よーこさん、種明かしをする
その途端、美琴がけたたましい悲鳴を発した。店員もまた、「お客様、どうしてその商品を着ていらっしゃるのですか」と本気で驚いている。自分で勧めたんじゃないのかよ。
更衣室のカーテンにくるまり、震える美琴。声をかけようとしても、俺自身困惑していて言葉が出ない。唯一、よーこさんだけがケタケタと笑っていた。
「どうなってるんだよ! 俺だけが幻覚を見ているんじゃないのか」
「正確にはぬしだけが見ているのではないのじゃ。むしろ、美琴と店員が最も餌食になっておるのう」
つまり、美琴と店員のほうが幻覚に惑わされていたということだ。眉をひそめていると、よーこさんは堂々と解説を始める。
「あの二人には助平な服が浬の着ている服と同じように見える妖術がかかっておったのじゃ。だから、ペアルックとやらを着ていると思っていても、実際は助平な服を着ていたというわけじゃ」
「じゃあ、店員は最初からエロい服を美琴に勧めていたわけか。でも、そうだとしたら俺が着替える前に気づかないとおかしいぞ」
最初からチャイナ服とかボンテージ衣装とかを用意していたのなら、幻覚にかかっていない俺が真っ先に指摘できるはず。でも、美琴に手渡されるまではちゃんとペアルックシャツのままだった。更衣室で別の服に取り換えたなんて、高度すぎる手品を仕掛けてはいないよな。
訝しんでいると、よーこさんはしたり顔で答えた。
「簡単なことじゃ。店員から浬に服が渡される間、浬にも幻術がかかっておったのだ。そして、浬が着替えているときに幻覚を解けば、浬だけが元の助平服が見えているという状況のできあがりじゃ」
功名すぎるというかなんというか。あまりの手腕に俺は頭を抱える。
ただ、やられっぱなしではいられない。俺はとある可能性に思い至った。俺たち以外の悪意ある第三者が妖術を用いたと考えていた。しかし、よーこさん以外の妖怪が潜んでいるのなら陰陽師を謳う美琴が反応を示すはずだ。
なのに、美琴はあっさりと妖術に騙された。ついでに言うなら、俺にだけ本来の服が見えるようにするなんて面倒くさい術を使う理由が分からない。
ただし、この妖術を使った真犯人であれば話は別だ。そして、真犯人はこうも自白していたではないか。「相手の認識を惑わせて任意の恰好をしていると錯覚させる妖術はある」と。
俺は両頬を思い切り叩く。気付けを施したことで、いくらか落ち着くことができた。そして、しっかりと犯人を指さす。
「一体どういうつもりだよ。こんな手の込んだ術を使いやがって。全部お前の仕業だろ、よーこさん」
悪事を暴かれて戦々恐々とする。と、思われたのだが、当人は飄々としていた。一瞬すらも動揺しないところからすると、俺の指摘を迎合していた節すらある。
第三者の仕業と考えるよりも、同行している性悪妖狐の所業としたほうが色々と辻褄が合うのだ。そして、問題は実行犯が誰かではない。どうしてこんなことをしたかという動機だ。
「よーこさんの仕業だって。この私がすぐ近くにいる犯人に気づかないとは不覚」
相変わらず更衣室に隠れながら美琴が頭を押さえる。とっとと着替えればいいものの、美琴が元々着ていた服は別の更衣室にあるらしい。移動しようにも、ボンテージ衣装を晒すのには抵抗があるから籠るしかないというジレンマに陥っているようだ。
推理ドラマのラストシーンを再現しているかのようによーこさんは不気味な笑みを浮かべる。おとなしい瑞稀がやっていたらかなりの迫力だったが、普段から黒いよーこさんでも十分に圧倒される。
「ぬしらが陰でこそこそやっておるのはとうの昔に感づいておったわ。うちをなめるでないぞ。女の感とやらは十数年生きた小娘よりも鋭いと自負しておる」
「こいつ、さらりとロリババアだと自慢しやがったな」
よーこさんはロリじゃないからただのババアになるのか。ババアという外見でもないし、老獪とか言っておいたほうがしっくりくる。なんて、話の腰を折って反撃しようとしたが通じなかったようだ。
