美琴、更に妙な服を着る
「お客様、ペアルックをお探しでしたら、こちらもお試しになってはいかがでしょうか」
店員が別のTシャツを持ってきた。白に星マークが入ったシンプルなデザイン。そいつが間違いなく二枚ある。俺はまだ耄碌していないからな。Tシャツとドレスを間違えるほど老いぼれてはいないぜ。
俺が一分足らずで着替え終わったが、美琴はまたもや異常なほど時間がかかっている。確実にシャツを手渡されていたはずなのに、どうしてカップラーメンができそうなほど待たされなくてはならないのか。
やがて出てきた美琴はまたもや危うい恰好をしていた。さっきは上半身が大ピンチだったが、今度は下半身が大ピンチだ。堂々と歩いているが、足を踏み出すたびにしなやかな太ももが強調される。それ以上に危ういのが股だ。もはやスカートとしての役割を果たしていないほど短い「裾」のせいで見えてはいけないものが見えそうになっている。
俺が「裾」と表現したのはさっきのドレスと同じく上着と一続きになっているからだ。紅で龍の鱗のような模様が刻まれ、艶めかしく切れ込みまで入っている。こんな衣装、格闘ゲームの中国人女性ファイターぐらいでしかお目にかかったことがないぞ。
俺の目がおかしくなったというのを認めたくなくてうだうだと描写を続けたが、腹をくくってはっきりとぶっちゃけよう。美琴が着ているのはどう見てもチャイナドレスなのだ。
連続してエロい服装を着ているのに、どうして美琴は動じていないんだ。いや、これもまたよーこさんが言うように妖術にやられているのか。ならば、俺以外はきちんとペアルックを着ているように映っているはず。でも、いくら目をこすっても相変わらずエロコスのままだ。
「どうだ、浬。こいつもなかなかいいと思うぞ」
勢いよく一回転したせいで裾が舞い上がりそうになる。スカートの長さが短くなったという感覚すらないのか。それで感想を求められているんだよな。一言で言うのならば、
「エロい」
「エロい? ごく一般的なシャツのはずだぞ」
「間違えた。エモいだ、エモい」
「私の友達がたまに言ってるな。まあ、悪くはないってことか。っていうか、褒めるなら素直に褒めなさいよ」
調子に乗って俺の背中を叩く。エモいって元は感動したという意味らしいが、眼福な恰好を拝めているので間違ってはいないだろう。
自分がとんでもない姿になっているとは思いもよらず、無意識に際どいポーズを披露する美琴。対して俺は必死で鼻を押さえる。生臭い濁流が迫ってきているのだ。いかんいかん、紅の奔流を噴出するところだった。
それにしても、どうしても言っておきたいことがある。
「この店、どう考えてもおかしいだろ。どうしてこんなエロコスがあるんだよ」
スパンコールドレスはまだ許容できるとして、チャイナドレスなんか置いても需要ないだろ。
それとも、妖術とやらで俺の目がおかしくなっているだけなのか。そうだよな。変哲のない町の一角の服屋に際どい衣装なんて陳列されているわけないよな。
そう自分に言い聞かせていると、店員がまた新たなペアルックを用意してきた。どんだけペアルックを推しているんだ。でも、さすがにチャイナドレス以上にエロい服は出てこないだろう。観念して着替えを済ませる。
甘かった。数分後、俺は前かがみになって項垂れていた。こんなもん、錯覚で済まされるわけがない。上半身と下半身のどちらも大ピンチとかどうすればいいんだよ。顔を上げられないじゃないか。
「大丈夫か、浬。調子が悪そうだぞ」
美琴の頭がおかしいのか、俺の頭がおかしくなったのかもはや判別できない。っていうか、堂々と胸を開きながら手を指し伸ばさないでくれ。なんだ、お仕置きするのか。お仕置きされるなら月に代わってセーラー服でお仕置きされたほうがまだマシだぞ。
俺以外には美琴はペアルックシャツを着ていると認識されているだろうから白状しよう。美琴はセクシーボンテージ衣装を身に着けているのだ。へそが丸出しになっているうえ、胸も申し訳程度にしか隠せていない。追い打ちをかけるように下着がはみ出そうなほどの短パンときたものだ。これは幻覚なんだよな。間違っても十八歳以下に売りつけていいような代物じゃないぞ。
「本当に大丈夫なのか。早めに切り上げて帰ったほうがいいのでは」
心配して寄り添ってくれるのはありがたいが、彼女の素肌がすぐそばにあるというのは逆に毒にしかならない。いっそ半殺しにされるのを覚悟で凝視してやろうか。だが、すぐさま背徳感に襲われて首が重くなってくる。
そのうえ、事態はまずい方向に進もうとしていた。
「すみません。連れの具合が悪いみたいなんで、これのお会計を済ませてもらっていいですか」
あろうことか美琴は現在着ている服を購入しようとしている。まさか、そのまま外を歩くつもりじゃないだろうな。混乱の底に墜落した俺はよーこさんにつかみかかった。
「美琴は本当に大丈夫なんだろうな。俺の身近に逮捕者を出すとかごめんだぞ」
「それは降参と受け取っていいのじゃな。ならば種明かしをしてやるかの」
笑いを堪えているのが気に食わない。俺によって揺さぶられているのに動じず、よーこさんは指を鳴らした。