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浬、面接に挑む

 馬込さんから指定された面接日は週末の土曜日だった。休日だと忙しくなるイメージがあるから意外である。俺が普段学校に通っているということを考慮したのならありがたい。

 ダメ元でよーこさんに履歴書の書き方を尋ねたが、「なんじゃそれは、おいしいのか」と無駄骨だった。履歴書も知らずによく学生寮の管理人をやっているよな。むしろ、どうやって採用されたんだ。闇に葬り去られた事実がありそうで末恐ろしい。


「履歴書について知りたがっているということは、バイトを始めるのか」

 これからランニングにでも出かけるのか、ジャージ姿の美琴から声をかけられる。体育の授業で使っているものと大差ない意匠なのに、彼女が着ると様になっているのがすごい。

「そんなところだ。最近出費が激しいから少しでも足しにしないとな」

「給料が入ったらおごりなさいよ」

「やなこった」

「ケチ」

 ベーと美琴は舌を出す。せっかくの給料を美琴の餌(甘いもの)にするつもりはない。


「バイトですか。私もお金に余裕があるわけではありませんし、考えなくてはいけませんね」

 相も変わらず読書中だった瑞稀も会話に混じる。カモフラージュのためか、読んでいるのは芥川龍之介の「羅生門」だった。教科書でも読んだ覚えがあるが、わざわざ原書を買ったのか。表紙に異能力で戦う文豪のキャラクターのイラストが描かれていたのはスルーしておこう。


 ふとした発言だったのだが、引っかかりがあったのか美琴は眉根を寄せる。

「金銭的な問題でこの寮に入ってきたと言っていたけど、瑞稀も奨学金の対象になっていたわよね。やっぱり、それでも厳しいの」

 指摘を受け、瑞稀は言葉を詰まらせる。陽湖荘の家賃は世間一般からすると格安であり、仕送りや奨学金をもらっているとするなら、生活費に困窮するのは不自然なのだ。

 目を泳がせていた瑞稀だったが、どうにか言い訳を紡ぎだす。

「えっと、色々と買い物をしているとどうしても不足してしまうんです。もっと節約しなくてはと思っているんですけど」

「そういえば、瑞稀の部屋には大量の本があったわよね。あれだけ買い揃えるとなるとそりゃあお金がかかるわ」

 美琴が一人で納得してくれた。書籍代がものすごいのは予想がつくが、瑞稀の本性を知る俺としてはそれだけではないことは容易に推察できた。アニメグッズを買い漁っているせいだろう。オタクの性として常に金銭難に襲われるもんな。


 壁に掛けられている時計を確認すると、約束の時間まで間近に迫っていた。談笑していて面接に遅れてしまっては元も子もない。つまらない理由で神環境で働けるチャンスを潰してたまるか。

「浬、もう行くのかの。面接はよう分からんが、いつも通りやれば大丈夫じゃと思うぞ」

 意外にもまともな餞別を受け、俺はぎくしゃくしながら「オウ」と片手を挙げる。よーこさんめ、不意打ちで真面目なことをするなんて喰えない奴だ。


 偶然訪れた時はあちこち蛇行しながらだったが、道筋はきちんと予習してある。迷うことなく戦地である「アニメショップ漫々」へとたどり着いた。ボスに挑む勇者はまさにこんな気分かな。セーブポイントが無いのがつらいところだ。おまけに武器はこん棒並みの威力である「履歴書」のみ。うん、なんだこの無理ゲー。でも、レベルアップのために戻る時間もない。覚悟を決め、俺は店の扉を開ける。


「いらっしゃい」

 入店直後、ラーメン屋かと錯覚するほどの威勢のいい挨拶に出迎えられる。はて、馬込さんはこんなキャラだっただろうか。

 いや、性別からして違った。髪をポニーテールに結び、フィギュアの箱を小脇に抱えている。アニメショップよりかスポーツショップで働いている方が似合っている爽やかなお姉さんだった。背丈はよーこさんと同じぐらい。ただし、出るところが出ていない分、より引き締まっている。


 馬込さんと同じく店のエプロンを身に着けていることから、彼女もこの店の店員だろう。予想外の人物と対面してしどろもどろになるが、とにかく訪問の目的を告げなくては。

「あの、すみません。バイトの面接で来たんですが」

「面接? ああ、馬込っちが言ってたわ。君、刑部君でしょ」

「そうです」

「そんじゃ、こっち来て。馬込っち、刑部君来たよー」

 家族に「お風呂あがったよー」と呼びかけるノリでお姉さんは馬込さんを招集する。なんか、滅茶苦茶フランクなんですけど、このお姉さん。


「茜ちゃん、馬込っちは止めようと言ったじゃないですか」

「いいじゃない、別に。店長ってガラじゃないし」

「いや、仮にも十ぐらい年が離れてますし」

 職場の上司と部下という関係では無さそうな。馬込さんの威厳が無さ過ぎるだけなのか、茜ちゃんなるお姉さんが無遠慮すぎるだけなのか。


 全くノリに付いていけずに困惑していると、いきなり肩を叩かれた。

「いやあ、助かったよ。バイトが私しかいないからって、やたらめったらシフト入れるもんだからさ。君が来てくれたおかげで、私にもようやく自由が生まれるってわけさ」

「多くても週四ぐらいじゃないですか。僕なんて休みなしですよ」

「自営業なんてそんなもんじゃない。まあ、これからは刑部君が助けてくれるから大船に乗りなよ」

「まあ、人手が増えるのはうれしいですが」

 冗談抜きでどちらが上司か分からない。不遜な態度に馬込さんはタハハと苦笑するだけだし。


 ところで、この会話で違和感を覚える。あまりにも出来過ぎた話だけど、ある可能性に思い至ったのだ。さすがに職場の雰囲気が緩すぎるとはいえ、単純に事が進むわけはないよな。疑念を抱きながらもとりあえず確認してみる。

「あの、面接は」

「一応やるんだ。採用したとか言ってなかったっけ」

 今、すごい事実が暴露されちゃったぞ。そうなのである。先ほどの馬込さんと茜さんの会話。どことなくだけど、俺が採用されている前提で進められている気がしたのだ。

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