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浬、働く

 馬込さんが静かに首を振ると、茜さんは「あちゃー」と舌を出す。おそらく、黙っておけとか言われていたのだろう。致し方なしといった呈で馬込さんは進み出る。

「実は、君と初めて会った時に半ば採用を決めていたのです。アニメに対して深い造詣がありますし、実際の業務はどうか分かりませんが、あれだけ語れるのであれば接客も問題ないかと。そして、働きたいと土下座してきた相手を無碍に追い返せるわけがないじゃないですか」

「いやあ、君、本当に面白いわ。土下座してまでバイトしようとするなんて、アニメの中でしか見たことないわよ」

 戦犯だということをすっかり忘れて、茜さんはケラケラと笑い飛ばす。俺は乾いた笑みを浮かべるしかない。


「じゃあ、面接をしましょうといったのは」

「形式だけでもやっておかないと示しがつかないですから。それに、実際に働くとなると、シフトとか給与体系とか色々説明しておくことがありますからね」

 そういうことか。安堵のため息をついていると、馬込さんはエプロンの裾を正し、背筋を伸ばした。

「改めまして、アニメショップ漫々店長の馬込草一郎です」

「そんで、ここでバイトしている新島茜。東興大の二年よ」

 東興大って、この近辺でも高偏差値で知られる私立大じゃないか。宇迦高でも目指している人が幾人もいるというし。運動能力全振りかと思いきや見かけに寄らないな。


「馬込っちはなんだかんだ忙しいから、私が教育係になるわね。ともあれよろしく、刑部君」

「よろしくお願いします、新島さん」

「ノンノン。畏まらなくても茜さんでいいわよ」

 茜さんは指を振って注釈してくる。大学生のお姉さんをいきなり名前呼びとかハードルが高すぎるような。

「茜さんといっても怪獣を作り出しているわけじゃないから安心してね」

「実際に作っていたらアクセスフラッシュするところでした」

「このネタが分かるなんて、馬込っちが認めただけあるわね。そうだ。せっかくだから私も浬君って呼ぼうかな。そっちの方が可愛いし」

 アニメショップで働いているだけあって専門知識もバッチリなんだな。無遠慮に頭を撫でてくるのは勘弁してもらいたいが。


「茜だとそっちが思い浮かびますか。僕なんかは天童家の末っ子だと思っていました」

「水を被ると女の子になっちゃうやつね。ギリギリ分かるわ」

 俺も聞いたことだけはある。これがジェネレーションギャップというやつか。ちなみに水を被ると女になるのは天童家の末っ子ではなく主人公の方だぞ。と、念のため補足しておく。


 オタク話で延々と時間を潰しそうだったので、さっそく馬込さんから簡単な業務の説明を受けて実務に入る。町はずれの中古アニメショップだと閑散としていた暇だ。なんて高を括っていたが、案外やることは多い。接客はもちろんのこと、商品の陳列やら店の清掃。果ては、馬込さんの意向でネットオークションにも出品しているらしく、発送作業もあると来た。まさしく目の回る忙しさだったが、茜さんの教え方が懇切丁寧だったこともありどうにか乗り切ることができた。


 数時間働いただけでも俺は疲労困憊して椅子にもたれかかる始末。フルタイムで働ける大人って化け物かよ。馬込さんも俺以上の業務をこなしているはずなのに汗一つ流していないし。

「どうですか、初めてのバイトは」

「予想以上に大変でした」

「最初は誰でもそうですよ。茜くんだって来たばかりの頃はヒーコラ言ってましたし。あっ、このことを当人の前で言っちゃダメです。彼女、案外いじられるとムキになるところがありますから」

 いい年してシーっと中指を口のそばに当てる。そう言われると逆にからかってみたくなるが、彼女を手玉に取るほど対人スキルに自信はない。


 初日ということで、半日で上がらせてもらえることになった。茜さんはフルタイムで働く予定で、現在休憩中とのこと。最後に挨拶をしようと俺はバックヤードに赴く。土下座事件を起こした直後、俺と馬込さんでオタ話を繰り広げた場所だ。

 茜さんはコンビニで買ってきたサンドイッチを頬張りながらスマートフォンの操作に夢中になっている。俺が入ってきてもなお画面を注視する集中ぶりだ。今どきの女子らしくSNSにお熱なのだろうか。とりあえず声をかけようとしたが、彼女のスマホの画面が視界に入ってしまい、俺は全く別の言葉を発することになるのだった。


「茜さん、そのゲームやってるんですね」

「うわ、びっくりした。浬くんか、全然気づかなかったわ」

 ようやく顔を上げた茜さんの唇にはマヨネーズがついていた。口への付着物を無視するなんて、どんだけ集中してたんだよ。読書中の瑞稀といい勝負なんじゃないか。とりあえずマヨネーズについて指摘すると、照れくさそうに指で拭って舐めとった。お行儀悪いけど可愛らしいから許す。


 それで、どうしていきなりゲームについて言及していたかというと、彼女のスマホの画面に表示されていたのは人気のソシャゲだったからだ。

「浬君もやるの、ファイトモンスターズ」

「もちろん。CVキャラクターボイス早山奈織のキャラが出ていますからね」

 ファイトモンスターズは一年ぐらい前にサービスを開始したモンスター育成RPGだ。ガチャや降臨イベントで手に入れたモンスターを育てて強くするというよくあるシステムだが、このゲームの肝は対人戦にある。モンスター自体の能力だけでなく、スキルカードというプレイヤーが介入できる要素があり、リリース直後から対人モードは賑わいを見せていた。戦略性の高さからEスポーツの競技としても軒を連ねているほどである。


 最初は特に興味がなかったのだが、早山奈織が声を務めるキャラが実装されると聞いてすぐにインストールした。ゲームを進めてそのキャラを手に入れてからはずっと愛用しているというわけだ。

 対人要素のあるソシャゲは大方男子が嵌る傾向があるから、女性プレイヤーというのは珍しい。しかも、ランクは最上位のマスターにまで到達していた。俺なんてまだ中級のランクBだぞ。所持モンスターの一覧を見せてもらったが、最初期の降臨モンスターやら期間限定のガチャ産モンスターやらを確保しており、相当やりこんでいるのが分かる。端的に言えばやばい廃人プレイヤーと遭遇してしまった。


 圧倒されていると、茜さんから思わぬ提案をされる。

「せっかくだから勝負してみない。お近づきの印にさ」

 マサラタウン出身の某ポケモントレーナーみたいなノリで勝負を仕掛けられた。腐ってもファイモントレーナーたるもの、挑まれた勝負は受けて立つほかない。

「いいですよ。俺だって負けませんから」

「いいね。じゃあ、始めようか」

 こうして、唐突に俺VS茜さんのモンスターバトルが開幕されるのだった。

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