいる瑞稀は更に儚げだった。なんというか、ライダーじゃなくても守ってあげたくなる。彼女と連れ添って歩く俺の背筋は自然と伸ばされるのだった。




