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浬と美琴、巨大パフェに挑む

 白桃に生クリームをたっぷりつけて口に入れる。甘いと甘いのダブルパンチにくらっと来るが、咀嚼するたびに糖分が口いっぱいに広がってくる。生クリームの缶ジュースなんてものがあったならこんな味がするんだろうな。

 すっぱみがある柑橘類で口直しをしながら生クリームを片づけていく。どうにか表面のクリームを突破できればブルーハワイで口直しができる。底にも生クリームが溜まっているという念の入れようだからな。お腹が膨れるより前に味に飽きてしまわないかが懸念事項だ。


 美琴は早々にギブアップしないか心配だったが、平然と食べ進めている。むしろ、クリームを口に入れるたびにご満悦のようだ。やたらおいしそうに食べているものだから、眺めているだけでお腹が減ってくる。


 どうにか根性でブルーハワイエリアまで到達する。サクサクのチップスもいい味直しになる。すでに一生分ではないにせよ、一年分の生クリームを食べた心地だ。どうにかラストスパートに備えたい。


 このまま難なく完食できる。そう思われたのだが、想定外の事態が発生した。小気味よくスプーンを運んでいた美琴の手が停止してしまったのである。深く息を吐いて椅子によりかかっている。まさかだとは思うが、俺は恐る恐る訊ねてみる。

「美琴、大丈夫か。まだいけるよな」

「いや、思った以上に腹にたまる。こいつは思った以上に強敵よ」

 すでに白旗を掲げているようだ。かくいう俺も腹に強烈な重みを感じていた。大量の生クリームに翻弄されてしまったが、大粒の果物は確実に腹の中を侵食してくる。知らぬ間に腹を手でさすってしまう始末だ。


 普段の食事風景からして、美琴は女子にしては大食らいである。しかし、言葉は悪いが所詮は女子。食べ盛りの男子高校生と比べるとどうしても食欲は劣る。どうにか意地でスプーンを伸ばしているが、戦力にならないと踏まえたほうが妥当だろう。


 パフェの残りは半分を切っているとはいえ、ここからは腹の容量との戦いだ。こうなりゃ、今日の夕食が食べられなくなっても構うまい。俺はしっかりとスプーンを握り、高々と宣言した。

「美琴、無理をする必要はない。残りは俺が食い尽くしてやる」

「そっちこそ無理しなくていいぞ。冗談抜きで腹痛になるかもしれない」

「このくらい食べきらなくちゃ、アイドルの頂点は目指せないよ」

「突然何を言っているんだ」

「花園華がこいつを完食する直前に言ったセリフだ」

 ガクドルズのシーンを再現するかのように、俺は一心不乱にパフェに食らいつく。生クリームとフルーツが再度襲撃してくる。腹の中は糖分の洪水となっているだろう。高校一年生にして糖尿病になるのはごめんだが、それくらいの覚悟がないと完食できそうにない。


 残りはあとわずか。コンビニで売っているパフェぐらいの残量だが、山盛りのどんぶりご飯かと錯覚してしまう。むしろ、炭水化物を食べられるのなら歓迎だ。スプーンを伸ばそうとしてはやめるを繰り返す。

「浬よ。もはや無理ではないか。さっさと諦めるがいい」

 よーこさんがパフェを片づけようと手を差し伸べる。だが、俺はすぐさまその手を掴んだ。彼女が息を呑んだのは俺が鬼気迫った顔をしていたからかもしれない。

「こいつはどうしても食べなくちゃならないんだ。完食することで恋人になるジンクスが発動する。そうすりゃ美琴との仲が証明されるってもんだ」

「ぬしはそこまで美琴を思っておったのか」

 よーこさんは口を半開きにする。俺としてはよほど切羽詰まっていたのであろう。直接魂胆を語ってしまうなんてな。ただ、限界が近いというのは事実だ。油断すると胃の中のパフェが逆流しそうである。


 そして、ついにその時が訪れた。ふとした拍子にスプーンを落とした途端、とんでもない倦怠感に襲われる。腹もはち切れんばかりに膨れている。ここまでなのか。パフェは残り幾ばくも無いというのに。俺は大きく息を吐いて背中を椅子に預ける。不甲斐なさにこぶしを机にたたきつけようとした。


 だが、ここで不思議なことが起こった。パフェが勝手に減っているのだ。俺はスプーンを握っていないし、よーこさんが介入するはずもない。じゃあ、誰の仕業だ。なんてとぼける必要はない。あいつしかいないじゃないか。

「美琴、お前」

「浬にばっかいい恰好はさせられないからね。このくらい食べきってやるわよ」

 彼女もまたとっくの昔に限界を迎えているはずなのに、必死の形相でパフェに食らいついている。そんな姿を前にしていつまでもへばってなどいられない。俺もまた再度スプーンを手にパフェへと挑む。いつしか他の来客すべての視線が俺たちに集中していた。


 そして、ついにその時が訪れた。残されたのは一掬いの生クリーム。美琴はウィンクして微笑む。俺もおどけたかったけど、あいにくそんな余裕はなかった。俺と美琴は同時に生クリームをスプーンに乗せて口に入れる。そして、嚥下するやスプーンを置いた。


 偉業の達成に自然と拍手が沸き起こる。やったぜ。腹の中が生クリームでパンパンだけど、それ以上に言い知れぬ達成感で胸がいっぱいだった。

 美琴が笑みを浮かべながら右手を挙げていた。俺もまた勢いよく右手を挙げ、小気味よい音を響かせてハイタッチを交わした。

「おめでとうございます。まさか、パフェの完食達成者が現れるとは思いませんでした。こちらは記念のコースターです」

 店員はそう言って褒めたたえると、俺たちの前にハート形のコースターを置いた。無駄にハートばかり描かれている意匠で持ち歩くのは正直恥ずかしい。しかし、はにかみながらコースターを握っている美琴を前にすると、自然とほほが緩むのであった。


 その後、美琴が「あなたのコースター、なんか大きくない」とあらぬ難癖をつけてきたので、「そんなわけないだろ」と微笑ましく喧嘩する運びとなった。ただ、達成感で高揚していたせいで俺はまったく感づくことができなかった。何かを悟ったよーこさんがしたり顔をしていたことに。


「どうだ、よーこさん。俺たちにかかればあんなパフェぐらい訳ないんだよ」

「お腹いっぱいで気持ち悪そうにしていたくせにね」

「それはお互い様だろ」

 俺たちが道中でいちゃついていても、よーこさんは終始無言だった。いつもだったら横やりを入れてきてもおかしくないのに、どうしたんだろう。でも、いいや。俺の作戦はいよいよ大詰めを迎えるからな。

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