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浬、企む

 瑞稀の秘密を期せずして知ってしまってから数日後。洗顔しようと洗面所に赴いたところ美琴と鉢合わせした。「よう」と片手をあげると、彼女もそれに応える。

 よーこさんに俺たちがカップルだと誤認させよう作戦を開始してしばらく経つ。お互いに意識して仲良くしている振りをしてきたが、肝心のよーこさんにどう思われているかいまいち不透明だ。おそらくは「同居人同士仲がいいのはいいことじゃの」レベルであろう。だが、それではまだ足りない。


「浬、いつまでこんな茶番続けるわけ。まあ、普通に仲良くするぐらいなら構わないけど、わざとらしくバカップルを演じるのって疲れるのよ」

「仕方ないだろ。よーこさんとの契りを解くためにはこうするしかないんだから」

「そうだとしても、そろそろ決定的な出来事が欲しいところね」

 美琴は考え込むように顎に手を添える。決定的なことか。ちまちま仲睦まじく会話を続けるよりは余程効果がありそうだ。でも、決定的なことと言われても具体的にどうすればいいのか。


 じっと美琴の全身を上から下に眺める。相変わらず出るところは出てるけど引き締まってるんだな。運動神経抜群という評判は伊達ではないらしい。なんて品評していると、

「おい、不埒なことは考えてないだろうな。いくら作戦とはいえ、協力できることにも限りはあるぞ」

「もちろん、妙なことは考えてないぞ」

「怪しいな。あんたの場合は前科持ちだし」

 不慮の事故まで前科にされたら警察の立場がない。とはいえ、第三者にカップルだと認識させる効果的な方法か。そんなもんあるかな。


「いや、あるか」

 恋人だったらやっていて然るべきだし、美琴の言う妙なことには当たらない行為を思いついた。怪訝な顔をして洗濯機に寄りかかっている美琴に俺は耳打ちをする。途端、彼女は酸欠の魚のごとく口を開閉させた。

「あんた、平然とそんなことを思いつくなんて。でも、よーこさんに認めさせるには絶好の方法ではあるわね」

「だろ。さっそく朝飯の時に提案してみよう」

「よーこさんは反応するかしらね。普通は公にやるもんじゃないけど、あいつに見せつけないと意味ないわよ」

「大丈夫だろ。案外出歯亀趣味なところがあるから、首を突っ込んでくること間違いなしだ」

 俺はサムズアップをしてみせるが、美琴は後ろ髪をひかれるように渋面を作っていた。


 勝負となる朝食の時間。まずは平生を装って食事を進める。だが、意外なところから先制パンチを受けてしまった。

「浬さん、すいませんがお醤油取ってもらえませんか」

「お、おう」

 いきなり名前呼びされたので面食らったが、すぐに落ち着いて瑞稀に醤油を渡す。美琴は運んでいたたくあんを落としそうになっていたが、どうにか無事口まで運んだ。一方、攻撃を仕掛けた瑞稀は意気揚々とほうれん草のお浸しに醤油を垂らしていた。


