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浬と瑞稀、よーこさんと美琴に釈明する

 自己紹介でガクドルズの主人公花園華を嫁にしたいと大っぴらにした俺と違い、瑞稀は自分がオタクであることをひた隠しにしている。そして、今回書こうとしているのは直木賞や芥川賞の候補になるような一般文芸ではなく、オタク層に読まれることを意識したライトノベルだ。よーこさんはともかく、美琴はなんとなくラノベの存在を知っているだろう。少し前に俺が「エロマンガ先生」を読んでいたら「やっぱ、こういうのも読むのね」と言っていたからな。「あんたがエロマンガ先生じゃないの」とかのたまったから、「そんな恥ずかしい名前の人知らない」と返しておいたが、それは置いておこう。


 とにかく、瑞稀としては美琴やよーこさんに自作小説を読まれることで自分がオタクであることがバレるのを恐れているのだ。俺としては別にバレたところでどうということはないのだが、同族には身内バレを忌避する奴もいるからな。瑞稀の気持ちは分からんでもない。


 かといって、ひた隠しにはできなくなっているのも事実。俺は足を崩して、痺れかけていた右足をもむ。改まって正座に直ると口を開いた。

「正直に言うと、瑞稀が朝寝坊していることで、俺にあらぬ嫌疑がかけられているんだ。どうせ、俺が瑞稀にちょっかいを出しているとかいう見当違いの言いがかりだろう。でも、このまま秘密にしておいたら、美琴やよーこさんに余計な心配をかけ続けるだけだ。だから、素直に打ち明けたらどうだ。小説を書いていてつい寝坊してしまうって」

 俺の最期の言葉が会心の一撃だったか、瑞稀は喉を鳴らした。


 考えるまでもなく、一連の寝坊や授業中の居眠りは小説対決用の原稿を執筆していて夜更かししてしまっているのが原因だ。よーこさんじゃないから瑞稀の部屋を実際に観察したわけではないが、いつもよりも睡眠時間が短くなっているというのは明白だろう。

「確かに、私の事情で浬さんだけではなく、美琴さんやよーこさんにも迷惑をかけているみたいですね」

 項垂れてぽつりと言葉を紡ぐ瑞稀。しかし、彼女の発言はここで終わった。やはり、踏ん切りがつかないのだろう。ならば、尻を押してやる必要がある。この俺が。


「要するに、オタクだとバレることなく二人にも協力してもらえればいいんだよな」

「ええっと、そういうことになりますね」

「ならば、俺に考えがあるんだ」

 堂々と親指を立てる俺に対し、瑞稀は心配そうに小首をかしげた。幸いにも俺がオタクだということはあの二人に知れ渡っている。今回はそいつを利用してやるぜ。


 そして、美琴と約束した通り、既に食堂で待機していた二人と対面を果たす。もちろん、瑞稀も同伴している。俺が瑞稀と話をつけている間にアニメが一本放映するぐらいの時間が経ったわけだが、二人はどうしていたかというと。


 よーこさんの上に美琴が馬乗りになっていた。


「ち、違うんだ、浬。別にやましいことなんて」

「まったく、美琴は助平じゃのう。いきなり襲いかかってきおって」

「誤解を招く言い方はやめろ」

 いや、本当に何やってたんだよ。俺のことを淫乱妖魔だってなじる資格は無いんじゃないか。


 つぶさに観察すると、美琴の右手に護符が握られていた。まさかだと思うが、二人きりになったから陰陽師としての使命を果たそうとしていたのでは。使命に燃えるのはいいが、部屋を荒らすのだけはやめてもらいたい。


 予想外のハプニングはあったが、俺と瑞稀、よーこさんと美琴で隣同士になって居住まいを正す。数十秒前の喧騒が嘘のような静寂が流れる。まだやったことはないけど、面接試験はこんな雰囲気なんだろうな。せっかくの妙案が頭の中で霞になりそうだ。


「それで、瑞稀がどうして寝坊しているかの理由を聞かせてくれるのよね」

 上から目線で美琴が先陣を切る。まずは単刀直入にその話題が来ると思っていたからな。抜かりはない。

「端的に言うと、瑞稀が小説を書いていたからだ」

「小説?」

 まさかの単語が飛び出したと主張せんばかりに、二人は面食らっている。だが、美琴はすぐに合点がいったのか手を叩いた。

「ああ、文芸部に入ったと言っていたわね。活動の一環でしょ」

「一環といえば一環です」

 すかさず、瑞稀が返答する。個人的な勝負を部活動に含めていいのだろうか。部員同士で切磋琢磨するなら無駄ではないか。


「よう分からんのじゃが、小説と寝坊がどう関係するのじゃ」

「鈍いわね。瑞稀は部活のために小説を書いていた。夢中になり過ぎてつい夜更かししてしまった。そのせいで朝寝坊した。こんなところじゃない」

 さすがは美琴、呑み込みが早い。これならば、俺は無実だとすんなり判明しそうだ。

「ところで、浬は妙な真似をしていないでしょうね」

「どうしても俺を悪人にしたいみたいだな」

 なんなの。俺に恨みでもあるの。中途半端に俺を疑った手前、尻尾を掴みたいだけだと信じたい。


 俺は目くばせで瑞稀に助けを求める。もたついたものの、瑞稀はフォローに動いた。

「浬さんは私の小説のアドバイスをしてもらっているだけです。アニメとかに詳しいですし、良い意見が出ると思いましたから」

「そうだ。決してやましいことはしていないぞ」

 強めに主張すると、さすがの美琴も押し黙る。瑞稀当人から無実だとたきつけられては認めるほかないだろう。俺へのあらぬ疑念は晴れそうで何よりだ。


「変な病気にかかっておったら大変じゃったが、そういうことなら問題はない。勉強も大事じゃが、運動や芸術に勤しむのも大事なことじゃからのう。大いに励むとええ」

 よーこさんの太鼓判をもらい、瑞稀は顔を綻ばせる。

「ただし、寝坊するぐらい熱中していてはダメじゃ。朝ご飯の時間には遅れないようにする。きちんと約束を守ることができれば、うちは何も言わん」

「はい、すみませんでした」

 忠告を受け、深々と頭を下げる。案外あっさりと問題を解決できたな。なんて、安堵していると流れからして当然の話題をぶつけられた。


「ところで、どんな小説を書いているんだ。せっかくだから読ませてくれない」

 軽快に美琴は手を伸ばす。小説を書いているなんて白状したら「読ませてくれ」と返されるのは当然だよな。むしろ、この展開になってからが俺の作戦の本番だ。

「ついでだから美琴やよーこさんにお願いがある。瑞稀の小説の手助けをしてやってくれないか」

「うちらが助太刀するのかの」

 美琴とよーこさんは互いに顔を見合わせている。許可はもらっていたので、俺は瑞稀が小説執筆に躍起になっている顛末を説明することにした。


「なるほどね。部活の先輩に勝つためにどうしても良い作品を作りたいか。分かるわ、その気持ち。私だって大会に勝ちたいがために練習に夢中になったことがあるもの」

 美琴は首肯し、空気の竹刀を使って素振りを披露する。運動部の試合ではないものの、根幹は似たようなものだろう。

「それで、うちらはどうすればいいのじゃ」

「別に難しいことはない。瑞稀の小説を読んで率直な感想を聞かせてくれればいいんだ」

 俺がそう言うと、瑞稀の顔の半面に前髪が垂れ下がる。ここからは慎重に事を運ぶ必要がありそうだ。

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