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浬、聖地を巡る

 和菓子屋からしばらく歩くと俺が作戦とは別に訪れてみたかった場所に到着した。

「ここだ、ここ。マジで実在していたんだ」

「こんなので感動している人初めて見たわよ」

 感慨深く天を仰ぐ俺。対して美琴は片足に体重を預けて諦観していた。


 団地へと続く長い坂道。中央は階段になっているが、それでも一番上まで駆け上がるには骨が折れそうだ。通称、心臓破りの地獄坂。なんてガクドルズ第八話で言っていたけど、本当にそんな呼び方がされているかは定かではない。

 もうくどくどと説明する必要はないだろう。この坂こそガクドルズの聖地のひとつ。大会に向けて華たちがトレーニングをした際、足腰を鍛えるために駆け上がった坂だ。

「急こう配の坂ってアニメとかでよく出てきますけど、実際に見るのは初めてです。君の名は。のラストにも似たような場所が出てきましたよね」

「似ているけど、あの坂とは別物だな。なあ、昇ってみてもいいか」

「ただの坂で興奮できるなんて安上がりよね」

「同意じゃ。人間の感性というものはよう分からん」

 珍しく美琴とよーこさんが意気投合していた。聖地に来たら原作のシーンを再現するのが筋ってもんだろ。確か、「うおりゃああああ」って吠えながら全速力で頂上まで駆け上がっていったはず。


 と、いうことで。再現してみました。結果。

「やべえ、死ぬほど疲れる」

「当たり前でしょ。坂を全力疾走するなんて、私でも骨が折れるわよ」

 過呼吸でグロッキーになっている俺の背中を瑞稀がさすっている。いかん、つい調子に乗りすぎた。足が大爆笑しているぜ。まだまだ聖地はあるのにこんなところでHPを使い果たすとは不覚。


 俺が深呼吸していると、美琴に肩を叩かれた。

「作戦は進んでいるんでしょうね。ここでドロップアウトするとか許さないわよ」

「大丈夫、任せておけって」

 ブイサインをしたが、美琴は眉をひそめるばかりだった。


 ガクドルズ第十話で登場した変な狐の銅像とか、第二話に出てきた鉄塔とかを巡ってきたが、俺のテンションは上がる一方で女性陣たちはダダ下がりだった。あれれ、おかしいぞ。もっと喜んでもいいはずなのに。

 でも、本番はこれからだ。まずは第一段階。瑞稀に一時的にドロップアウトしてもらう。そのために最適な施設に到着する。案の定、彼女がひときわ大きく反応を示した。

「す、すごいです。この町にこんなところがあったなんて」

 歴史を感じさせるレンガ造りの建物。周囲の喧騒からは切り離され、この近辺だけ音が消え去ったような錯覚を起こさせる。


「なるほどね。ここなら瑞稀が夢中になるわけだわ」

 この建物の正体を予め知っている美琴は腰に手を添えて肩を下す。そうだろう。本好きならば間違いなく興味を示す場所。

「どうだ、瑞稀。ここが宇迦市立図書館だ」


 瑞稀を切り離すために、適当な本屋に放り込もうと思っていたが、宇迦市について予習していた時におあつらえ向きすぎる施設を発見したのだ。この図書館は近隣の施設と比べてもひときわ規模が大きく、中に軽食を食べることができるカフェスペースが併設されているぐらいだ。もちろん、蔵書数も半端じゃないほど多く、大抵の調べ物はここで解決できる。


 飛んで火にいる夏の虫というか本の虫になった瑞稀はさっそく貪るように一冊を片手にページを開く。ソファの一角を陣取り、すでに本の世界にダイブしている。俺は普段そんなに熱心に本は読まないが、それでも背表紙を眺めているだけで面白そうな本がたくさんあるなと惹かれてくる。下手したら俺もここで足止めされそうだ。むしろ、このまま滞在していてもいいくらいだが、きちんと作戦を進めないとな。


 すっかり本に夢中になっている瑞稀の体を揺らし、どうにか現実世界へと帰還させる。

「どうだ、気に入ったか、瑞稀」

「もちろんですよ、浬さん。あ、でも、お出かけの最中ですよね。そろそろお暇しないと」

「いや、瑞稀がもっとここに居たいというのなら居てもいいんだぞ。学校の遠足じゃないんだから四人がきちんとそろって行動しなくてはいけないというわけでもないし、各自自由行動でもいいんじゃないかって思うんだ」

「それも一理ありますね」

「だろ。俺も他に見て回りたいところがあるから、三時にこの図書館に集合でどうだ」

 今は丁度正午だから、この三時間のうちに作戦を煮詰めればあとは野となれ山となれだ。瑞稀は後ろ髪をひかれていたようだが、眼前に広がる本の誘惑には勝てなかったようだ。

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