表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/246

浬、服を強奪される

「まったく、あの妖怪にも困ったものだ」

 ようやく着替え終わった美琴が憤慨しながら俺の横に立った。自分勝手といえば自分勝手だ。エロコス事件はほぼ彼女の自作自演だったわけだし。

 このまま放っておいて帰ろうか。よーこさんに呪いを解いてもらうという当初の目的はまた別の形で果たせばいい。俺は美琴と連れ立って店を出ようとする。


 しかし、店員が先回りして通せんぼした。怪訝な顔をしていると、

「お客様。そちらのシャツはお買い上げということでよろしいでしょうか。そうでしたらお支払いを済ませてもらわないと困ります」

 そう指摘されて思い知った。俺はあることを失念していたと。


 美琴が着ている服にばかり注視していたせいで、俺自身がこの店で販売しているペアルックシャツを着たままだったのだ。悪気はなかったが、うっかり万引きするところであった。買うにせよ買わないにせよ、元の服に着替えないと。俺は更衣室へととんぼ返りする。


 そして、とんでもない事態が発覚した。

「俺の服がない」

 この店に入るときに着ていたシャツがきれいさっぱりなくなっているのだ。他の更衣室も探してみるが、わずかな痕跡すらも残されていなかった。


 冗談だと言ってくれ。俺は人目も憚らず愕然と四つん這いになる。あのシャツを盗むなんて、とんでもない罰当たり野郎だ。行き場のない怒りを少しでも発散しようと俺は床を何度も叩く。

「浬、もしかして服を盗まれたのか。男の上着を盗むなんてよほどマニアックな泥棒がいたもんだ。でも、被害が少なくて助かったじゃないか。代わりの上着ならいくらでもあるし」

「いや、あのシャツは唯一無二。代替品なんて存在しない」

「まさか、数量限定のプレミア品だったとか」

 当たらずとも遠からずだな。俺のほかにあのシャツに目をつけるものがいたなんて、むしろ感服するぐらいだ。なんて、泥棒に敬意を込める必要性はない。盗難被害に遭ったのは、

「ガクドルズのプリントシャツ。コミケで限定販売されて転売されたのをヤフオクで落とした俺の至高の逸品だ」

 本来ならばコミケの会場で買いたかったのだが、親が上京を許してくれなかったし、こっそり出かける資金力もなかったからな。中学生が自由に使えるお金では往復の電車賃が払えるかどうかすら怪しい。


 ペアルックシャツを試着するために仕方なく脱いでいたのだが、よもやならず者の魔の手に晒されるとは。くそう、犯人は何者なんだ。俺はせわしなく店内をうろうろしていたが、ある可能性に思い至った。

「もしかしなくてもよーこさんの仕業じゃないか」

 俺の上着を盗む動機がある人物なんて彼女以外に考えられない。店の外にまっしぐらに逃げて行ったかと思いきや、どさくさに紛れて俺の服を強奪するなんて。


 無視してしばらく頭を冷やさせてもよかったけど、あれを奪われたのなら話は別だ。

「店員さん。この服、買わせてもらいます」

「かしこまりました」

 満面の笑みで店員は頭を下げる。作戦にあたっては美琴と一緒にペアルックシャツを買う予定だったから、この出費は痛くない。それに、犯人を追跡するなら、上半身裸で駆け回るわけにもいくまい。


 服の裾をきちんと伸ばすと、俺は改めて美琴へと向き直る。ものすごい威圧を発していたのか、美琴が後ずさるぐらいだった。

「美琴、よーこさんを探しに行くぞ。きちんとお灸を据えないといけないみたいだからな」

「そういうことなら同意だ。なんなら、瑞稀にも協力してもらおう。人探しをするなら人員は多いほうがいいからな」

 言うが早いか、美琴は瑞稀にラインを送っている。図書館内にいる彼女が反応するかは未知数だが、他に頼れそうな人材はいないからな。


 一時間後に宇迦駅で落ち合うことにして、俺たちはよーこさんの捜索を開始する。しかし、彼女が行きそうなところなんて皆目見当がつかない。警察に「妖怪を探している」なんて尋ねても頭のおかしい人として処理されてしまうし。

 瑞稀だったら本屋、美琴なら甘いものが食べられそうなところと範囲を絞れるけど、よーこさんだとどうなるんだろう。振り返ってみると、彼女についてはまだ知らないことばかりだ。妖怪だということを差し引いても、特徴として思い当たるのが「エロい」だからな。


 そこからすると、高校生が絶対に行ってはいけない、いかがわしいお店が候補に挙がる。俺たちが入店不可能だから籠城すれば絶対に発見できない。老獪な妖怪が考えそうな手だ。本気でやられたら冗談抜きで対処できないぞ。


 でも、そんな作戦は使ってこないと思う。俺のシャツを盗んでいったということは、俺が血眼になって探すというのを想定しているに違いない。ならば、見つけられそうなところに隠れているはずである。


 とりあえず、相手が妖怪だということに絞って探してみるか。俺は人通りが少なそうな通りを選んで進んでいく。アニメで人探しをするときにポリバケツの中を覗くというのはベタだが、俺もまたベタに従っていた。相手は妖怪なのだ。人間だったら隠れられそうもないところに隠れているかもしれない。まあ、ごみ袋の中を覗いたところで臭い残飯しか出てこないけど。やっていることがねずみ男と変わらなくて情けなくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=342233641&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