「うちの寮に入ってきたばかりのころは喧嘩ばかりしておったぬしらが、突然仲良くしておる。うちでなくとも妙だと思うじゃろ。しかも、ここぞとばかりにうちに仲の良さを強調しておる。ならば、うちにしてほしいことがあると考えるのが道理」
顎をさすりながらも推理を述べる。図星なことをつらつらと並べられ、俺は卒倒しそうになる。この妖狐、アホなのか天才なのかよう分からん。
「浬がうちにしてほしいことと言えば、大方うちがぬしにかけた契りを解いてほしいじゃろ。だから、美琴を彼女にしたと思わせることにした。そんな単純な手にかかるほどうちは耄碌しておらんわ」
決定的な事項を言い当てられ、俺は喉が締め付けられそうになる。俺の頭の中でも覗いているのかよ。妖怪だから実際にやっていそうで怖い。
「ぬしよ。うちが頭の中を見ているとでも思っているようじゃが、残念ながらそんな妖術は使えん。ただ、このくらい推理するのは難しくない」
ついに俺は陳列してあった商品にぶつかる。速攻魔法バーサーカーソウルを付与されたモンスターからタコ殴りにされているインセクター羽蛾みたいな気分だ。
一方的な虐殺を受けて片膝をつきそうになるが、このまま黙ってはいられない。堂々と胸を張るよーこさんに俺は眼光を注いだ。
「よーこさんの推理通りだ。俺は早山奈織と結ばれる。そのためには首にある変な印は邪魔なんだよ。だから、美琴と一時的に結ばれた振りをして呪いを解こうとした」
「思った通りじゃ。そんな薄っぺらな動機では認めるわけにはいくまいのう。精進が足らんわ」
カッカッカッと印籠を渡した気分に浸っているよーこさん。そうだ。俺にも否はある。俺のわがままのために、美琴に不本意な思いをさせてしまったからな。
でも、全面的に俺が悪いわけじゃない。俺は精いっぱい背を伸ばし、よーこさんを見下そうとする。「見越し入道のつもりかの」と笑い飛ばすよーこさんに、俺は喝を浴びせた。
「だけれど、よーこさんだってやりすぎじゃないのか。美琴にあんな恥ずかしい思いをさせるなんて。やり方ならいくらでもあっただろ。やっぱり妖怪は所詮妖怪なのかよ」
愉悦の真っただ中にいたよーこさんだったが、俺の最期のセリフには明らかな反応を示した。町中に居るので狐の耳と尻尾は隠匿されている。けれども、ほんの一瞬ではあるが隠されていたはずの器官が現出したのだ。わなわなと拳を握りしめ、ゆっくりと振り上げる。
「なんじゃよう分からんのじゃ」
唐突に発せられたのは俺としてもよう分からん言葉であった。拳による一撃をもらうかと覚悟したが、結局暴力に及ぶことはなかった。
「ぬしと美琴が仲ようしておると、どうにも胸がチクりとするのじゃ。ぬしの企みを看破できたのも、どうしてこうなるんじゃろと必死で考えたからじゃろうな。じゃが、どうしても理解できん。浬と美琴が仲良くなるのは管理人としてはいいことのはず。けれども、どうして許せないのじゃ。
こうもやるせない気持ちになったのなら、どこかにぶつけんと収まらん。じゃが、浬にぶつけるわけにもいくまい。どうしたもんかと苦悩しとったら、ちょうどおあつらえ向きの状況になったのじゃ。じゃから思いついた策をぶつけた。ただそれだけじゃ」
「その話が本当なら私はあんたの八つ当たりを受けただけではないか。とんだはた迷惑の野郎だ。やはり始末するしかないな」
美琴は右手で複雑怪奇な文様を描く。俺は陰陽師の心得があるわけではないが、過去に美琴が術を使った瞬間に立ち会ったからなんとなく理解できる。あれは妖怪を討伐する際に結ぶ印だ。
もちろん、討伐に使うための札がないから術は発動しない。しかし、よーこさんへの牽制へは十分だった。そして、俺が一顧だにせず美琴のもとへ歩み寄った瞬間、店のドアが勢いよく開け放たれた。
俺たちが言葉を発するよりも早く、よーこさんは虚空の彼方へ消えていた。