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美琴、ドジを踏む

 とっとと諦めて帰ってくれないかなと頬杖をついていたが、美琴はまだまだやる気だった。札を握りながらじりじりとよーこさんとの距離を詰めていく。

「遠距離から祓えないのなら、ゼロ距離で護符を貼ればいいだけのこと。さあ、覚悟しなさい」

「鬼ごっこか。人間の幼子の遊戯には興味はないが、ぬしが望むのならよかろう」

 それを合図によーこさんと美琴は六畳しかない俺の部屋を縦横無尽に走り回る。人間である美琴は地面を周回しているだけだが、よーこさんは文字通り縦横無尽だった。妖怪の力ってすげー。人間が空を飛べるんだもんな。


 って、感心している場合じゃねえから。せっかく片づけた本やらCDやらフィギュアやらが散乱していく。おい、俺の苦労を返せよ。しかし、両人ともに聞く耳を持たない。さすがに耐えかねた俺は大声を張り上げる。

「てめえら! いつまでも俺の部屋で異能バトルしてんじゃねえ!」

 鶴の一言となったのか二人ともぴたりと静止する。バトルが終わったのはよかった。でも、よーこさんよ。頼むから空中浮遊したまま停止しないでくれ。


「さすがに無礼だった。他人様ひとさまの部屋で暴れまわるなど我ながらはしたない」

 美琴がうなだれながらこちらへと近寄ってくる。分かればいいんだ、分かれば。


 しかし、彼女のこの行動が命取りだった。袴で狭いところをちょこまかと走り回ったせいで若干ずれ落ちていたのだろう。裾を前足でふんずけてしまい、大きく前のめりにつんのめった。

 転倒して地面に激突。それはそれで大惨事だが、幸いにも事故は避けられた。ただし、彼女が倒れた先に居てはならない人物がいたのである。俺だよ!


 華奢な体つきが幸いして、それほど衝撃はない。だが、彼女の胸は俺の胸とドッキングして、俺の耳に彼女の唇が触れようかという際どいポジションになっている。髪からただよう香しい芳香。よーこさんもそうだけど、女の子ってすげーいい匂いがするんだな。リンスか、リンスなのか。

 美琴は立ち上がろうと必死になっているのだが、動くたびに胸がこすりつけられている。多分、俺が強めに押し返せば楽にどかせるだろうけど、全く身動きができなかった。こいつ、陰陽師だから金縛りの術でも使っているのか。ならば、さっさと解いてほしい。


 俺と美琴が分離したのはカップラーメンが出来上がるぐらい後のことだった。体操座りになってすげー恨めしそうに俺を睨みつけている。俺も悪いかもしれないけど不可抗力だろ。下敷きになった俺のほうがダメージが大きいはず。

「浬よ。ぬしもなかなかやるの。うちの部屋で乳繰り合うとは」

「乳繰り合ってねーし。あと、ここは俺の部屋だ。お前の部屋は隣だろうが」

「うちはここの管理人じゃ。ぬしの部屋はうちの部屋。うちの部屋はうちの部屋だ」

 なんだそのジャイアニズム。ドラえもんじゃなくてジャイアンの母ちゃんに言いつけるぞ。


 しばらく屈んでいた美琴だったが、咳払いすると腰を上げた。

「まあ、妖狐を討伐するのは急くことではない。ここにいる限りいくらでも機会はあるからな。じっくりと倒せばいいだけのことだ。邪魔したな、刑部。今日のところは帰らせてもらう」

 最後ぐらいはかっこよく決めようとしたのだろうか。しかし、いたずらの神様は凶悪だった。更なるトラップを仕掛けていたなんて予期できなかったぜ。


 ふんずけて転倒した際に袴がゆるゆるになっていたのだろう。美琴が数歩踏み出した途端、ストンとずれ下がってしまったのだ。


 白衣のせいで完全には御開帳していないが、隙間からピンクの布切れが覗く。むしろ、丸見えよりも見えるか見えないかという期待感を煽り余計にエロティックだ。

 美琴自身も己が身に降りかかった災難を把握できず、ぴたりと停止している。皮肉にもそれが予期せぬストリップショーを延長させてしまっていた。

「ほう。なかなかかわいらしい下着をつけておるのう」

 よーこさんの一言でようやく自分がとんでもない痴態を晒していると理解したのだろう。けたたましい悲鳴をあげ、俺の部屋から飛び出していった。


 嵐のような訪問者が去り、残されたのはぐちゃぐちゃに散乱した俺の戦利品だった。震度5の地震に襲われたぐらいの被害はあるぞ。ため息をついているとよーこさんがゆっくりと空から降りてきた。

「騒がしい輩のせいで災難じゃったの」

「九割ぐらいよーこさんのせいですよね」

「済んだことじゃからいいじゃろ。さて、改めて茶を入れてやりたいが、そろそろ夕餉の時間じゃ。うちは管理人として仕事をせねばならん」

 俺も時計を確認すると、夕方の子供向けアニメが放送されているような時間になっていた。もう夕飯時か。時の流れは早いな。


「浬よ。いろいろあって疲れたじゃろ。部屋の片づけをする前に一風呂を浴びてきたらどうじゃ。ぬしが上がるころにはちょうど飯の用意もできてるじゃろ」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。でも、風呂は沸いているのですか。ずっと一緒にいたから風呂の準備なんてできていないはずじゃ」

「風呂ぐらいすぐに沸かせる。うちにはこいつがあるからの」

 そう言って指先に灯したのは小さな炎だった。こいつ、人力で湯を沸かしてガス代を節約しているのか。人力ではなくて妖力が正しいか。


 すぐさま向かおうとしたが、部屋の中は足の踏み場もない状態だ。いくらなんでも戦利品の上で寝るなんて罰当たりなことはできない。俺はどうにか布団を敷くことができるスペースを確保すると、着替えを片手に浴場へと赴くのであった。

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