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よーこさん、小説を読む

 決心した矢先ではあるが、俺はとある障害に気づいてしまった。

「そういえば、よーこさんって小説を読めるのか」

 一応識字能力はあるみたいだけど、妖怪が芸術作品を理解できるのかどうか。しまったな、完全に盲点だった。

「失礼な。うちは毎日新聞を読んで世の中について勉強しておるのじゃ。小説を読むぐらいわけはない」

「そ、そうですよ。いくらなんでも失礼すぎます」

 俺がよーこさんをからかっていると誤解したのだろう。敵に加勢してしまった瑞稀に「冗談だって」と手を振る。新聞を読解できると豪語するならラノベを読むぐらいは問題ないだろう。俺の取り越し苦労だったな。


「新聞で思い出したのじゃが、世の中には不思議な猫がおるみたいじゃな」

 唐突にどうしたんだ。最近、猫が話題になったことなんてないぞ。猫が駅長になったのはだいぶ前だし、猫が不良になって「なめんなよ」と因縁をつけていたのは俺が生まれる前だ。

「なにしろ、最近の猫は野球でピッチャーをするそうじゃぞ」

「それ、漫画の中の話だから!」

 あれだろ。毎週日曜日に掲載されているやつ。まさか、読売巨人軍はジャイアンツじゃなくてニャイアンツだと思ってないだろうな。


「なんと! 新聞は真実を伝えると聞いておったから、実在の猫について描かれたドキュメンタリー漫画だと思っておったわい」

「しまじろうの世界観じゃあるまいし、猫がプロ野球ピッチャーをやってたまるか」

 猫がプロ野球選手並みの剛速球を投げるとどうなるか空想科学読本に載っていた覚えがあるが、末恐ろしい結果になっていたような。そんな危険生物が実在していたらとっくの昔に保健所送りになっている。まったく、どうするんだ。瑞稀が腹を抱えて笑い転げていて窒息寸前だぞ。


 話の腰を折ってしまったが、さっそく美琴とよーこさんに小説を読んでもらうことにした。丸山との勝負に使う原稿はまだ執筆中なので、手渡したのは「転生の龍人アギトと不死の姫君フィオナ」である。できれば勝負の原稿にしたかったが、同じ作者の別の作品についての感想でも得るものはあるだろう。


 二人が読んでいる間、瑞稀はそっと俺の腿を掴んできた。ズボンの上からでも手が汗で滲んでいるのが分かる。かすかに震える細腕。推察するまでもなく、処刑を待つ罪人の心持ちといったところか。

 しかも、他の女性陣が物語世界に没入していると承知しているのか、俺へと体をすり寄せてきた。彼女の温かな体熱が直に感じられる。高鳴る鼓動は俺なのか瑞稀なのか。さすがに美琴やよーこさんが監視している中で密着するのはやばいだろう。


 たしなめようとしたが、のどに出かかっていた言葉は逆流してしまった。不安そうに対面する二人を眺める瑞稀。巣立ったばかりのひな鳥の如き存在を前に俺はどうすることもできなかった。イケメンなら手をつなぎ返してやるのかな。そんなことをチラリと思い浮かべたが、肝心の俺の手は鉛のように重みを増して動くことはなかった。


「最初のところまでだけど読み終わったわよ」

 美琴の報告を受け、慌てて俺と瑞稀は居住まいを正す。美琴は探るように頬杖をついている。危ない、バレていないよな。

「えっと、これはライトノベルというやつかしら。意外ね、瑞稀がそんなのを書くなんて」

 やはり、一発で見抜かれたか。ライトノベルは娯楽に特化しているため、一般文芸と比べると砕けた表現が多い。瑞稀の小説も例に漏れず、軽快な文体で描かれているのが特徴だった。


「浬なら納得できるけど、瑞稀が、ね。学校の課題でライトノベルを書いてみようなんて出されるとは考えにくいし、まさかこういうのが好きとか」

 鋭すぎるぞ。いや、初めての自作小説でラノベを書いたら「ラノベが好きなのでは」と疑うのが自然か。瑞稀は卒倒しそうなほどフラフラしているし、早いところ救ってやらないと。


