浬、葛葉を論破する
意図せずよーこさんが俺に拘る理由が明かされたが、「めでたし、めでたし」と風呂敷をたたむには早かった。葛葉がなれなれしくよーこさんの肩に手を置いたのだ。
「そなたがここにいる人間共とどのような交流を持ったかは知らぬ。しかし、薄々感じているのではないか。人間と妖怪とでは分かりあうことはない。共存など無理だと」
「昔から変わらんの、葛葉。人間はそう悪いものではない。毛嫌いせんでもいいではないか」
「どうかな。現に、わたくしは見知らぬ陰陽師の女から問答無用で襲われました」
「反論の余地も認めず先走ったのは謝ろう。でも、あれは浬が襲われていると思ったからなんだ。別に無差別に祓おうなんて思ってはいない」
美琴の乱入が話をややこしくした面もあるので、彼女が素直に謝罪したことはプラスに働くはずだ。
だが、葛葉は意固地になっていた。
「思い起こしてみなさい。人間とは異なる価値観を持つ存在を許容しない生き物です。妖怪だというだけで蔑まれ、罵倒され、果ては迫害されたのではないですか」
「おい、好き勝手言ってくれるじゃないか。誰がそんなひどいことをするかよ」
「どうでしょうか。所詮は妖怪だとよーこのことを突き放したことはない。本当にそう言い切れますか」
常に笑顔を浮かべていた葛葉がほんの一瞬ではあるが険しい顔をしたように映った。そして、詰め寄られた俺は首を縦に振ることができなかった。
よーこさんに非がないとは言い切れないが、傍若無人な振る舞いに「人間の真似事をしていても所詮は妖怪だ」と辟易したことがある。人智を超えた化け物相手に、対等に接しろといっても無理なものは無理なのだ。
言い返せないでいると、有頂天になったのか葛葉がたたみかける。
「言及するまでもなく明白のようですね。やはり、人間は下賤で野蛮な生き物です。真剣に付き合う価値などないと認めたらどうです」
化け物のくせにこちらを格下だと信じて疑わない態度。そんな横柄さを前に、俺はふと過去の記憶をフラッシュバックしていた。
俺がどんなにガクドルズが素晴らしいかを説いても、「所詮はアニメだろ」と存外にするやつが少なからずいた。無視するだけなら可愛いほうだ。嘲笑のネタにして、作品自体を貶す輩も存在したのだ。
あの時に受けた屈辱。それと似たような感情を抱いている。別にガクドルズについて卑下されたわけでもないのに不思議なものだ。けれども、一旦口を開くととめどなく反逆の言葉が流れ出てきた。
「さっきから人間が矮小だとか好き勝手言ってくれるじゃないか。俺はまだ十五年しか生きてないけど、人間は嫌な奴ばかりじゃないってはっきり分かるぞ。なのに、千年も生きてきてどうして単純な結論にしか行き着かないんだよ。
よーこさんのことにしたってそうだ。妖怪のくせに人間に興味がありすぎる変わり者? 別にいいじゃないか。好きなものは好きなんだ。他人からどうこう指図されるいわれはない。他人の趣味に勝手にいちゃもんつけてんじゃねえ!」
「勝手なことを言ってくれますね。常軌を逸した趣味嗜好は糾弾の対象となりえます。人間が連綿と受け継いできた理に則って指摘しているのではありませんか」
「小難しい単語で理論武装してんじゃねえぞ。これだけは言っておく。俺は夢中になっているものを笑う奴が大嫌いなんだ。特に、上っ面だけで『最低だ』って決めつけるお前みたいな奴がな」
神の御前でも構わず唾を吐き捨てようかと思ったがさすがに堪えた。ガクドルズの聖地に唾液を垂らすなんてオタクの風上にも置けないからな。
正直、とんでもないことをしているという実感はあった。相手は人智を超えた術を使う妖怪だ。逆上して火炎放射を浴びせられたらひとたまりもない。ただ、自分でも異様なほど気分が高揚していると実感していた。
そして、葛葉の表情は変わらないが、眉が過敏に動いている。よもや、押し切れるのか。追い打ちとばかりに、俺の隣によーこさんが並んだ。葛葉の口から「ほう」という小さなため息が漏れる。
「葛葉よ。正直、人間についてはまだ分からんことばかりじゃ。よかれと思ってやったことが裏目に出ることなど山ほどある。どうしたら人間と仲良くできるかなんぞ正直分からん。
じゃが、だからこそ面白いと思うておる。確かに、妖怪からしたら人間について懸命に研究するのはおかしいじゃろな。でも、研究する価値はあるぞ。少なくとも、どうやったら浬の心がつかめるかは一生をかけてでも解き明かしてやるつもりじゃ」
迷いなく堂々と主張するよーこさん。彼女の助力はこの局面ではありがたい。ただ、一抹の不安は拭いきれなかった。俺たちが声高に叫んでいる間、不気味なほどに葛葉は沈黙を貫いていたからだ。
動きがあったのはよーこさんが口を閉じてから一分が経とうとした頃だった。笑いを堪えるように葛葉は肩を上下させる。そして、おもむろに俺へと肉薄してきたのだ。よーこさんが横入りしようとしたものの、彼の動きを捉えることはできない。無論、俺も為すすべなく追い詰められていく。すがるように木を背にしていると、葛葉は幹を手のひらで叩いた。これが噂の壁ドンか。男からされるとは思わなかった。
「初めてですよ。人間と論争するとは。いや、人間とまともに会話すること自体いつ以来でしょう。散々会話しておいて今更ではありますがね」
「そ、そうですか」
至近距離から眺めると意外とイケメンだった。断っておくまでもないが俺に同性愛の趣味はないからな。
「たいていの人間はわたくしの本性を知るや迫害せんとしましたからね。勝手に恐れおののいたとでもいいましょうか。しかし、あなたは違いました。わたくしの真の姿を目の当たりにしてもなお説教してくるとは。やれやれ、人間にもあなたのような面白い輩がいるようですね。わたくしも勉強不足でした」
「はあ」
妖怪から面白いと言われて複雑な気分だ。ずるりと体操座りをするように葛葉の壁ドンから逃れる。すると、葛葉は狐の耳と尻尾を収納し、元の人間の姿に戻った。
そして、何事もなかったかのように背を向けて歩き出す。
「今回はその人間。なんといいましたかね」
「浬だ」
「そう、浬くんに免じて手を引きましょう。ただ、これだけは言っておきます。わたくしども妖狐と生半可な気持ちで関わるのなら即刻おやめなさい。中途半端に関わったばかりに双方不幸になった事例はいくらでもありますからね」
それだけ言い残すと、どこからともなく突風が吹き荒れた。砂埃を巻き込んだせいで、俺たちは咄嗟に顔を覆う。ようやく風がやんだ時には葛葉の姿はどこにもなかった。