「ほう。瑞稀とも名前呼びの関係になったのか。仲良しの輪が広がるのはいいことじゃの」

「よーこさんとは最初から名前呼びだったもんな」

「浬よ。前から思うておったのじゃが、わざわざ『さん』は付けんでもええのじゃぞ。うちの名は稲荷よーこじゃからの」

「いいんじゃないんですか。よーこさんのほうが妖怪っぽくて」

「一理あるわね」

 美琴が味噌汁を飲みながら同意する。そういえば、「さん」とつく妖怪って意外と多いよな。花子さんとかベトベトさんとか。


「ぬしら、さんをつければ何でも妖怪になると思うておらんか」

「意外となるんじゃないですかね。コマさんとか」

「浬。あんたそれ一応妖怪だけど、なんか違うキャラじゃない」

 そうズラか。

「でも、妖怪の中にはひどい名前の方もいますよね。砂かけババアは砂かけ婆さんじゃダメなんでしょうか」

「砂かけ婆さんだったら近所に実際に居そうな迷惑婆さんみたくなるからじゃないかな」

 他人に砂をかける頭のおかしな婆さんって探せばどこかに居そうだ。その昔、「引っ越し、引っ越し」って叫んでたおばさんがいたぐらいだし。


「とにかく、よーこさんは呼び慣れちゃったからよーこさんでいいんじゃないか」

「同意しておくわ」

「ぬしら。馬鹿にしとるのか尊敬しとるのかどっちなんじゃ」

「そうですよ。よーこさんさんを妖怪扱いするのは可哀そうですよ」

「瑞稀、その呼び方も失礼だと思うぞ」

 さかなクンさんみたいでくどすぎる。とりあえず、よーこさんのことは今後もよーこさんと呼ぶことにしよう。


 予想外の話題で盛り上がったが、俺の作戦はここからだ。みんなが食べ終わろうとするタイミングで美琴と目くばせをする。彼女もまた味噌汁を嚥下するふりをして頷いた。


「ところで、せっかく宇迦市に来たんだから、この街をいろいろと見て回りたいな、美琴」

「そういうことなら私が街を案内してあげてもいいわよ」

 「私が」を妙に強調して美琴が同意する。静観していた瑞稀が肩を震わせた。しかし、肝心のよーこさんは素知らぬ顔だ。もう一押しが必要か。

「じゃあお願いしようかな。いやー、二人きりで出かけるとなるとまるでアレみたいだ。ほら、えっと」

 わざとらしくよーこさんに目くばせする。こいつに俺たちが何をしようとしているか刷り込まなくてはならない。よーこさんはお茶を一服すると湯のみを机の上に置いた。

「もしかして、デュエットでもするのかの」

「そうそう。一緒にカラオケで歌う……って、違うわよ」

 美琴はノリツッコみを繰り出した。よーこさんめ、からからと笑っているし。俺と美琴でライオンでも歌えというのか。あんな高音出ないぞ。


「嘘じゃ。皆まで言わんでも分かる。住人同士親睦を深めるのはいいことじゃ。行ってくるがいい。みんなでな」

 よーこさんはテーブル全体を見回す。俺たち三人で出かけると思っているのだろう。この計画ではよーこさんにいかに美琴と仲が良いかを見せつけなくてはならないので、どうにかしてよーこさんを引っ張り出さないといけない。同時に、一時的に瑞稀にも離脱してもらう必要があるが、そっちのほうは大丈夫だ。まずはよーこさんの件を片づけないとな。

「みんなだから、よーこさんも一緒にどうですか。なんだかんだ、お出かけする機会がなかったですし。それに、お稲荷さんがおいしいところとかあるみたいですよ」

「いいですね。この寮のみんなでお出かけ。いい思い出になりそうです」

 瑞稀が後押ししたおかげか、よーこさんは表情を緩めた。いや、口元を緩めているのか。思い切り舌なめずりをしていたし。

「いいじゃろ。たまには外出してみるとするかの。浬の言う至高のお稲荷さんとやらが楽しみじゃわい」

 至高のお稲荷さんって変な意味じゃないからな。でも、よーこさんを引きずり出すことには成功したぞ。さて、問題は当日だ。俺は某司令官のごとく指を絡めるのだった。


 食事ののち、当然のごとく美琴から呼び出しがかかる。壁に寄りかかって腕を組み、胡乱げに視線を投げかけてきた。

「それで、四人で出かけることになったけど策はあるわけ。まさか、私と瑞稀のどちらとも仲がいいことを見せつけようとしているんじゃないわよね」

 それもありだが、隅で佇む美琴からは許諾を許さないオーラが漂っていた。よーこさんとの契りを解くためだけなら瑞稀が相手でもいいわけだが、そんなことを口にしようものなら撲殺されそうだ。瑞稀には悪いが、いったん離脱してもらおう。

「こうなることは織り込み済みだ。瑞稀についてだけど、彼女を数時間ぐらい足止めできるとっておきの場所を見つけてある。その間に決定的な『コト』を起こせばよーこさんは俺たちのことを認めてくれるはずだ」

「うまくいくかしらね」

 こめかみに手を当ててうつむく美琴。水面下で俺の思惑が進行していると悟られないまま、作戦開始の日曜日を迎えるのであった。

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