浬、茜と戦う(ゲームで)
ファイトモンスターズでは最大三体までのモンスターを繰り出して戦わせる。三体だと個々のモンスターのステータスが減少し、単騎決戦だとステータスにボーナスが入る。俺は二体で挑むのでステータスに変化は無しだ。一方、茜さんは単体で勝負を挑むらしい。ステータスが上昇するのは厄介だけど、俺の作戦からすると単体相手ならむしろありがたい。
「いくぜ。俺の先鋒はハッピャクヤタヌキだ」
「ヤタヌキ。ちょっと前の妖怪イベントの時のガチャ産モンスターね」
酒瓶を片手にした太っ腹の狸モンスターがフィールドに現れる。茜さんが言った通り、ガチャで当てたモンスターだ。レアリティはあまり高くないけど、こいつには恐ろしいコンボが隠されている。
「割とガチな戦法使ってくるのね。ならば本気になって正解というわけだ」
やはり、俺の企みは看破されていたか。モンスターを見ただけで戦法まで見破るとかさすがは廃人だ。
「私のモンスターはこの子よ。オメガドラゴン」
「ちょっと。害悪中の害悪じゃないですか」
顕現したのは銀の鱗に覆われた巨大な翼竜だった。ゲーム配信開始直後の最高レアリティのモンスターで、あまりの強さからずっと対戦環境に居座っている。一度ステータスの下方修正を受けてもなお要注意モンスターとされる正真正銘の化け物だ。ファイモンの公式大会でも常連だというし、本気で勝ちに来ているな。
でも、相手にとって不足なしだ。試合が開始され、先に動いたのは素早さで優るオメガドラゴンである。
「悪いけど、ヤタヌキに行動させるわけにはいかないわ。デストラクションブラスト」
「いきなりそんな技を使いますか」
画面が暗転し、オメガドラゴンの眼だけが怪しく光る。集約していくエネルギーの波動。ヤタヌキの全身を飲み込まんと、肥大化したエネルギーは破壊光線となって襲い掛かる。
並のモンスターなら一撃必殺する威力を秘めたオメガドラゴンの得意技だ。デメリットはあるものの、こいつを連発するだけで勝負が決してしまうこともある。小細工なし、強力な技でこちらを圧殺する。単純だけど強烈な戦法である。
しかし、俺のヤタヌキも負けてはいない。光線に晒されるが、身を丸めて必死に耐え忍んでいる。体力ゲージが勢いよく減少していき、あっという間に瀕死ラインにまで追い込まれた。
光線が過ぎ去り、満身創痍のヤタヌキが立ち上がる。残り体力は僅かだが、戦闘不能は回避できた。茜さんは称賛するように息を漏らす。
「ヤタヌキは防御力が高いとはいえ、よく耐えたわね。っていうか、防御力に能力補正全振りしてない」
「どうしてステータス補正まで見抜けるんですか」
「攻撃力全振りのオメドラの攻撃をヤタヌキが耐えられるとしたら、防御力に八割以上振っている必要があるからよ」
この人、すべてのモンスターの能力値を把握して、乱数何発で倒せるかまで計算しているのか。その記憶力で英単語とか古文単語を覚えた方が有益じゃねというぐらいの努力ぶりだ。
とにかく、ヤタヌキが生き残ってくれたのなら俺の作戦が実行できる。
「ヤタヌキの腹鼓を発動。ダメージを受ける代わりに攻撃力を大幅に上昇させる」
「墓穴を掘ったわね。瀕死のヤタヌキが自傷したら、そのまま戦闘不能になるわよ」
「そんなのは計算済みです。スキルカード『継承されし遺志』を発動」
俺は伏せてあったカードの中の一枚をタッチし、効力を発揮させる。
ファイモン最大の醍醐味。それこそが、バトル中にプレイヤーが直接介入できるスキルカードだ。これにより、好きなタイミングでモンスターのステータスを上昇させたり、体力を回復できたりする。俺が使用した「継承されし遺志」は「このカードを使用したモンスターが戦闘不能になった場合、次に繰り出すモンスターにステータス変化を受け継がせる」という効果を持つ。
ヤタヌキの腹鼓により攻撃力は急激に上昇するが、自傷効果でそのまま戦闘不能になる。しかし、スキルカードが発動しているから、次に出てくるモンスターは体力全快で、なおかつ攻撃力が大幅に上がっているというわけだ。これこそ、公式戦でも散見されるヤタヌキコンボ。茜さんはこのコンボの存在を知っていたからヤタヌキを一撃必殺しようとしたんだな。でも、作戦は瓦解したようだぜ。
「真打登場だ。俺の切り札、森林で舞い踊る華麗なる聖少女。シャインドライアド」
神々しい光とともに、あどけない顔立ちの美少女が出現する。大事なところを葉っぱでできた服装で隠しているだけというかなり露出度の高い恰好をしている。そのせいで一部のマニアの間では絶大な人気を誇っているようだが、俺がこいつを切り札にしたのには別の理由がある。
茜さんはこいつが出てきた途端「えっ」という意外そうな顔をした。ガチ勢からすると、「どうしてこいつ」って反応になるだろうな。シャインドライアドは降臨という何回かボスを倒せば無課金でも確実にモンスターが手に入るイベントで入手することができる。高難易度のイベントならガチャで手に入れるモンスターとステータス値は大差なく、第一線で活躍している奴もいる。けれども、ドライアドのイベントは初心者向けであり、能力値も決して高くはないのだ。わざわざヤタヌキのお膳立てを受けて登場するようなモンスターではない。
身もふたもないことを言えば「雑魚キャラ」になるが、俺がそんなモンスターを繰り出した理由はただ一つ。
浬と茜がプレイしている「ファイトモンスターズ」は拙作「オンラインゲームがバグったら彼女ができました」で題材になっている架空の対戦ゲームです。数年前に完結した作品ですが、興味のある方はどうぞ。