 今こそ、俺があらかじめ用意しておいた作戦を発動させる時だ。俺の発言に対して美琴とよーこさんがどう反応するかですべては決まる。うまい具合に転んでくれよと心の中で祈りながら俺は弁明した。

「瑞稀は俺の影響を受けたみたいなんだ。本が好きだからラノベも好きなんじゃないかなって俺のおススメを教えたら気に入ってくれてさ。そんな時に書いた小説だからラノベっぽくなったんだろ」

「ええ、そうです。この物語を書いている間、つい浬さんから借りた小説のことが思い浮かんでしまったので、知らない間に文体が似たかもしれません」

 どうだ。俺の渾身の「猛毒の中に紛れてしまえば些細な毒なんて目立たない」作戦だ。


 美琴とよーこさんには「俺が重度のオタクだ」という前提がある。なので、瑞稀が元々オタクなのではなく、俺に影響されてラノベを書き始めたと捏造してしまうのだ。

 もちろん、有識者が読めばラノベの文体を書きなれていることや、展開もツボを押さえていることを見破るかもしれない。でも、ずぶの素人相手であれば見様見真似で書いたと誤魔化すことは可能だ。


 さすがに完璧に瑞稀がオタクであることを隠すのは無理があるが、重度のオタクではなくにわかであると演じることはできたはずである。苦肉の策だから百パーセントは求めないでほしい。


 とりあえず、ラノベっぽい文章だという前提を刷り込んだうえで美琴の感想は、

「なかなか面白いんじゃない」

 案外高評価だった。

「あっさり問題を解決しすぎとは思うけど、次から次へと事件が起きるから飽きることはないわね」

「ふむう。世の中にはこんな不思議な術を使う人間がいるもんじゃの」

 テンプレートな俺ツエエ系小説だから敵は全体的に弱いのだ。序盤だとフィオナを追ってきた帝国側の騎士が強かったぐらいかな。そして、よーこさんはアギトみたいなチート能力を使える人間が本当に居ると誤解していないだろうな。


 素人からとはいえ、称賛の言葉をもらって瑞稀はご満悦だ。美琴は章の区切りまで読み終わると原稿の束を机の上に置いた。

「続きが気になるけど、全部読むのは骨が折れそうね。私、普段そんなに活字は読まないから」

 肩の凝りをほぐすように腕を回す。よーこさんは未だ夢中になって原稿と睨めっこしており、瑞稀の鼻歌は止まることがなかった。


「それにしても、瑞稀が真っ向から喧嘩を売るなんて珍しいわね。小説で勝負するんでしょ。そういうのには無縁だと思っていたわ」

「そうじゃの。草ばっかり食っとる人種かと思うておったわ」

 ようやくよーこさんは原稿から顔を上げて嘯く。少し前に話題になった草食系男子のことだろう。大人しいという意味ではあながち間違いではない。

「自分でも不思議なんです。苦労して書いた作品を否定されてついムキになってしまったようで。今更引き下がれなくて困惑しているのも事実なんですけど」

「いいんじゃないの。譲れない矜持ってのは大事よ。勝負の世界では最後の一手は案外精神論で決まったりするものだから」

 幾多の修羅場を潜り抜けてきた猛者の一言に瑞稀は頷くしかなかった。中学の頃、剣道の大会で何度か優勝したことがあると小耳に挟んだから信ぴょう性がある。


「瑞稀が良からぬことに手を染めていないとはっきりしたんじゃ。うちらもできる限りの支援はするから無理せんように頑張るのじゃぞ」

「はい、ありがとうございます」

 よーこさんの後押しを得て、瑞稀は精いっぱいの笑顔で答えた。瑞稀の小説の件については更なる味方を取り付けることができた。とはいえ、最終的には瑞稀自身の技量によって勝負するしかない。原稿が完成するまでは特に口出しもできなさそうだな。


 なので、俺自身はしばらく暇になる。と、思われたのだが悠長に構えてはいられなくなった。俺にもさっそく一人暮らしの洗礼とやらが襲い掛かったのだ。

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