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瑞稀、自作小説を晒す

 結局、瑞稀がやけに機嫌がいい謎が残ったまま放課後を迎えた。まっさきに瑞稀の部屋に訪問したいところだが、リビングで待ちぼうけを食らっている。部屋が散らかっているから掃除したい等ではなく、単純に瑞稀当人がまだ帰ってきていないからだ。

 美琴は剣道部、瑞稀は文芸部に入部したため、帰宅部である俺よりも帰るのが遅い。俺も部活動に入ろうとしたが、目ぼしいものがなかったのだ。せめて、アイドル研究会みたいなのがあればな。もちろん、研究するのはAKBとかではなくガクドルズだ。


 手持無沙汰になっていると、洗濯籠を片手に抱えたよーこさんと鉢合わせした。

「どうしたんじゃ、浬。暇ならばパンツを洗うのを手伝ってくれんかの」

「主に美琴に殺されそうだから遠慮しておく」

 洗うどころか触れただけで抹殺されそうだからな。手伝う気はないのに、籠の中からパンツを探すのはやめてもらえませんかね。


「暇ならば美琴や瑞稀みたいに部活動とやらに参加すればいいではないか」

「正論だけど、いまいちビビッとくるものがないんだよな」

 頬杖を突きながらテレビと睨めっこをする。ついつい地方局でやっているアニメの再放送を見てしまうのがオタクの性だ。キテレツ大百科とか何回見たことか。


 時たま入り口の扉を確認しているのを察知されたのだろう。よーこさんは意地悪く横やりを入れてきた。

「どうやら誰かを待っておるようじゃの。美琴かの」

「残念、瑞稀でした」

「珍しい組み合わせじゃ。瑞稀は大抵一人で本を読んでおるから、あまり他人と一緒にいるところを目にしたことがない」

 当人の前で発言したら失礼すぎることをのたまっている。別に彼女はぼっちというわけではなく、学校では小野塚さんという友達がいるんだけどな。美琴とも普通に話しているし。


 さらりと瑞稀と待ち合わせしていると明かしたのだが、よーこさんは面白そうに顔を近づけてきた。

「前は美琴と仲良くなったとか言うておったが、今度は瑞稀と仲良くなるつもりかの。うちとしてはどっちでもええぞ。彼女らが本気で浬と付き合いたいというなら、うちも本気を出すまでじゃ」

「そ、そんなんじゃないからな、多分」

 俺は咄嗟に首筋の傷跡を隠す。よーこさんは余裕綽々とパンツを振り回しながら階段を上がっていった。振り回されているパンツはもしかして瑞稀の所持品か。邪推はやめておこう。


 コロ助が「はじめてのチュー」を歌っている頃、台所の扉が開かれた。通学かばんを脇に抱えながら瑞稀が顔を出す。

「浬さん、もう帰っていたんですか」

「残業なしで直帰だから早いだろ」

「部活動を残業と言うのはどうかと思います。さっそくですが、私の部屋に来てもらえますか」

 言い終わらないうちに階段を駆け上がっていく。帰ってきたばかりなのに元気だなと年寄り臭い感想を漏らしながら俺も後に続く。道中、よーこさんが巨人の星の明子姉ちゃんの真似をしていたが無視しておいた。油断していると壁をすり抜けてきそうだが、瑞稀には自身が妖怪だということは秘密にしておきたいみたいなので妙なことはしてこないだろう。


 瑞稀の部屋に入り、真っ先に注視したのは押入れだ。中にオタクグッズが詰められていると把握しているからな。隠し立てしても無駄だと観念したのか、瑞稀はさっそく御開帳した。

「さっそく今クールのアニメのグッズがあるじゃないか」

「『異世界で虐げられた俺はしいたけ食べて成り上がる』のヒロイン、ルフィアちゃんのキーホルダーです。あのアニメ、しいたけを食べるとチートになるというのが古臭くも斬新ですよね」

「異世界にしいたけがあるのが謎だけどな」

 冒頭でしいたけを食べて食中毒で死んだ主人公が異世界で転生を果たす。なんだかんだひどい目に遭うけど、すべてしいたけを食べて解決するというギャグだかシリアスだか分からない異世界ファンタジーだ。第一話でヒロインのルフィアが凌辱寸前の惨事に見舞われたのが話題になっていたな。


 この作品をチェックしている辺り、やはり異世界ファンタジー好きということか。俺としては魔法少女たちがバンドをやる「マジカルバンドリーダーズ」を推しておく。瑞稀も「あのアニメ、ヒロインがみんな可愛いですよね」と同意してくれた。


 マジバン(マジカルバンドリーダーズの略)でどのメンバーが好きかという論議で一時間ほど潰れそうだったが、階段を昇ってくる音で仕切り直しとなった。おそらく、美琴が部活動を終えて帰ってきたのだろう。


