瑞稀、浬に助力を請う
試しに、スマホで「転生の龍人アギトと不死の姫君フィオナ」を検索してみた。すると、大手の小説投稿サイトである「小説を書こうぜ!」で該当の小説がヒットした。マジか。いつの間に書いていたんだ。
このサイトでは、読者が読みたいと思った小説をお気に入りに登録することができ、登録されただけポイントが入る。加えて、追加でボーナスポイントを付けることもできるので、その合計点が高いほど多くの人に読まれて面白い小説ということになる。
それで、瑞稀の小説のポイントだが、
「登録数8993、ボーナスポイント5788だって!? 滅茶苦茶人気じゃないか」
このサイトから書籍化、果てはアニメ化された作品もあり、そういった作品は登録数数十万以上になるという。そこまではいかなくても、見ず知らずの素人の作品を9000人近くが読んでいると考えるとすさまじいと言うほかない。
実際に一読したから断言できるが、瑞稀の小説はこれだけのポイントを稼いでもおかしくないくらい面白い。そんな人気作を俺に読ませてどうしようというのだろうか。
「浬さんだったら普段からアニメとかに触れているので適任だと思いましたが、間違ってはいなかったみたいです。実は、協力してほしいことがあります」
「俺に協力だって」
不意を突かれて首を傾げていたところ、「夕食の時間じゃ」というよーこさんの号令がかかった。なので、一旦お開きにして、続きは夕食後ということになった。一体俺に何を協力してほしいというのやら。
相談事自体はすぐに終わるかもしれないというので、夕食後、先に美琴に入浴してもらい、再び部屋で密会することになった。よーこさんから「お熱じゃの」とからかわれたが、瑞稀からの申し出で頭がいっぱいになって存外に扱うほかなかった。
部屋の中央で二人並んで座り、開口一番告げられたのが、
「勝負に勝つのに協力してくれませんか」
という予想外の依頼だった。小説と勝負が全く結びつかないのだが。困惑していると、過程を端折り過ぎたのに気が付いたのか、瑞稀があたふたと頭を下げる。うん、少し落ち着こうか。
「そうですね。どこから話したらいいものか。私が文芸部に入ったということは知っていますね」
「そうみたいだな」
「部活の先輩に丸山さんという方がいるのですが、彼もまたネット上で小説を書いているのです」
「身内に小説家(自称)が多いな」
実は美琴とかも書いていたりして。それはないな。強いて挙げるなら小野塚さん辺りだろうか。彼女の場合はイラスト投稿サイトに珍妙な絵を載せていそうだ。
「彼のほうから小説を連載していると明かしてきまして、成り行きで私も小説を投稿していると明かしました。それで、お互いに小説を読みあうことになったのです」
切磋琢磨し合うのはいいことじゃないか。むしろ美談の範疇で、なんら問題になることはない。なんて油断していた矢先だった。
「でも、丸山先輩はいきなりこう言ってきたんです。『この小説が僕の小説よりポイントが高いのはおかしい。絶対に僕の方が面白い』と」
机を拳でガシガシ叩きながら熱弁する。自滅したのか手の甲をさすっていたが、眼光に宿る炎は未だ健在だった。
「あの時の私は完全に頭に血が上っていました。だから、間髪入れずに反論してしまったのです。『そんなことはない。私の小説のほうが面白い』って」
瑞稀が啖呵を切るなんて相当だな。普段の彼女からは想像もできない。
「先輩が素直に引き下がってくれればよかったのですが、売り言葉に買い言葉とばかりに提案してきたんです。どちらの小説が面白いか勝負しようと」
ようやく合点がいった。俺は手を叩いて呼応する。
「つまり、俺に勝負の手助けをしてほしいということだな」
「その通りです」
パネルクイズの名司会者ばりの勢いで瑞稀は指を差し向ける。納得はしたものの、厄介なことになったぞ。小説の勝負を手助けするなんて、どうしたらいいのか皆目見当がつかない。
だからといって、無碍に断るわけにもいかない。瑞稀には例の偽デート作戦での負い目もあるし。それに、変によーこさんや美琴に泣きつかれたらより面倒なことになりかねない。
乗りかかった船だ。できるかぎりは助力するというのが筋だろう。
「いいぜ。俺ができる範囲のことなら協力する」
「本当ですか」
机を両手で叩いて上半身を乗り出してくる。胸元が丸見えになっていたが、大して無いのが残念だ。別に悪気はないぞ。でも、態勢からして男の本性でつい目線を下げてしまうよね。
約束してしまったとはいえ、まずはどうするべきか。とりあえずRPGに例えてみよう。ボスを倒すにはまずボスの特徴を知ることが大切だ。敵を知るというのはゲームに限らずとも常套だからな。
「とりあえず、瑞稀が張り合っている丸山先輩とやらについて詳しく知りたい。文芸部にお邪魔することはできるか」
「もちろんです。なんなら、そのまま入ってくれてもいいんですよ」
「いや、入部はやめておく。ガクドルズが追えなくなるからな」
「そうですか」
瑞稀はがっくりと肩を落とす。よほど人員不足なのだろうか。文芸部って人気が集中する高根の花というイメージは無いもんな。日常系アニメでよくある「廃部寸前の部活動を救う」物語の題材にされていそうだ。俺の勝手なイメージだから本気にしないでくれ。
ともあれ、明日は瑞稀と一緒に文芸部を見学に行くことになった。なんか、俺ガイルみたいなことをやっている心地だが、あいにく宇迦高校に奉仕部は存在しない。