茜、廃人ぶりを披露する
「どうだ。こいつこそCV早山奈織の神キャラだぞ」
「ああ、そういうこと」
合点がいって茜さんは呆れたように鼻を鳴らす。聞いてみろよ。登場時の「森の動物さんはみ~んな私の友達なんだ」ってセリフは早山奈織が演じた花園華そっくりじゃないか。対人戦の度に繰り出しているからもう何百回聞いたことか。
攻撃力が上がっているとはいえ、丸腰でオメガドラゴンに勝てるなんて思ってはいない。更なるお膳立てが俺の手の中に眠っている。
「お気に入りを出せてうれしいだろうけど、勝たせてもらうわよ。スキルカード『バーサーカーズ・ウィル』発動。技の効果で行動不能になった場合、その効果を打ち消して即座に攻撃できるようになる」
やはりそのカードを使ってきたか。デストラクションブラストは強力だが、次のターンに行動不能になってしまうのが欠点。なので、即座に攻撃できるようになる「バーサーカーズ・ウィル」でカバーするのが定石だ。
そして、再度「デストラクションブラスト」を決めてフィニッシュするつもりだろう。でも、そうはいかない。
「スキルカード『速攻』発動。このカードを発動したターン、相手より先に行動することができる。そして、ドライアドの『ハリケーンリーフ』でとどめだ」
そのまま攻撃してもオメガドラゴンに先手を取られるのは明白。ならば、スキルカードで無理やり先行を取ればいい。そして、ドライアド最大の威力を誇るこの技なら一撃必殺することも可能。まさにジャイアントキリングというやつだ。
突風とともに木の葉が鋭利な刃物の如くオメガドラゴンの全身を切り刻む。いいぞ、順調に体力が減っている。このままフィニッシュだ。
勝利を確信したのだが、俺は廃人プレイヤーを甘く見ていた。
「悪くない手だったわね。でも詰めが甘いわよ。スキルカード『鉄壁』発動。オメガドラゴンの防御力を上昇させる」
「まさか、そんな初歩的なスキルカードで」
鉄壁は単に防御力を上げるだけの最低レアリティスキルカード。俺の渾身のコンボを防ぐにはあまりにもお粗末だと思われた。
だが、突風が止むと、体力を四分の一残したオメガドラゴンが仁王立ちしていた。マジか、あの攻撃を耐えるのか。
「ステータス上昇系のスキルカードを使って相手の計算を狂わせるというのは定石中の定石よ。攻撃力最大のドライアドがハリケーンリーフを使った場合、オメガドラゴンは乱数一発で倒されてしまう。運が良ければ生き残るけど、博打を打つよりは単純に防御力を上げた方がいいってわけ。あと、もう一度攻撃しても無駄よ。攻撃を完全無効にする『エマージェンシーバリア』も持っているから」
普通ならコンボ攻撃を食らったらまっさきに完全防御を選択するはず。だけど、防御力を上げれば耐えられると計算して、あえて切り札となるカードを温存したのか。
攻撃が完全防御されると分かっていても、俺に次なる攻撃は許されていない。なぜなら、返しのターンでオメガドラゴンの攻撃を防ぐ手段はないからだ。
「悔しいがサレンダーだ」
ドライアドが無残に散る姿は見たくない。降参を選択し、勝負は茜さんの勝利で幕を閉じた。
激闘を終え、俺は椅子に体重を預ける。あやうく後ろ向きに倒れそうになったので咄嗟に両足で踏ん張った。
「やっぱ強いですね、茜さん」
「ヤタヌキ戦術は悪くなかったわ。ドライアドじゃなくて環境上位のモンスターを繰り出されていたらまずかったかも」
「そこはまあ、愛さ」
強い、弱いは人の勝手。好きなモンスターで勝てるように頑張るべきという名言があるからな。それにしても驚くべきは、
「もしかして茜さんってモンスターの能力値を全部暗記しているんですか」
「それくらい当然でしょ」
いや、「アルファベットぐらい覚えていないの」みたいなノリで言われても。俺が「早山奈織が演じたキャラを全部言えるでしょ」と煽っているのと同じようなものか。
「あ~でも悔しいな。ガクドルズアイドルカーニバルだったら負けないのに」
「馬込っちから聞いたけどガクドルズ好きだったわね。音ゲーは専門外かな。どっちかというとじっくり思考するゲームをよくやるから」
茜さんがインストールしているアプリは将棋とかパズルのように綿密に戦略を立てていく必要があるゲームが多かった。外見からすると音ゲーやスポーツゲームのように反射神経を要するゲームが得意そうなんだけどな。人は見かけに寄らないということか。ちなみにその手のゲームは「太鼓の達人のかんたんもクリアできない」とのこと。あれって小学生でもクリアできる難易度のはずだけど。
「浬君、シャドウバースもやってるんだ。今度はこれで勝負する」
「いいですよ。俺のOTKエルフが火を噴くぜ」
「じゃあAFネメシスで行こうかな」
「それって環境上位のガチデッキじゃないですか」
俺も人のことは言えないが。和気あいあいとゲーム談義をしていると、馬込さんの遠い目が突き刺さった。
「あの、仲良くするのはいいですが、ちゃんと仕事をしてくださいね」
「悪ぃ、悪ぃ、馬込っち」
茜さんは自分で頭を小突く。全然悪いと思ってないな。
こうして、バイトを始めたことで俺の金銭難はいくらか解消できそうだ。そして、俺に感化されたかどうかは知らないが、意外な人物も勤労を開始するのであった。
最後のシャドバの下りは完全に私の趣味です。主にネクロを使っていたりする。