浬、謎の神主から忠告を受ける
「彼女は風変りだともっぱらの噂になっておりましてね。なんでも、人間に興味がありすぎるとか」
「人懐っこいってことか」
人間が好きな人間はあまり聞かないな。他人との垣根があってないようなものだというのなら納得できる。初対面の人間に全裸を平気で晒すなんて、人見知りだったら絶対に無理な所業だ。人懐っこくてもできるようなことじゃないけどな。
「いいえ。そうですね、俗世の言葉で言いますと、人間オタクというやつでしょうか」
素っ頓狂な単語が出てきたことで、俺は口を半開きにして固まる。え? なんじゃそりゃ。
「とある事象に熱狂してやまない人物のことをオタクと言うのでしょう。ならば、人間のことを知りたくてたまらないのであれば人間オタク。間違ってはいないと思います」
堂々と理論をぶつけられ、俺はぐうの音も出なくなる。確かに間違ってはいないと思うけどさ。でも、人間を対象としてオタクというのはどうなのよ。
「わたくしとしましても、どうして人間に拘泥するのか理解に苦しみます。しかし、彼女はどうにかして人間に好かれようと常日頃から勉強しておりました」
「その結果があれか」
よーこさんの言動を回想してゲンナリする。一体いかなる勉強をしたら、あんな行動に結びつくのか。
「他によーこさんについて知っていることはありませんか」
「そうですね。彼女はわたくし共の中でも新参者ですから、詳しくは知らないのです。しかし、変わり者として有名ではありますね」
新参者とか言っていたけど、与り知らないところで組織に入っていたのだろうか。その繋がりだというのなら、得体の知らない男が知り合いだと主張しても納得はできる。
よーこさんに謎の知り合いがいたというのは分かったが、彼女が変人という以上の情報は得られそうにない。いい加減、彼女を探しに行かないと約束の時間になってしまう。俺は逃げるように神社の階段に足を乗せようとする。
「おっと、少年よ。わたくしも聞きたいことがあるのです。そちらから一方的に質問を受け付けたのですから、こちらからの質問にも答えるのが道義というものでしょう」
葛葉は静止を求めるように手のひらを広げる。口頭での呼びかけに肉体の運動を停止させる力はないはずだ。なのに、俺は中途半端に足を踏み出したまま動けなくなっている。それどころか、不可視の糸で操られているかのように体が反転していく。抵抗を試みようと軸足に力を入れてみるが無駄なあがきだった。俺が焦燥で顔をゆがめているのに、葛葉は相も変わらずの笑顔だ。もはや仮面を被っているのではないかと訝しみたくなる。
「あなたはなぜよーこという名の女性に執着するのですか」
「執着だって。勘違いしちゃ困るな。俺はあいつを探しているだけだ」
「どうして探す必要があるのです。赤の他人であれば行方不明になったとしても取り立てて騒ぎませんよね。探すということはあなたとよーことの間で何らかの関係性が発生している。そう推論するのが妥当というものです」
表情は変わらないのに、声音は一音階低かった。戦々恐々とするような醜い顔をしてくれたならどんなによかったか。笑顔で末恐ろしいことを語られると、下手に怖い顔をされるよりよほど迫力がある。
俺が答えずにいると、葛葉は腕をクロスさせる。
「新参者とはいえ、わたくしどもの同胞です。もし、いたずらで彼女と関わっているというのであれば早々に縁を切りなさい。人間如きと関わってもろくなことにはならない。そのことをいい加減理解させる必要があるのです」
「どんな関係って、俺が住んでいる寮の管理人ってだけだ。それがどうしたってんだ」
「そうでしょうか。もっと深い関係ではないのですか」
管理人以上の関係になんてなっていない。なっていないはずだぞ。多分、おそらく。露骨なほどに俺は身震いしてみせる。びびらせてしまったかと少しでも罪悪感を持ってもらえればめっけもんだったが、そうはうまく事は運ばないようだ。
葛葉は俺とは対照的に堂々と歩み寄ってくる。警察を呼んだほうがいいだろうか。しかし、指が強張っているようでポケットに忍ばせてある携帯電話をうまくつかめない。
「援軍を呼ぶつもりですが、そうはいきませんよ。まあ、呼ばれたところで、人間如きに後れをとるつもりはありませんが。下手なことは考えずに、素直に問いに答えればいいのです」
声音は優しそうだが、内容はどう考えても脅迫だ。いっそのこと、階段へと身を投げ出してしまおうか。このまま留まっていても、階段落ちで実害を被っても大差が無さそうだ。
切羽詰まり、生唾を飲み込む。下手をしなくても走馬燈がよぎりそうになったとき、救世主は突然現れた。
「そこまでだ、妖怪!」
階段を全力疾走で上がってきたのだろう。肩で呼吸をしながらも声を荒げていた。二本指には護符が挟まれている。
突然の乱入者にも葛葉は表情を変えることはない。変化があるとしたらぴたりとその場で停止したぐらいか。
そして、俺としては突然第三者が介入したことにはもちろん、正体にもまた驚愕していた。現代では場違いな札を持っている時点である程度は予想できたわけだが。
「美琴。どうしてここが分かったんだ」
「よーこさんを探してあちこち走り回っていたところ、この神社からとんでもない妖力を感じたんだ。陰陽師として看過できないほどの」
「なるほど、妖力な。って、妖力!?」
場違いな護符の次は場違いな単語が飛び出してきた。彼女が妖力なんて言葉を使うということは、妖怪が近くにいるということだよな。俺や美琴は除外されるとして、残るは……。