 あやうくオタ話をしただけでよーこさんから夕飯の知らせを受けるところであった。話が脱線してしまうのはオタクの性だからな。威張ることではないが。

「俺を部屋に呼んだのには理由があるんだろ。一体どんな用件なんだ」

 みんなの前では話しにくいことかな。よもや、妖怪絡みの案件だったりして。それはないか。


 瑞稀は迷うように勉強机の引き出しを開けたり閉めたりしている。中にタイムマシンを隠しているわけないよな。出来心でのぞき込もうとしたら、さっと完全に閉められた。おまけに上目遣いで睨まれている。急いては事を仕損じるというし、瑞稀のペースに任せるか。俺は素直に数歩後退する。


 離脱したのを確認し、瑞稀は再び引き出しを御開帳する。そして俺の前に差し出したのは大量の紙の束だった。

 それも、ただの紙束ではない。一枚目を一瞥したが、ぎっしりと文字が書きこまれていた。普段ラノベを読んでいるおかげで多少活字に親和はあるものの、滅多に本を読まない人だったら眩暈がしただろう。まさか、百枚近い紙束すべてに文字がびっしりと書かれているのか。


「瑞稀、そいつが用件なのか。文字ばかりが書かれている紙がどうしたというんだ」

「まずは読んでみてくれませんか」

 頭を下げながら、俺に紙束を贈呈してくる。畏まった様相のせいか、卒業証書授与みたいになってしまった。


 漫画や絵画なら流し見することができるが、文字だとそうはいかない。素直に一行目から黙読する。えっと、「転生の龍人アギトと不死の姫君フィオナ」か。瞬間、俺は即座に反応した。

「ラノベ?」

「わ、悪いですか!? とにかく読んでみてください」

 ゴブえもんを羽交い絞めにしながら瑞稀がワタワタと催促する。こんなタイトルの話は聞いたことがない。むしろ、流れからすると聞いたことがあるタイトルだったらまずいだろう。一行目から「転生したらスライムだった件」とか書かれていたら即座に投げ捨てるところだったぞ。


 物語はごく普通の高校生神原明人かんばらあきとがトラック事故に巻き込まれるところから始まる。いきなり主人公が死亡して物語終了。なんてわけはなく、龍の巫女だという女神の計らいで龍の力を宿した龍人として異世界に蘇る。

 龍の力はすさまじく、冒険者が取り逃がした上級モンスターオークロードをたった一撃で瞬殺してしまう。けれども、大きすぎる力には代償がつきもので、攻撃魔法を放った反動で明人は失神してしまう。


 そんな彼を救ったのはメインヒロインであろうフィオナという少女。彼女には「不死の秘術」というチート回復魔法が備わっており、明人も彼女の力によって即座に回復を果たす。どうやらフィオナはチート魔法を付け狙う帝国から逃亡してきたようで、命を助けてもらったお礼として明人ことアギト(日本人名では都合が悪いから偽名を名乗っているみたいだ)は彼女の逃亡を援助することになる。


 ラノベらしい読みやすい文体で、矢継ぎ早に山場がやってくるものだからページをめくる手を止めることができない。アギトとフィオナが逃避行に出ることを決意する場面で、「あの、どうでしょうか」という瑞稀の声により現実に引き戻された。


「ごめん、つい夢中になっちまった。けっこう面白いな。主人公の能力は使うと反動で満身創痍になるから、ヒロインの治療魔法で治そうって魂胆だろ」

「そうです。さすがは浬さん、目の付け所が違いますね」

 あらかじめあらすじを渡されていたら一発で分かっただろうな。物語の出来は上々として、まずはっきりさせておきたいのは、

「オリジナル小説みたいだけど、もしかして瑞稀が書いたのか」

 ゴブえもんが窒息死してしまう。そんな危惧を抱かざるを得ないほど強く握りしめられていた。

「ち、違うといったら、どうしますか」

「目が泳いでいる時点で嘘ですよね」

 瑞稀はゴブえもんの頭部に顔をうずめた。とりあえず、ゴブえもんを虐待するのはやめようね。


 すっかりクタクタになったゴブえもんを小脇に置くと、瑞稀は改まって居座った。

「これまであまり公にしたことはなかったのですが、私から誘ったことですものね。正直に言います。その小説は私が執筆してネット上で公開しているものです」

「うん、なんとなく察した。って、公開しているのか!?」

 最後の最後に爆弾をぶつけてきやがったぞ。もしも、公開している部分すべてを印刷して渡してきたのなら、相当な文字数を書き上げていることになる。


アイデアに詰まっているからって瑞稀の小説のネタをパクっちゃダメだぞ(誰もパクらねえよ)

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