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美琴、おはぎに夢中になる

 陽湖荘のみんなでお出かけしよう作戦だが、名目としては「ガクドルズの聖地巡礼をしたい」で通した。作戦抜きにしても、この町はアニメの舞台となっており、作中にいくつか実在の施設が登場している。宇迦市に来たからにはゆっくりと舞台考察をしてみたいところであった。

「私、ずっとこの町に住んでいるけど、目玉となるところなんてそんなにないわよ」

「別に、スカイツリーみたいなのは期待してないって。ぶらり途中下車の旅みたいな感じでやってくれれば大丈夫だ」

 ドクロベエ様のナレーションがつけば完璧だが、セルフで脳内再生しておこう。


 宇迦市は都内へ電車一本で行ける利便さからベッドタウンとして発達した地方都市だと引っ越した際に市役所からもらったパンフレットで読んだことがある。程よく自然が残されており、かといってど田舎というわけでもなく一通りの商業施設が揃っている。住みよい町ランキングの上位常連になっているのも納得の立地だ。

 まず案内されたのは陽湖荘の近くにある商店街。普段の買い物はここかもう少し先にあるイオンで済ませているので、馴染みのある場所だ。ガクドルズでも一瞬だけこの商店街っぽい風景が映った記憶がある。

「近くにイオンがあるとなるとシャッター通りになっていても不思議ではないのに、けっこう活気があるんですね」

「私が幼稚園ぐらいの時はもっと賑やかだったわよ。お年寄りなんかはイオンよりもここで買い物することが多いらしいわね」

 時代の潮流に逆らって繁栄を続けているとは、なかなかにしぶとい商店街だ。魚屋とか八百屋に呉服店と確かに大型スーパーに行かなくても必要な日用品や食材はここでそろえることができる。

「うちも買い物をするときはここを利用しておるからの」

 よーこさんの言葉を裏付けるように、彼女が手を振ると魚屋のおっちゃんが手を振り返した。真鯛を握っているのは買えという催促だろうか。


「あら、美琴ちゃん、いらっしゃい。今日は見かけない顔がいっぱいね」

「こんにちは、おばちゃん。寮のみんなが町を見たいというから案内しているんです」

 製菓店を通り過ぎようとしたとき、店の前を掃き掃除していたおばちゃんに声をかけられた。ショーウィンドウには饅頭やらみたらしやら多種多様な和菓子が陳列してある。「橘製菓」という店名を見るまでもなく和菓子の販売店というのは丸わかりだ。


「今日もお気に入りを買っていくかい。いっぱい用意してあるわよ」

「本当ですか。ここのおはぎは本当に絶品なんだ。せっかくだから食べていこう」

「美琴ちゃんは昔からおはぎが好きだね」

 おばちゃんは破顔すると店の中へと引っ込んでいく。子供みたいにはしゃぐ美琴。こいつ、本当に甘いものが好きだな。


 しばらくして運ばれてきたのはあんこがたっぷりと塗られたおはぎ餅だ。なんというかでかい。握りこぶしぐらいの大きさがあるし、あんこだけでお腹いっぱいになりそうだ。

 あまりのでかさに俺たちは躊躇しているが、美琴は手が汚れるのもいとわずにむんずとわしづかみにする。そして、色気を完全に無視した大口であんこの外皮にかぶりついたのだ。

 口いっぱいにあんこが占拠しているはずなのに、内部の米粒はまだ覗かない。どんだけあんこをつけてるんだ、これ。ご満悦の美琴は唇についたあんこを舌でぺろりとなめとった。


 無茶苦茶おいしそうにがっつく美琴を見ていると、辛抱たまらなくなってくる。そのうえ、手にあんこがつくのを嫌がっていると想定したためか、おばちゃんが黒文字を添えてきた。和菓子を切るときに使う爪楊枝みたいな道具だ。こんな気遣いされたらいただくほかあるまい。


 小さく餅を切り分け、そっと口に運ぶ。口腔に広がる程よい小豆の甘美。くどさがなく、一度嚥下してしまうとついもう一口と行きたくなる。これは美琴が夢中になるのも納得だ。

「ふむ、美味じゃの。やはり日本古来の和菓子はいいものじゃ」

「本当においしいです。お土産に買っていこうかしら」

「お嬢ちゃん、毎度あり。百万円じゃ」

「ええ!? そんなに高いんですか」

「嘘よ、瑞稀。おばちゃん、大阪じゃないんだから単位を偽らないでください」

「冗談だよ。前に消費税をちょろまかしたぐらいしかやったことないよ」

 いや、それはそれでだめだろ。でも、個人商店だと「消費税ぐらいおまけしたげる」はしょっちゅうやってるのか。いや、偏見だけどな。


 おやつにしたいとよーこさんが申し出たことで、おはぎを購入することにした。会計をしていると、おばちゃんがじっと美琴と俺の間で視線を行き来させている。口の周りにあんこでもついているのか。

「美琴ちゃんもませてきたね。このイケメンさんは彼氏かい」

「え、ええっと」

 不意打ちのパンチを喰らって美琴がたじろぐ。むしろこれは願ったりかなったりの一撃だぞ。

 でも、言葉を続けようとしても、俺もまた頭の中が真っ白になって口を開くことができなかった。不覚にも俺もまた一撃を喰らっていたといっても過言ではない。よーこさんと瑞稀が白い目になっているし。どうにか言葉を絞り出すんだ。


「そ、そうだ。だろ、美琴」

「ええ、まあ」

「あっらー。美琴ちゃんももうそんな年になったのね。孫の顔を見ることができるのも近いわね」

 あんたは美琴の祖母じゃないだろ。しかも、孫が切り札となったのか、美琴は赤面して固まってしまっている。えっと、俺はどうしたらいいんだ。とりあえずやけくそで肩に手をまわした。

「俺たち仲がいいもんな。なあ」

「ああ、うん、そうだな、ハハハ」

「あらー、いいわね、おしどり夫婦みたいで。美琴ちゃんのお母さんも喜ぶわよ」

 一応作戦通りのはずだけど、よーこさんと瑞稀からの視線が痛い。美琴は美琴で壊れたおもちゃみたいになってるし。この作戦、大丈夫か。俺もまた大丈夫じゃない気がするが。

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