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浬、文芸部を訪問する

 翌日。小野塚さんが「インスピレーションが沸いてこない」と呟いていた以外は何事もなく放課後を迎えた。毎日珍妙な絵を見せられたら俺の腹筋がもたない。


 瑞稀と一緒に文芸部の部室へと赴く。図書室の隣の教室で活動しているみたいだ。文科系の部活も盛んなことから、いくつか部活専用で確保されている教室が存在する。事実、この部室も普段は空き教室だった。入れ替わりは激しいものの、文芸部は割と昔から図書室の隣を部室として定着化させているようである。「宇迦高校創設当時からある由緒正しき部活なんですよ」と瑞稀が得意げに語っていた。すっかり部活動に毒されているな。カルト宗教に嵌るよりは数倍健康的だけどね。


 部屋の中には三人の先客が待ち構えていた。最奥でノートパソコンを叩いている背の高い女生徒が部長だろうか。俺よりせいぜい二つしか年が違わないはずなのに、社長秘書としてバリバリ働いていそうな風格がある。

 残るは長机に向き合って座り、互いに読書中の男女一組。女生徒のほうは瑞稀と同じくらい小柄で、眼鏡率が異様に高い室内で唯一裸眼だった。むしろ、四人中三人が眼鏡って、眼鏡フェチが狂喜乱舞しそうなシチュエーションじゃないか。俺の勝手なイメージだが、文芸部員の眼鏡率が高いというのは本当だったんだな。


 眼鏡がどうのこうのは置いておき、残る一人の唯一の男子生徒。彼こそが問題の丸山先輩らしい。今どき珍しく坊ちゃん刈りにしており、制服もきちんと着こなしている。昭和の漫画に出てくるがり勉キャラクターをそのまま現実に反映したらこうなるだろう。平成教育委員会で「正解者に拍手、よくできました~」とか言っていそうだ。


 皆、しばらく自分の世界に没頭していたようだが、真っ先に現実世界に帰還した美人秘書風の先輩が声をあげた。

「あら、石動さんじゃない。そちらは入部希望者?」

「そうだといいのですが、多分違います」

 開口一番「入部希望者?」って職場ならブラック企業ほぼ確定だぞ。他に幽霊部員がいるかもしれないが、メンバーはここいる四人で確定みたいだからな。


「紹介しますね。あちらが文芸部の部長を務めている三河豊美先輩」

「三年の三河だ。よろしく」

 挨拶しながら眼鏡をクイと上げる。さしずめ、三河部長といったところか。

「そして、宍戸先輩と丸山先輩です」

 小柄な女生徒は宍戸というのか。本から顔を上げて会釈しただけで、すぐに活字の世界に旅立ってしまう。

「宍戸さんはあまり口数が多くないの。不愛想に見えたならごめんなさいね」

 苦笑しながら三河部長は弁明する。外面だけだと気難しそうだけど、案外気さくな人みたいだ。俺は無意識のうちに胸をなでおろしていた。


 とりあえず、排他的な雰囲気にならずに済んだ。そう安堵したいところだけど、空気をぶち壊しするように問題の男子生徒が立ち上がった。

「入部希望者でもない男子を連れてきてどういうつもりかな、石動さん。恋愛小説の参考にするために乳繰り合いたいならよそでやってくれ」

 なんだ、こいつ。初対面で乳繰り合うとか失礼すぎるだろ。眉間にしわが寄りそうになったが、ここは我慢だ。変に喧嘩をふっかけてはややこしくなるからな。


「紹介するまでもないですね。浬さん、こちらが問題の丸山先輩です」

「よろしくです」

「石動と随分親しいようだが、どうやら君が前に聞いた同居人というやつか」

 瑞稀が陽湖荘に住んでいて、俺や美琴と同居しているというのは既に知れ渡っているらしい。丸山は探るように眼鏡を動かしている。


「えっと、君が石動さんが言っていた、なんだっけ」

「刑部浬です」

「そう、刑部君だね。本当にとなりのトトロに出てきそうな名字をしているんだな」

 どうしてそんな所感になるんだよ。さつきとメイの名字は「草壁」だからな。

「それはさておき、君がやってきたのは、もしかしてあの騒動についてか」

 そう言って三河部長は瑞稀と丸山をそれぞれ一瞥する。


 騒動の渦中にあると把握しているのか、丸山が立ち上がって歩み寄ってきた。もやしという表現が似合うほどひょろ長く、全く威圧がない。森野や小泉がそろってバトル漫画の強敵みたいな体躯だから余計にそう思うんだろうな。

 ただ、眼鏡の奥に隠された眼光だけは威力がありそうだった。品定めするように俺に標準を合わせている。少しでもへりくだったら負けだ。俺は背筋を伸ばして敵の攻撃に備える。

「僕の書いている小説とどちらが面白いか優劣を決めよう。そんな争いをしたな。それで部外者である彼を呼び寄せるとはどういった了見だ」

「それは……」

「皆までいうな」

 皆までどころか、ほとんどしゃべっていないのですが。どや顔で右手を広げているのがなんかむかつく。


「大方、一人では作品の優劣を判定しがたいから、助っ人を用意したということだろう。いわば、アドバイザーだな」

「まあ、そんなところです」

 得意げに推理を披露する丸山に、負けじと瑞稀も胸を張る。張るほど胸がないのが悲しい。むしろ、黙々と本を読んでいる宍戸さんが案外すごかった。よーこさんや美琴には負けるけど、十分「でかい」の部類に含めてもいいぐらいだ。


 なんて、おっぱい観察をしている場合ではない。丸山は一笑に付すと両手を広げた。

「小説はあくまで自分との戦いだ。他人の意見が無駄だとは言わないが、最終的に書き上げるのは自分自身。早々に第三者に頼ろうだなんて、負けを認めたようなものじゃないか」

「でも、みんなに喜んでもらうことも必要です。そのために、他の人の意見を取り入れるのは重要ではないでしょうか。執筆スタイルのどうこうまで口出しされる義理はありません」

 開口一番、火花を飛ばしあう両者。瑞稀が攻撃的になるなんて珍しい。火と油というか、アンパンマンとばいきんまんというか、互いに相容れない存在であるらしい。


 俺が戸惑っていると、三河部長が肩を叩く。

「入部してしばらく経った頃かな。石動さんがネットで小説を書いていると分かったら丸山くんが張り合っちゃって。彼とは一年ぐらい一緒に過ごしているけど、けっこう負けず嫌いなところがあるんだよね。だから、石動さんにポイントで負けたのが許せなかったんでしょ」

「その通りだ。僕の小説のほうが評価されていないとおかしい。あんなものはまぐれだ」

「結果的に先輩よりもポイントが上だから仕方ないじゃないですか。既についてしまったものに言いがかりをつけるなんて不毛です」

 両者ともに吠えかかっている。ピリピリした空気に自然と逃げ出したくなる。でも、瑞稀がこっそりと俺の制服を握っているんだよな。それに、中途半端に逃げ出したら丸山先輩に揶揄されそうなので我慢しておこう。


「小説の優劣を数値化すること自体ナンセンスではあるんだけどね。どうしても納得いかないみたいだから提案してあげたの。二人で新作の小説を書いてネット上に公開し、どちらが多くポイントを稼げるか勝負したらどうって」

 思いもよらぬところから尻を叩かれたものだから、二人とも躍起になっているということですね。依頼はうすうす想像できたが、俺は瑞稀の小説を完成させる手伝いをすればいいということか。

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