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瑞稀、趣味を暴露する

「えっと、これは、一体」

「私のコレクションです」

 消え入りそうな声で弁明する瑞稀。つい出来心でフィギュアに触ろうとしたら、「あああ、あんまり触らないでください」とひときわ大きな声で静止を求められた。

 押入れという普段開くことはあまりないところに大量のグッズを詰め込んでいる。そして、食堂での一件。これらを結びつける事実は、瑞稀はアニメオタクだったがそれを隠していたということだろう。


 俺がじっと鑑賞していると、瑞稀は暗鬱たる顔つきで押入れを締め出した。

「おいおい、せっかく開けたのにもう閉めるのかよ」

「だって、引きましたよね。いくら刑部さんがアニメ好きだといっても、いきなりこんなのを見せられたら普通はうっとなるでしょ」

 俺が実際にやってしまった反応を再現され、二の句を告げなくなる。扉にかかった手は震えており、目じりにはうっすらと雫がたまっていた。


「もったいないな。せっかく話ができると思ったのに。あの一番右のフィギュアってレディエンガーのヒロインのルーニャ・イベルカだろ。もうフィギュアが出てたんだな」

 俺が興味津々に語ると扉を閉める手が止まる。それどころか、すっと開かれていった。

「おかしくないんですか。こんなオタク丸出しの棚、すんなり受けれられるはずはないのに」

「別に普通じゃね。俺の部屋もこんなんだし。っていうか、今どきアニメのフィギュアが並んでいたぐらいでとやかく言うやつなんかいないだろ」

「本当、ですか。親からはそんなのは変だって言われたのに」

「俺は変だとは思わないな。それに、こういうのが好きなんだろ。だったら恥ずかしがることなんかないじゃないか。俺なんて中学のころ、町内の祭りにガクドルズの主役三人がプリントされたシャツを着て闊歩したことがあるんだぜ」

「いや、それはどうかと」

 瑞稀のほうが引いていた。別に普通だろ。休日に買い物に行くときとかしょっちゅう着ているぜ。


「俺をここに呼んだ魂胆としては、アニメについて話したかったんだろ。なかなか周囲にガチで語れる奴がいないからな。スタアライトしちゃうキリンじゃないけど『わかります』だ」

 元ネタが通じたのか瑞稀は破顔する。そして、扉を全開にすると、数体のフィギュアの位置を変更した。


 そして現れたのは大量の小説だった。しかも、本棚に並んでいるものとは明らかに毛色が異なっている。あの背表紙の装丁は見覚えがあるぞ。有名どころのライトノベルのレーベルじゃないか。

「私、一般文芸もけっこう読みますけど、どちらかというとライトノベルのほうが好きなんです。このすばとか転スラとかは何度も読み返しましたし」

 片目を隠して手を伸ばす、頭がおかしい紅魔族の爆裂娘の真似をする。どっちかというとその友人のほうが似ていると思うぞ。


 スイッチが入ったのか、瑞稀はこの小説がお気に入りだのと色々紹介してくる。アニメで見たことがあるものもあれば、全く知らないものもあり、なかなかいい刺激になる。もちろん、知っている作品に対しては「あのキャラクターがいい」だの「あの場面がよかった」だのの感想で盛り上がった。知らない作品でも、瑞稀は迫真の口調で見どころを語るもんだから、ついつい読んでみたくなる。正直、ビブリオバトルの才能があるんじゃないか。


 いくつか作品について語ったところで分かったことがあるが、瑞稀はどうやら異世界を舞台にしたハイファンタジー作品が好みのようだ。真っ先に紹介されたのが元々小説投稿サイトに掲載されていた作品というのが裏付けている。あそこは本当に異世界転生の物語が多いからな。

 ちなみに、俺はガクドルズを機にアニメに嵌ったためか、現代を舞台にした学園作品を多く視聴している。お礼にいくつかおすすめの作品を教えてやったら、さっそくスマホで原作の小説や漫画がないか検索していた。一押しの異世界転生小説を貸してもらったから、お返しに青春馬鹿野郎シリーズの原作でも持って行ってやろうかな。


「おーい、浬に瑞稀。二人ともどうしたのじゃ。とっくに夕飯の準備はできておるぞ」

 すっかり話に熱が入って、もう夕飯の時間を迎えてしまった。コツコツと階段を昇る音が響く。俺たちが来ないものだから、不審に思ったよーこさんが呼びに来ているのだろう。もっと話していたいが、そろそろお暇しないとな。


 重い腰をあげると、瑞稀がさっと服の袖を引っ張った。力を入れれば振り払えるほどのか細い抵抗だったが、俺は為されるがままになっていた。

「あの、最後にいくつかお願いがあるんです」

 真剣なまなざしに、俺は黙って頷いた。

「私がアニメ好きだというのはあまり公言しないでもらいますか。さっきは変じゃないって励ましてもらいましたけど、やっぱりみなさんに大っぴらにするのは、なんか違うと思うんです」

 多少どもりが入りながらの独白だった。首を振ってやろうかとも思ったが、彼女の勢いに圧されたのか「ああ」と顎をしゃくらせてしまった。まあ、そのくらいどうということはない。正体が妖怪とか陰陽師である同居人がいるぐらいだし。

「で、でも、一緒にアニメについて話すのは楽しかったですし、また機会があったらお話したいです。それと、なんですけど」

 視線をずらし、袖を握る手に力が籠められる。蒸気する頬が横顔ゆえに際立っており、俺はせっかく浮かばせた腰をつい戻してしまった。


 瑞稀はぐっと目をつむると、俺の顔を正面からのぞき込んできた。彼女の幼げながらも整った顔立ちに俺は唾を飲み込む。

「刑部さんのこと、名前で呼んでもいいですか」

「そ、そんなことか」

 もっととんでもない命令をされるかと覚悟していたので拍子抜けした。しかし、返答が気に入らなかったのか、瑞稀は頬を膨らませる。

「阿部さんとか管理人さんとかは名前呼びなのに、私だけ名字呼びは不公平ですよ。その代わりといってはなんですけど、私のことも瑞稀と呼んでいいですから」

「お、おう。じゃあ、瑞稀」

「はい、浬さん」

「さんはつけなくてもいいと思うな」

「ご、ごめんなさい。でも、呼び捨てにするのってなんだか気恥ずかしいんです」

 いるな、そういうタイプ。ちょっと前に美琴と名前で呼び合う仲になったばかりだ。瑞稀が加わったぐらいで支障はない。


 でも、瑞稀と呼んだ直後に彼女が見せた満面の笑みは正直可愛いと思った。瑞稀の部屋を後にし、よーこさんから「うちというものがありながら、他の女の部屋に夜這いに行くなど言語道断じゃ」となじられても、しばらくあの顔が頭の中から消えることはなかった。

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