よーこさん、働く
それは学校の昼休みのことであった。午後の授業に備えて昼食の時間だ。さすがによーこさんに弁当をねだるわけにはいかないので、いつも購買でパンなどを買って済ませている。今日もまた購買で昼食を買おうと席を立つ。
「浬、購買に行くのか。俺もパンでも買おうと思ってたから一緒に行こうぜ」
森野もいつも昼食は購買だったな。了承して廊下に出ようとすると小泉に呼び止められる。
「お前たち、購買に行くのか。だったら早く行った方がいいぞ」
「別に急がなくても大丈夫だろ。むしろいつも売れ残っているぐらいだし」
身もふたもないが事実なんだよな。運動部の面子が残飯処理係になっているともっぱらの噂だ。だから、昼の間に売り切れるなんてことは無いはず。
「隣のクラスの奴から聞いたんだが、購買で人だかりができていて、総菜がものすごい勢いで売れているらしい。石油ショックでトイレットペーパーを買い求めている人みたいだったってよ」
隣のクラスの奴、いつの時代の人間なんだよ。一応、教科書の写真で見たことあるが。食料飢餓が起きているわけでもないのに、行列ができるなんて妙だぞ。
「俺も小耳に挟んだんだけど、なんかすげー美人の店員さんがいるみたいだぜ。殺到しているのは主に男子だって噂だし」
俺たちの会話を小耳に挟んだのか、クラスメイトが情報を提供してくれた。総菜ではなく店員が目的か。普段はおばちゃんしかいないから、美人店員がやってきたとなればそりゃ噂になるだろう。
「謎の店員か。私、気になります」
小野塚さんが古典部の部長みたいなことを言いだして食いついてきた。
「店員さんはどうあれ、混んでいるのなら早く行かないとダメですよね」
瑞稀は割と現実的な意見を述べる。彼女もまた昼食は購買で済ませているからな。購入できないとなれば死活問題となる。
なんて、悠長に構えている場合ではないな。俺とて、昼飯抜きで授業を受けるのは嫌だぞ。と、いうことで俺たち五人は連れ立って購買へと向かうのであった。
さて、問題の購買に到着したわけだが、第一声が、
「コミケの順番待ちか!」
「遊園地のアトラクションの順番待ちか!」
前者を二名が、後者を残りが発した。俺のほかに誰が前者を発言したかは想像に任せる。
下手したら全校生徒が殺到しているのではないかというほどの人だかりができていたのだ。絶対に普段弁当を食べている奴らも混ざっているよな。
たった一人の店員が来ただけでこうも集客に影響が出るとは。元から働いていたおばちゃんは願ったり叶ったりだろうな。
「一体どんな人が店員をやっているんでしょうね」
「エドはるみでも来ているのか」
だいぶ前に流行した女芸人が接客していても反応に困るぞ。とっさにその名前が出てくる辺り、小野塚さんはお笑い好きなのか。
とりあえず最後尾に並ぶが、他の生徒の肉壁が厚すぎて店員はおろか商品さえ確認することができない。昼休みの残り時間も僅かになってきているし、昼飯抜きもありうるぞ。
牛歩で列を進んでいき、ようやく問題の店員が視認できる位置までたどり着いた。うちの高校の生徒の心を鷲掴みにした魔性、しっかりと拝ませてもらおうじゃないか。
息まいていたものの、正体はあまりにも意外な人物だった。なんというか、俺が豆鉄砲を食っている間にあちらから化けの皮を剥がしてきた。
「浬に瑞稀ではないか。ぬしらもご飯を買いに来たのかえ」
「よーこさん、何やってんですか!」
俺と瑞稀は勢いよく唱和した。
他人の空似と信じたかったが、金髪のさらさらロングヘアに時代劇に出てくる姫様を想起させる大和撫子な顔立ちとまごうことなきよーこさんだった。おまけに、渦中の人物から声をかけられたとあって、俺と瑞稀は一斉に注目を浴びてしまう。
「なあ浬、あのとんでもなくきれいな姉ちゃんと知り合いなのかよ」
赤の他人ですと白を切りたかった。だが、「浬はただの知り合いではないのじゃ」とよーこさんが危なすぎる発言を仕出かそうとしたので先制攻撃を仕掛けた。
「俺が住んでいる寮の管理人さんだ。それ以上でも以下でもない。なあ、瑞稀」
「ええっと、そうです。ただの管理人さんです」
「マジかよ。あんな美人が陽湖荘の管理人だって」
衝撃の事実が明かされ、どよめきが広がる。一般的には魑魅魍魎の類が住み着く曰く付きの寮で通っているからな。まさか、管理人が絶世の美女だなんて思いもしないだろう。
「浬、うちの寮のむさいおっさんとトレードしてくれないか」
「寮の管理人の交換は俺の権限ではできません」
逆にむさいおっさんの管理人ってどんなだか俺、気になります。
「くっそー、浬、お前どんだけ恵まれた環境にいるんだよ。安部さんと石動さんというツートップに加えて、あんな美女管理人さんとか」
「まるでラノベ主人公だな」
エロマンガ先生から言われたらうれしかったが、あいにく相手は小泉だ。あと、瑞稀が森野の発言に反応してもじもじしている。
とにかく、とんでもない騒動を巻き起こしているのだ。きちんと問い詰めなくてはならない。
「よーこさん、一体どういうつもりですか。管理人の仕事を放りだしたわけではないですよね」
「別に他意は無いぞ。浬がバイトを始めたと聞いたから、うちもやってみたくなったのじゃ。今のご時世、一般企業でも副業というものが認められておるのじゃろ」
副業とか言われたら返す言葉もない。どうして妖怪のくせに現代社会に詳しいんだと思ったが、毎日新聞を読んでいると自白したことがあったな。
「もちろん、寮の家事はないがしろにはしていないぞ。うちの知り合いにアウトソーシングを頼んでおいたのじゃ。留守の間にあらかたのことは仕上げてくれるじゃろ」
よーこさんの知り合いという時点で嫌な予感しかしない。「それは人間ですか」とは恐ろしくて聞けなかった。
管理人というか家事代行はそこまで稼げるイメージは無い。よーこさんもまた金銭面で苦難していて副業に走ったのだろう。なんて推測していた。しかし、タイミングを計ってよーこさんは俺にそっと耳打ちをする。
「寮の中にばかりいると浬に干渉できんからの。購買のバイトとしてもぐりこめば、うちもぬしに一日中接近できるというわけじゃ」
艶めかしく言われたものだから不覚にも胸が張り裂けそうになる。おばちゃん、よーこさんはにこやかに接客していますけど、志望動機が不純すぎますよ。
内心、学校内に居ればよーこさんは手出しできないと油断していたのだが、安全神話は崩れ去ったわけだ。妙なことをして妖怪だとバレたら困るのはよーこさんだから、大仰には動かないはず。動かないはず、だよな。
ちなみに、「そなたらの分のご飯はきちんと確保しておいたのじゃ」とよーこさんから五人前のパンをもらったおかげで昼飯抜きは回避できた。無駄に気が利くところが憎いんだよな。




