美琴、特撮オタだとバレる
「ファントミラージュとか」
「いや、それはどうかと思うぞ」
ここに来て第三勢力が投入された。冗談抜きで兄妹がいる家庭は大変だろ。毎朝血沸き肉躍る決戦が繰り広げられているだろうな。
「こうなれば、じゃんけんで決めようぜ。俺が勝ったら鬼太郎、美琴がライダーで、瑞稀がファントミな」
「望むところよ。っていうか、最初からこうすればよかったじゃん」
「あの、私も勝負するんですか」
瑞稀は仕方なく、俺と美琴は真剣に右手を差し出す。だが、俺たちは失念していた。こんな無益な争いをしている間に番組が開始されてしまうことを。
そう思われたが、第三者の手によって報道番組へと強制変更された。いつの間にかリモコンが消えているだと。手品じゃなきゃ魔法でないとありえない。そんな現実離れした術を使えるやつなんて……いましたね。
「まったく、くだらぬことで喧嘩をするでない。大人しく関口さんでも見とればいいじゃろ」
現在進行形で放映されている報道バラエティの司会者の名前を出されても通じないと思うぞ。案の定、よーこさんの手中でリモコンが弄ばれている。いつでもリモコンの主導権を握れるなんてチートだろ。
結局、よーこさんに両成敗されたことで、報道バラエティで落ち着いた。特に話題にすることもなく、テレビの音声だけがその場を支配する。さっさと自室に戻ったほうがいいかな。
そう思ったが、どうしても引っかかったことがあった。俺は頬杖をついている美琴に視線を送る。
「なあ、美琴。お前ってさ」
俺の言葉に美琴は胡乱げに首を傾ける。ふてくされているようだが、よもやとんでもない爆弾が投下されるとは思ってもいまい。
「特撮が好きなのか」
がくりと頬杖から崩れ落ちて頭を打っていた。冗談抜きで痛そうだ。頼むから睨まないでくれ。
「私も意外だと思いました。イケメン俳優が好きとは聞いていたのですが」
むしろ、そんな事実を初めて知ったぞ。女同士の秘密というやつか。
「瑞稀はちょくちょく私の部屋に招き入れているからね。前にプロマイドを見せたことがあったっけ」
「そうです。ちょっと前に仮面ライダーを演じていた方でしたよね」
「ライダーだけどバイクに乗らないやつね。朝ドラにも出ていたから浬も知っているだろ」
常識だろと迫られても困る。一応知っているけどさ。
直後、しまったというように口を手で押さえたが後の祭りだ。ダメ押しで現在放送中の朝ドラに出ている俳優が過去に演じていたヒーローの名前を尋ねたら正答していたし。
どうにか取り繕うとしてあたふたする。そう思われたのだが、美琴は深いため息を発しただけだった。
「言い訳しても無駄みたいね。そうよ、特撮は幼少期からずっと見ているわ」
あっさりと自白しおったぞ。日本男子よりも潔いというか。
予想外の反応にあっけにとられていると、美琴は腕組をしてふんぞり返った。
「弁明したところでややこしくなるだけでしょ。浬とチャンネル争いまでしておいて、違うと主張するほうが無理だわ」
「ああ、なるほど」と腑に落ちないでくれ。よーこさんと瑞稀にとって俺の印象ってどうなってるんだよ。
「別に変身後のヒーローがどうのこうのというわけではないの。あれは私がまだ幼稚園に通っていたころかしら。当時やっていた戦隊ヒーローを見ていて衝撃を受けたわ。ああ、あんなにかっこいい男の人がいるのかって。特に、生身のまま怪人を切り捨てていく姿には感銘すら覚えたわね」
うっとりと語る美琴だが、特撮の殺陣のシーンに憧れる女子って俺から見ても特殊だと思うぞ。いや、人の趣味にどうこう言う資格は無いが。
「夢中になり過ぎて『父上、大きくなったらあの赤い人と結婚したい』と言ったら、父上が涙を流していたな」
それ、本気で悲しんでいる涙だろ。イケメン俳優相手に「お前に娘は渡さん」と啖呵が切れる奴なんているのか。
「ちなみに、剣道をやっているのもその時のヒーローの影響ね」
「もしかして、美琴さんが言っているヒーローって松坂桃李さんがレッドをやっていたやつでは」
「そうよ」
俺も幼稚園の時に見ていたからなんとなく見当がついた。同年代だから幼少期にリアルタイムで見ていたヒーローはおおよそ合致するか。
「今じゃニチアサからヒットする俳優は一般的でしょ。だから、次に活躍する俳優は誰かチェックするために、あの時間帯の番組は欠かさず見ているというわけ」
思わぬ尻尾を掴めたと舞い上がったが見当違いだったな。美琴はオタクはオタクでもイケメン俳優オタクみたいだ。まあ、それなら美琴が熱心すぎるだけで隠し立てするようなものではない。
「なるほどのう、美琴は面食いだったのか。なら、ぬしからして浬はどう思う」
よーこさんの意地悪い問答に俺と美琴は硬直する。この妖怪、なんという質問をぶつけてくるんだ。「イケメンだと思うがの」と世辞を飛ばさないでいいから。
どうするんだ。美琴が身を乗り出してきているぞ。視線を逸らそうとしても、彼女の方から凝視してくる。とっとと逃げ出したかったが、腰が椅子に固定されているかのように微動だにできなかった。加えて、瑞稀もはらはらと動向を見守っているのも大きい。
「そ、そうね、浬は……」
お、俺はどうなんだ。ちょっとしたお遊びのはずなのに生唾を飲み込んでしまう。そして、真正面から美琴の顔面を直視する。
だが、その瞬間に美琴はあさっての方向を向いてしまう。そうして早口で紡ぎだされた回答は、
「快盗戦隊のレッドと同じ名前だなって思っただけよ」
こいつ、やっぱ特撮オタなんじゃないのか。予想外の返答にずっこけるよーこさん。心中お察しします。
ただ、的外れな発言をした後の美琴は赤面しており、どことなく色っぽかった。いつまでも観察したかったが、正面から対面すると厄介なので、しぶしぶ俺も明後日の方向に視線をずらすのであった。